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第32話:公開相互構築(ペア・フォーメーション)と、見えない塔

「クロード主任! 大変です! 王宮基幹魔導核より緊急アラート! 王都『南東区』の全魔導インフラが強制停止 (シャットダウン)されました!」


 研究員が青い顔で執務室に駆け込んできた。その悲鳴のような報告は、静まり返った室内に鋭く突き刺さる。


 王都の主要区画における魔導灯や動力源が、何の前触れもなく一斉にその稼働を停止したのだ。活気あふれる白昼に突如として発生した、国家レベルの『完全沈黙 (サイレンス)』だった。


「それは本当か!? 誤報ということは?」


「いえ、誤報ではありません! 実行ユーザーの魔力署名 (サイン)は……『ライナス・フォン・フォール』様です!」


「何だと……! ライナスが!?」


 主任の顔色が変わる。アルマ殿下やカイルさんも驚愕に目を見開いた。


「クロード、ライナスは研究室へさっき戻ったばかりだぞ!」


 アルマ殿下の声が大きくなる。


「理由はどうあれ、復旧させないと。急ぎましょう、私は研究室へ急ぎます。殿下はここでお待ちください」


 主任は研究員と慌てて部屋を出た。そのすぐ後ろを、アルマ殿下が追うように飛び出した。


「待て、クロード、私も行く! ライナスがそんなことをするはずがないからな!」


「しかし……」


 主任が振り向きざまにアルマ殿下に残るよう促そうとしたが、「いや、私も確認する義務がある」と殿下は引こうとしない。


「カイル、殿下を引き留めてくれないかい? もしかしたら、危険を伴うかもしれないだろ?」


 主任が、アルマ殿下の側近であり護衛という立場のカイルさんに説得を促す。

 そう、なぜなら現状ではまだ23人の容疑者をシロともクロとも見分けがついていない。そんな中でのこの騒ぎだ。研究所は今まさに得体の知れない何者かの思惑で混乱の真っ只中にある。


 この国の第一王子であるアルマ殿下をその中へ飛び込ませるのは、正直、自殺行為でしかない。おとなしく安全な場所で待っていて欲しいと思うのが主任の本音だった。主任はあからさまに困った顔をする。


「申し訳ございません、クロード様。私の主、殿下は言い出したら聞きませんし、それに殿下の御身は私が命に代えてもお守りします」


 カイルさんは、鋭い目つきで返事をした。覚悟の気迫である。

 躊躇するも、ため息をひとつ漏らした主任がカイルさんに頷き、殿下に言い聞かせるように告げる。


「そうか、わかった。殿下、何かあれば自身の身の安全を第一にお考えくださいね」


「あぁ、わかっている。それにカイルがいるから問題ない」


「お任せください」


 それぞれの強い意志のもと、主任を先頭に一行は研究室へと走った。

 その道すがら、カイルさんは走りながら懐から通信魔道具を取り出し、低く鋭い声で部下たちへ即座に指令を飛ばした。


「近衛第三部隊、私たちが研究室へ入り次第、何者も出入り禁止とする。2名は扉の前を完全封鎖、1名は私に随行せよ」



◆◆◆



 バタン! と研究室の重い扉が開け放たれる。

 部屋の中では、鳴り響くけたたましい警報 (アラート)の中、ライナスが至って冷静に、王宮基幹魔導核 (メインサーバー)の前に展開された光の投影魔法陣を見つめていた。


「早く復旧させろ!」


「どうなってるんだ?!」


「魔力を他から回せないのか?」


 慌ただしく研究員たちが復旧のために原因の究明に追われている。


「ライナス、状況を聞かせてくれないか? 私たちは君が障害を引き起こしたと聞いてきたんだが……?」


 主任がライナスの元に到着するやいなや、問いかける。


「ライナス、何があった?」


 殿下もそれに続く。


「ライナス様……一体どういうことです!? あなたの署名で南東区の機能が停止したんですよ! 説明してください!」


 後ろからついてきた研究員がたまらず声を荒らげる。周囲の空気は一瞬で「ライナス=犯人」という前提へと傾きかけていた。だが、ライナスは静かに首を横に振る。


「……おかしい。確かに僕の魔力署名が使われていますが、この術式命令 (コマンド)、僕は出した覚えがありません。僕の署名が何者かに『上書き』されているんです」


「言い逃れはやめてください! 魔法陣の実行結果 (ログ)にはっきりとあなたの署名が残っているんだ!」


「静まれ」


 鋭く、しかし絶対的な重みを持った声が室内のざわめきをピシャリと撥ね退けた。


 アルマ殿下だ。10歳の少年とは思えない威厳をまとった瞳が、真っ直ぐにライナスへと注がれた。


「まだ彼がやったと決まったわけではない。ライナス、どういう状況なのか説明してくれ。……嘘は許さんぞ」


「アルマ殿下、ありがとうございます」


 ライナスは深く一礼し、自らの魔法陣を周囲に見えるように大きく展開した。


「実はさきほど、バートンを追い詰めた時と同じ『微量な魔力資源のズレ』を調べていたのですが、僕自身の癖や細かなノイズが出るはずの箇所が、あまりにも『綺麗』に補完されている証跡 (ログ)を見つけました。つまり、僕の署名を完全に複製 (コピペ)した『なりすまし (スプーフィング)』の形跡です。ですが――」


 ライナスはそこで一度、言葉を区切った。


「僕が今ここで直接、王宮基幹魔導核を操作しては、周囲の皆さんに『証拠の改ざん』や『隠滅』を疑われてしまうでしょう。ですから……クロード主任、お願いします。僕の代わりに、主任の手でこのシステムを操作していただけませんか?」


 その提案に、周囲の研究員たちが息を呑んだ。

 被疑者であるライナスが直接触らず、第三者であり、かつ最高責任者である主任に操作を委ねる。これ以上ない、フェアでロジカルな検証方法だった。


「……分かった。ライナス、君を信じよう。私が操作し、全員の前で『真実』を監査情報 (オーディットログ)から引き出す」


 クロード主任が王宮基幹魔導核の前に立ち、腕をまくった。全員が見守る前で、前代未聞の『公開相互構築 (ペア・フォーメーション)』による原因究明 (トラブルシュート)が始まった。


「まず、管理者情報 (ログ)の接続元波形 (パケット)を魔力波形解析 (バイナリチェック)にかけてください」


「ふむ……こうかい?」


「はい。次に、その波形の末尾にある位相のズレを拡大してください」


 主任の流れるような手さばきによって、光の魔法陣が次々と書き換えられていく。その精緻なログが白日の下に晒された瞬間、主任の目が鋭く細められた。


「これは……! 署名はライナスのものだが、根底にある魔力の周波数が全く違う。完全に偽装された『張り子の虎』だ!」


「その通りです。さらに主任、その偽装アクセスを王宮内部に引き入れた『踏み台 (バックドア)』の識別番号(ID)があるはずです。権限の認証履歴を逆引きしてください」


「よし……出たぞ。これは――」


 投影された識別番号の文字列を見た瞬間、部屋の隅にいた一人の研究員が、ガタガタと目に見えて震え出した。容疑者23人のうちの一人だった。


「ひぃっ……! ち、違う、自分は仕方なく従っただけなんだ……! 自分は悪くない……! やらなきゃ殺すって脅されて……あぁーこんなはずじゃ、もう終わりだ……!」


 男はその場に崩れ落ち、頭を抱えて狂ったように怯えだした。背後にいる『設計者』が、恐怖によって人を支配していた本性が、一瞬にして剥き出しになった瞬間だった。


「連行しろ」


 カイルさんが短く命じると、控えていた彼の部下(近衛兵)は「ハッ!」と短く応じて迅速に動き、男の身柄を一切の容赦なく拘束した。

 だが、安堵する暇はなかった。空中に投影されている魔法陣を凝視していたライナスが、別のログの異変を察知して声を張り上げる。


「クロード主任、待ってください! 別の緊急警報です! そこで震えていた彼の識別番号を使って、ミレイユが囚われている地下牢獄の結界 (セキュリティ)が解除されました! 狙いは……ミレイユの救出? ……いや、待てよ。わざわざ『完全沈黙』を起こしてまでやることか? 侵入の目的は、まさか……口封じ(暗殺)……!?」


 そこまで一気にまくしたて、想定される最悪のシナリオに思い至ったライナスの声が、僅かにくぐもった。前世の知識があるとはいえ、生々しい殺意のインフラ悪用に、8歳の身体が本能的な戦慄を覚えたのだ。


「何だと!?」


 アルマ殿下が身を乗り出す。カイルさんは即座に懐から通信魔道具を起動し、獰猛な騎士の瞳で鋭い指示を飛ばした。


「近衛第三部隊、直ちに地下牢へ急行せよ! ミレイユの身柄を最優先で保護し、牢周辺の不審者は即座に制圧、生け捕りにしろ! 繰り返す、地下牢へ急行せよ!」


 一瞬の無駄もない、迅速な兵の展開。


「カイルさんの部隊が着くまでの時間を稼ぎます!」


 ライナスは主任に向き直った。


「クロード主任、内通者が手引きした『偽装アクセスの接続元座標(IPアドレス)』を完全にロックしました! 犯人は今、ここから魔法を維持して地下牢の結界を不正侵入 (ハッキング)しています。この座標の場所はどこですか!?」


「……この座標は、王宮の北西の果てだ。20年以上前に封鎖された『旧・占星魔導塔』の地下。今や立ち入り禁止区域に指定されているはずの場所だが……!」


 主任が叩き出した魔力座標を睨みつけ、ライナスは納得したように呟いた。


「なるほど……! 不正アクセスの通信元(ソースIP)がある北西区ではなく、あえて真逆の『南東区』を『完全沈黙』させることで、王宮の防衛網 (ファイアウォール)の目を逸らした(囮にした)んですね。その隙に、地下牢に不正侵入していると。クロード主任、王宮全体のインフラに影響が出ないよう、未使用分の予備帯域 (バッファ)を全開放してください! その上で、出力120%の超過負荷 (オーバーロード)で、あの座標へ魔流を逆流(DoS攻撃)させるんです! 帯域を限界まで広げて、過負荷で圧殺してやりましょう!」


「よし、全魔力回線、最大出力で逆流開始!!」


 クロード主任が、ライナスの指示通りに複雑に編み込まれた魔力の糸――その中核となる『実行の結び目 (コミット・ノード)』へ、決然と自らの魔力を流し込んだ。


◆◆◆


 その頃。


 王宮の喧騒を離れた『旧・占星魔導塔』の地下では、エリオットが狂おしい笑みを浮かべていた。


「ふふふ……ライナスは今頃、国家の敵として地下牢にでもぶち込まれている頃かな? ミレイユの口封じも間もなく終わる。僕の完璧な魔法陣 (プログラミング)、僕の完全勝利だ……」


 彼が私設魔導核 (プライベート・コア)の前に立ち、勝利の余韻に浸っていた、まさにその瞬間。


 ――キィィィィィィィィン!!!


 鼓膜を突き刺すような、凄まじい警告音が地下室に鳴り響いた。

 私設魔導核の赤黒い光が、まるで痙攣するように激しく明滅し始める。


「な、何ごとだ!? 例外処理 (エクセプション)が多発している……いや、処理が追いつかない!? なんだこの異常な魔流の奔流 (トラフィック)は……無限に魔力波形 (パケット)が流れ込んできて――」


 無理やり並列接続された魔導水晶が悲鳴を上げ、尋常ではない量の黒い煤が爆発的に吹き出た。バチバチと火花が散り、エリオットの顔を黒く汚していく。


「あ、ありえない……! 僕の、僕の完璧で華麗な魔導工学により構築された『私設魔導核 (プライベート・コア)』が攻撃されるなんてッ!! ありえるはずがないんだッ!!」


 エリオットが狂ったように髪を振り乱して絶叫する。

 王宮基幹魔導核の圧倒的なリソースを使ったライナスのDoS攻撃は、容赦なくその粗悪な私設魔導核を物理的に破壊し、システムを完全に大破 (ハングアップ)させたのだった。

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