第3話:8歳になりました。そして、路地裏で生意気な王子を拾う
8歳になりました。今日は欲しい物を父におねだりしてみたら、あっさり認めてくれました。
さすが誕生日!と、日頃の行いの賜物だな、うんうん。
没落気味とはいえ、一応は由緒ある貴族の三男坊だ。
これまで屋敷の敷地からほとんど出たことがなかった僕だが、「本を買うこと」自体は二つ返事で許可されたものの、「どうしても自分の目で見て選びたい」と、外出については少し粘って説得する必要があった。
結果として無事に街の大型魔導書店への外出許可が下りたのである。
過保護な兄たちは「俺たちも行く!」と騒いでいたが、大所帯での外出は目立つという父の判断で、今日のお供は真面目な初老の執事ノーマンと、腕っぷしの強い御者ゴードンのみだ。
「坊ちゃま。本当に一人で店内へ入られるのですか? やはり私もお供を……」
「大丈夫だよ、ノーマン。すぐ買って戻ってくるから、馬車で待ってて」
大通りに停めた馬車の前で心配そうに眉を下げるノーマンを押し留め、僕は一人で魔導書店へと足を踏み入れた。
いわゆる「はじめてのおつかい」というやつだが、中身は34歳のITエンジニアである。一人での買い物が不安なわけがない。
店内には、魔法陣の基礎から高度な魔力循環の専門書まで、天井まで届く本棚にギッシリと魔導書が並んでいる。
(おぉ……異世界の技術書コーナー、テンション上がるな。魔法陣のコンパイルに関する歴史書とかもあるのか。……いやいや、今日の目的はあれだ)
ワクワクするエンジニアの血を抑えつつ、僕は平積みされた新刊コーナーを目指した。
(あったあった。天才魔導設計士・オライエン著『実践・魔力循環アーキテクチャ 〜基礎から学ぶ高効率魔法陣〜』)
お目当ての本を見つけ、僕はホクホク顔でそれを小脇に抱えた。
分厚い魔導書の表紙には、なぜか巨大な目を持つ「メガネザル」のリアルな絵が描かれている。
前世のITエンジニアのバイブル「オライリー本」を彷彿とさせる、なんともギークで最高なデザインだ。
買い物を終え、大通りから一本入った路地裏を抜けて馬車へ戻ろうとした時だった。
「ちっ、なんだよこれ! また止まったぞ! 誰か直せる奴はいないのか!」
薄暗い路地裏に、甲高い少年の怒声が響いた。
気怠げな目を向けると、上等な服を着た生意気そうな少年(10歳くらいだろうか)が、煙を吹いているペダル付きの二輪の乗り物――魔力アシストで走る『双輪機』を蹴っ飛ばしてキレていた。
お忍びのつもりなのか、帽子を目深に被り、丸い魔導眼鏡をかけている。
(……あーあ。変数の解放処理が甘いから熱暴走すんだよ。どんな素人が組んだ回路だよ)
エンジニアとしての職業病が疼き、僕は歩きがてら、ふらふらと少年の横を通り過ぎる。
「おい、お前!」
少年が僕に声をかけようとした瞬間、僕は通りすがりに双輪機のコア部分へポンッと触れた。
一瞬だけ魔力を流し込み、熱暴走の元となっていたエラー処理をサクッと書き換える(デプロイする)。
「変数……魔力の解放処理が甘いから熱暴走してんだよ。少し冷ませば動く」
「はっ……?」
僕がぼそりと呟くと、双輪機から噴き出していた煙がピタリと止まり、コアが安定した青い光を取り戻した。
少年は目を見開き、僕の顔をまじまじと見つめて固まる。
光に透ける黒髪と、徹夜明けの憂いを帯びた眼差しを持った、自分より年下の子供が一瞬で高度な魔導具を直したのだから、無理もないだろう。
「な、お前……ただの子供のくせに、今、何を……!」
「それと」
僕は少年の言葉を遮り、彼の顔を真っ直ぐに見た。
「あんた、その『色覚偽装の魔導眼鏡』……回路が古すぎて魔力漏れてるよ。王族特有の紫の瞳、うっすら透けて見えてるけど。まあ、俺には関係ないけどさ」
図星を突かれて完全に石化した少年――お忍び王子を路地裏に放置し、僕はさっさと歩き出す。
「お、おい待て!!」
背後から偉そうに呼び止める声がしたが、僕は振り返りもせずに片手をヒラヒラと振った。
「あー、別に礼はいいよー……ふぁぁ」
大きなあくびを一つこぼし、僕は待たせていた馬車へと乗り込んだ。
◆◆◆
「…………」
王国の第一王子、アルマ・ディ・ヴァルゼリアは、走り去っていく馬車の後ろ姿をただ呆然と見送っていた。
自分の身分を一瞬で見抜き、最新の魔導具を指先一つで直し、あまつさえ王族である自分を無視して去っていった、あの気怠げな黒髪の子供。
アルマの視線は、遠ざかる馬車の扉に刻まれた『歯車を抱くフクロウ』の紋章に釘付けになっていた。
「あれは……どこの家の家紋だ……?」
ゴクリと生唾を飲み込んだ直後。アルマはハッと我に返った。
「――って、あーやべっ!! こんな時間だ! 早く帰んないと、側近のカイルにめちゃくちゃ怒られるーーっ!!」
先ほどまでの威厳はどこへやら。
アルマは慌てて直ったばかりの双輪機に跨り、涙目で王城へと猛ダッシュで帰っていくのだった。




