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第33話:高負荷の残熱と、悪を裁く秘密の握手 (ハンドシェイク)

 サァァァ……と、強固な防壁魔法陣が施されていた堅牢な扉が、一瞬にして崩れ落ちた。

 20年以上前に封鎖され、今や立ち入り禁止区域に指定されている『旧・占星魔導塔』の地下。カイルさんの指示を受けた近衛第三部隊の兵たちが、国家保有の特殊な魔道具――対象の構成術式を強制分解し、一瞬で「砂」へと変える兵器を突きつけたのだ。

 セキュリティを強引に突破した近衛兵たちが、抜剣し一斉に内部へと突入する。


 部屋の中には、限界出力を超えて大破 (ハングアップ)した私設魔導核から出た、真っ白な灰を頭からかぶって茫然自失としている男の後ろ姿があった。


「誰だ!? そこで何をしている!」


 その鋭い声に反応し、男が慌てて立ち上がろうとした。


「動くな!」


 すかさず激しい怒号が飛び、兵たちが一瞬で男を床に取り押さえる。男の身元を確かめるべく、衛兵がその顔に付いた煤を荒々しく拭い取った瞬間――その場にいた兵たちの空気が、驚愕で凍りついた。



◆◆◆



 その頃、王宮魔導研究所のメインルームで待機していたカイルさんの懐で、通信魔道具が静かに、しかし小刻みに振動した。現場の部下からの緊急連絡を受信したのだ。

 カイルさんは素早く魔道具を耳に当て、部下からの報告を精査する。


「殿下、クロード様。近衛第三部隊より報告です。ただいま地下牢の制圧を完了し、ターゲットであるミレイユの身柄を無傷で保護。さらに、地下牢を不正に解錠して侵入した黒装束の侵入者2名も、生け捕りにして拘束したとのことです。……それと、現場から怪しげな魔道具を一つ、押収したそうです」


「よくやった!」


 アルマ殿下が嬉しそうに拳を握りしめる。その横で、クロード主任がカイルさんに向き直った。


「……感謝する、カイル。部下の方々にも礼を。それと、すぐにその魔道具をここへ持ってきてもらえるよう手配を頼む。不正侵入の証拠や、背後にいる『設計者』に繋がる手がかりになればいいのだが」


「ええ、すぐに」


 カイルが短く応じて手配を始めようとしたその時、ライナスが小さく手を挙げて申し出た。


「……クロード主任、その魔道具の解析、僕も手伝います」


「ああ、頼むよ」


 主任は優しく微笑み、深く頷いた。だが、クロードは自身の両手を見つめながら、未だに残る魔力の残熱に身体を微かに震わせてもいた。


(……私は今、とんでもない技術を目撃してしまったのかもしれない)


 先ほど、ライナスの指示通りに王宮基幹魔導核 (メインサーバー)を操作していた時の衝撃が、まだ頭から離れなかった。

 ライナスの出す指示には、無駄が一切なかった。まるで「最初からそこに正解の道があると知っている」かのような、あまりにも正確で冷徹な原因究明 (トラブルシュート)。王宮最高の研究者である自分すら圧倒されるほどの構築速度と、敵の裏道を逆探知するロジックの美しさ。それを、わずか8歳の少年が平然とやってのけたのだ。クロードは鳥肌が止まらなかった。


 一方のライナスは、額の汗を上着のポケットから取り出したハンカチでそっと押さえながら、心の中で「ふぅ」と深くため息を吐いていた。


(……まぁ、前世のブラック企業で、夜中の3時に突然本番サーバーがハングアップして、クライアントから怒号の電話が鳴り響く中で原因究明 (デバッグ)させられていたデスマーチに比べたら、これくらいの障害対応、可愛いものだけどね)


 周囲の研究員たちが「国家の危機だ」とパニックになる中で、ライナスが一人だけ至って冷静でいられたのは、ひとえに前世で培われた不屈の「社畜メンタル」のおかげだった。インフラエンジニアの悲しき習性は、異世界に転生しても完全に健在だった。


 ――とその時、カイルさんの懐にある通信魔道具が、再び小刻みに振動した。

 今度は、先ほどライナスが特定した座標――旧・占星魔導塔へ突入した部隊からの、二報目だった。魔道具から漏れ聞こえる部下の声は、はっきりと動揺で震えているのが分かった。


「……何だと?」


 報告を聞くカイルさんの顔が、見たこともないほど険しく引き締まった。あの冷静沈着な近衛隊長が、明確に驚愕に目を見開いている。


「どうした、カイル」


 殿下が不審そうに尋ねると、カイルさんは信じられないといった様子で、低く重い声を絞り出した。


「……殿下、クロード様。旧・占星魔導塔の地下で、不審者の身柄を拘束したとの報告ですが……」



◆◆◆



 王宮の地下にある薄暗い審問室。

 旧・占星魔導塔から連行されてきたその男は、真っ白な灰と煤で汚れた衣服のまま、部屋の机を激しく叩いてわめき散らしていた。


「無礼者め! 僕はグラント家のエリオットだぞ!? 僕のパパを誰だと思っているんだ! あんな立ち入り禁止区域に少し迷い込んだくらいで、こんな部屋に閉じ込めやがって! こんな扱いをして、ただで済むと思っているのか! 帰らせろ! 今すぐここから出せ!」


 バタン、と審問室の重い扉が開く。

 最初に入ってきたのは、手に見慣れぬ箱を携えたクロード主任だった。そして主任の後に続くように、アルマ殿下、そして近衛隊長であるカイルさんが室内に足を踏み入れる。


「何だ、クロード様じゃないか! アルマ殿下まで、いったいどうなってるんですか、なぜあなた方がここへ? まさか、お二人が僕をこんな目に――」


「立ち入り禁止区域で、君は一体何をしていたんだい? エリオット」


 主任は取り合わず、冷徹な瞳で淡々と問いかけた。エリオットは鼻で笑い、髪をかき上げる。


「フン、ただの気まぐれですよ。たまたま通りかかっただけです。それが何か問題ですか?」


「そうか。……だが困ったね、『旧・占星魔導塔』の地下には、通信を偽装するための不法な『権限偽装印 (スプーフィング・シール)』が仕掛けられていた。君が構築したのかい? 実によくできていたよ。ただ、調べたところ、君の魔力波形の上に、ライナスの魔力波形が上書きされた形跡がバッチリ残っていたよ」


「馬鹿なっ……! そんな証拠は、僕が全部消去 (クリーンアップ)したはず――」


 言いかけて、エリオットはハッと息を呑み、自身の口を手で押さえた。時すでに遅し、クロード主任の目がスッと細められる。


「へえ……。それは自白とも受け取れる発言だね? ああ、それとねエリオット。そもそも『権限偽装印』の構築自体が、王国法で厳しく禁じられていることくらい、さすがの君でも知っているよね?」


「それは……チッ……」


 エリオットは苦々しく言い淀んだが、すぐに持ち前の傲慢な笑みを取り戻して開き直った。


「……も、もし仮に! 僕がそれを実験的に構築したとしよう。それで? あの没落貴族の魔力波形を上書きしたから何だと言うんだ? あくまで個人を対象にした、ただの魔導工学の実験でしかない! 犯罪者扱いされる筋合いはないね!」


 しどろもどろになるエリオットに、主任はさらにたたみかける。


「なるほど、実験か。じゃあ、あの場所にあった巨大な『私設魔導核 (プライベート・コア)』は、君の所有物で間違いないんだね?」


「だから! それがなんだというんです! もういい加減にしろ! 立ち入り禁止区域に入ったことや、私設の魔導核を持っていたことが罪だと言うなら、罰金でも何でもパパが払いますよ! これ以上引き留める理由がないなら、僕は帰らせてもらう!」


 エリオットが席を立ち、勝ち誇ったように足早に扉へ向かおうとした。

 その瞬間、クロード主任が、持っていた箱から一つの魔道具――地下牢の現場から押収された『奇妙な形状の魔道具』をそっと取り出し、机の上に置いた。


「……引き留める理由は、ここにあるよ」


「な……んだ、その薄汚れた魔道具は……」


 エリオットの足が止まる。主任は、その魔道具に静かに自らの魔力を流し込んだ。


 刹那、審問室の空中に、青白い光の通信履歴 (ログ)が浮かび上がった。そこには、地下牢の現場で押収されたこの魔道具と、エリオットが先ほど「自分の物だ」と認めた私設魔導核との間で、お互いの認証を交わし合っていた動かぬ証跡 (ソースIPの一致)が、白日の下に晒されていた。


「これ……が……」


 エリオットの顔から、一瞬で血の気が引いていく。


「……うちの『優秀なオブザーバー』からの伝言だよ」


 主任は、浮かび上がる光の証拠 (ログ)を指差しながら、静かに告げた。


「『証拠さえなければ言い逃れできると考えているなら、それは大きな設計ミス (バグ)です。人間は嘘をつけますが、地下牢の結界に不正侵入するために使われていたこの魔道具に残された――通信の秘密の握手 (ハンドシェイク)の証跡 (ログ)は、絶対に嘘をつけませんから』……と、言っていてね」


「オ、オブザーバー……だと……!?」


 エリオットは何を言っているのか、理解できずに怪訝な顔をする。

 そんなエリオットを見下ろし、殿下が冷然と言い放つ。


「私の共同研究者だよ。……ライナスを甘く見たな、エリオット」


「ライナス……!? あの、あの没落しているフォール家の……、ただの出来損ないの子供の分際でぇぇぇッ!! あんなガキが、僕の、僕の完璧な術式を破ったというのかあぁぁぁッ!!」


 エリオットは頭を抱え、床に崩れ落ちて狂ったように絶叫した。

 自分が「ただの実験だ」と言い訳するために認めた秘密の魔導核。それが、地下牢の侵入事件(国家転覆未遂・暗殺容疑)の黒幕(設計者)であるという動かぬ証拠 (ネットワークログ)と完全に紐づいてしまったのだ。


 すべてを裏から完璧にコントロールされ、叩き潰されていた事実。それこそが、エリオットにとって何よりも致命的なトドメの一撃 (システムダウン)となった。



◆◆◆



 王宮の地下でエリオットへの追及が始まる頃、研究室では。


 周囲の研究員たちが、未だに障害の余波(残熱)の処理や事後対応に血相を変えて慌ただしく走り回っていた。

 そんな喧騒の中、ライナスだけは宙に浮かぶ術式陣を展開して魔法陣 (コード)を呼び出し、両手をせわしなく動かしていた。


 数百年前の設計思想 (アーキテクチャ)で作られた王宮最高のメインサーバー。ライナスは、細くきらめく光の魔力糸を指先で器用に手繰り寄せ、敵の攻撃によって乱された『経路 (ルーティング)の結び目』を一本ずつ紡ぎ直していく。


「ふぅ……。よし、これで王宮全体の魔力ラインの冗長化と、魔力波形 (パケット)の経路修正(復旧作業)はオールグリーン、と」


 最後の中核となる『実行の結び目 (コミット・ノード)』をキュッと結び終えると、王宮を巡る魔力の奔流が、元の美しく安定した輝きを取り戻した。

 周りの大人がまだパニックを収められずにいる中で、まだ幼さの残る少年が一人、すべての高負荷障害をクリーンアップし、晴れやかな達成感と共に大きく伸びをするのだった。

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