第2話:気づけば「精霊に愛された美少年」扱いされている
4歳の誕生日から、2週間後のこと。
フォール家の夕食の席で、父・コンラッドは頭を抱えていた。
食事の直前、執事のノーマンが書斎へと持ってきた帳簿 (ランニングコスト管理表)を見てからというもの、ずっと眉間に皺を寄せているのだ。
「……おかしい。何度計算しても合わん」
深刻な顔で呟く父に、母のシルヴィアがおっとりと首を傾げる。
「どうしたの、あなた?」
「屋敷の魔力石の消費量だ。ノーマンの報告によると、なぜかこの2週間、ヴァンスとライナスの続き部屋にある風呂場の消費量だけが、以前の3分の1以下に激減しているらしい。しかも……」
「あ、それ俺も思ってた!」
肉を頬張っていたヴァンス(7歳)が、元気よく手を挙げた。
「最近、俺たちの風呂めっちゃすげーんだよ! いつ入っても最高に温かいし、お湯がキラキラしててさ! たぶん、水の精霊さんが住み着いたんだぜ!」
「……精霊だと? 我が家のような没落貴族の古びた風呂に?」
訝しげに眉をひそめる父と、無邪気に笑うヴァンス。
僕はモグモグと温野菜を飲み込んでから、口を拭ってしれっと言った。
「あー、それ、僕が直したから」
ピタッ、と。
家族全員の動きが、一時停止 (フリーズ)した。
「……ライナス? 今、直したと……?」
「うん。魔力が無駄になってたから、ちょっとだけ書き換えたの (最適化しといた)」
4歳児の無邪気な笑顔(という名の、エンジニアのドヤ顔)を向けると、父は持っていたフォークをカランと皿に落とした。
「よ、4歳で……魔法陣の改変を……!?」
「すっげー! やっぱりライナスは天才だな!」
驚愕で固まる父と、脳筋で大喜びするヴァンス兄さん。
これが、僕の「異世界インフラエンジニア」としての最初の実績 (リリース)だった。
◆◆◆
――それから数年。僕の8歳の誕生日が、数日後に迫っていた頃。
「ライナス! 外で遊ぶぞ! 今日は剣の素振りだ!」
「……兄さんたちで行ってきてよ。僕は本を読んでるから」
もうすぐ8歳になる僕は、すっかり「憂いを帯びた、儚げな美少年」として屋敷の中で定着していた。
光に透ける黒髪と、どこか気怠げなグレーの瞳。
色白で線が細く、いつも眠そうに目を伏せているその姿は、母のシルヴィア譲りの「神秘的な美しさ」だと、使用人たちからも可愛がられている。
だが、真実は違う。
(……眠い。だるい。昨日、屋敷の防犯システム(ファイアウォール)の脆弱性を塞ぐのに徹夜したせいだ……)
そう。僕が儚げなのは、前世のITエンジニアとしての血が騒ぎ、夜な夜な屋敷のクソ仕様なインフラを「こっそり保守・運用」しているただの寝不足(疲労困憊)だった。
「だめだ! お前は引きこもりすぎだ! ほら、中庭まで行くぞ!」
ヴァンス兄さん(11歳)に腕を引かれ、僕は渋々、太陽の眩しい中庭へと連れ出された。
そこでは、庭師のバートおじさんが、自走式の草刈り魔道具をバンバンと叩いていた。
「おかしいなぁ……。またすぐ止まっちまう。魔法陣の寿命か?」
(……物理で叩いて直るわけないだろ。あーあ、魔力供給のループ処理でメモリリーク(魔力詰まり)が起きてんじゃん)
兄たちが追いかけっこを始めた隙に、僕はバートおじさんのそばにしゃがみ込んだ。
「バートおじさん、ここ、石が挟まってるよ?」
子供のふりをして、ポンッと魔道具の天板に触れる。
その一瞬の接触で、内部の魔法陣に『定期的なキャッシュクリア処理』をサクッと上書き(パッチ適用)した。
ブォォォォンッ!!
途端に、魔道具が元気な音を立てて芝生を猛スピードで刈り始めた。
「おおっ!? 坊っちゃんが触ったら急に元気よく動き出したぞ!? しかも、前より動きが滑らかだ!」
「(そりゃ無駄な待機処理省いてスループット上げたからな)……ほんの少し、石 (ゴミデータ)が詰まってたみたいだね」
「いやぁ、ライナス坊ちゃんは不思議と機械に好かれてるみたいだなぁ。この前も、枯れかけの植え込みの散水機 (スプリンクラー)がいつの間にか直ってて水が出たし……こりゃ妖精でもついてるんじゃないか?」
バートおじさんが朗らかに笑いながら顎を撫でる。
(ギクッ。それも俺の深夜のデプロイ作業だわ)
「よ、妖精さんのおかげかもね!」
「すっげー! やっぱりライナスは精霊とか妖精に愛されてるんだ!」
「ライナスが石に気づいてくれたおかげだな。周りをよく見れる優しい子に育ってくれて、兄は嬉しいよ」
無邪気に感心するヴァンス兄さんと、優しく頭を撫でてくれるクレスト兄様(14歳)。
「えへへ」
僕は子供らしく愛想笑いを浮かべながら、内心で深くほくそ笑んでいた。
(よし。これで草刈り機のエラー音も減って、昼寝の安眠が完全に守られるな……)
さて、数日後は僕の8歳の誕生日だ。
そろそろ、あの本を父上におねだりする最高のタイミングだな。
欲しかった最新の参考書――魔導設計書。
著者は、あの天才魔導設計士・オライエン。
表紙にはなぜか「こちらをじっと見つめる精密なメガネザルの絵」が描かれている、エンジニアなら誰もが一度は通るバイブルだ。
書名は、『実践・魔力循環アーキテクチャ 〜基礎から学ぶ高効率魔法陣〜』。
あの分厚い一冊を手に入れた時、この屋敷のインフラは、真の意味で「再構築 (フルリビルド)」されることになる。




