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第1話:前世はSRE。そして、次兄との共有風呂がクソ仕様すぎる

 4歳になりました。僕はライナス、ライナス・フォン・フォール。今日はお祝いをしてくれるそうです。


 没落貴族フォール家の三男として生まれて4回目の春。

 豪奢だがどこか煤けた応接間で、僕は家族からの温かい祝福を受けていた。


「ライナス、お誕生日おめでとう。うちはお金がないから立派な玩具は買えないけれど……これ、僕が昔読んでいた図鑑だ。綺麗に拭いておいたから、読んでくれ」


 真っ直ぐで正義感の強い長男のクレスト兄様(10歳)が、少し照れくさそうに分厚い本を手渡してくる。


「ありがとう、兄様!」


「ライナス! 俺からはこれだ! 庭の隅で見つけたんだぜ、絶対すっげえ魔力石だ! お前にやるよ!」


 お調子者で外遊びが大好きな次男のヴァンス兄さん(7歳)は、泥のついた手を服で拭いながら、ちょっと光る石ころを僕の手に押し付けた。


(わぁ、綺麗な石英……魔力なんてこれっぽっちもないけど)


 そう思いながらも、僕は満面の笑みで「わぁ、ありがとう!」と喜んでみせた。


「ふふっ、二人ともライナスが大好きなのねぇ。ライナス、おめでとう」


 そう言ってふんわりと微笑むのは、究極のおっとり天然美人である母・シルヴィアだ。

 没落など一切気にしていない様子の彼女の「光が当たると青く透ける黒髪(からすばいろ)」と「気怠げな美しい瞳」を、僕はそっくりそのまま受け継いでいるらしい。


 そして――最後に、少し咳払いをして父・コンラッドが一歩前に出た。


「ライナスも4歳だ。我がフォール家に代々伝わる、この『初等魔導書』を贈ろう。これでお前も立派な魔法使いへの第一歩を……」


 厳格だがどこか疲れの見える父。彼はかつての栄光を取り戻そうと必死だが、商売の要件定義……もとい、世渡りが絶望的に下手な「悲哀漂うイケオジ」だ。


 僕は「ありがとうございます、お父様」と可愛らしく笑い、その本を開いた。


 その瞬間だった。


(……は? なんだこの構成図(魔法陣)は。


変数の宣言もされてなけりゃ、データの整合性(魔力循環)が全く取れてない。


これじゃ無限ループしてスタックオーバーフロー(魔力暴走)するだろ……っていうか、なんだこの既視感。


スタック? AWS? SRE……?)


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 脳内に、濁流のような「前世」の記憶が流れ込んできた。


 名前は、佐藤巧。34歳、独身。


 職業はSRE (サイトリライアビリティエンジニア)。


 巨大なクラウド上で何千万人もが使うシステムの「神殿」を守り、24時間365日、絶対に崩れないように設計し、監視し続ける「デジタル世界の守護者」。


 仕事は完璧にこなしていたが、意識高くジムのランニングマシンで走り込み、体が発するアラート(警告)を無視して限界まで追い込んだ結果、システムダウン(心臓発作)でご臨終した……。


「……ッ、なんつークソコード(魔法陣)だ。俺にこんなもん運用させようってのか。誰だこれ書いた奴、連れてこい」


 口から出たのは、可愛らしい幼児の声ではない。34歳のエンジニアによる、低く冷ややかな呟きだった。


「……ライナス? 今、『俺』と言ったか? それに、なんだその……徹夜明けのプロジェクトリーダーのような目は」


 父がギョッとして僕を見ている。まずい。

 僕は一瞬で「4歳児 (ライナス)」の表情を再起動 (リブート)した。


「……ううん、なんでもないよ! すごーい、魔法って難しそうだね!」


 僕は本を抱え、逃げるように自分の部屋へ戻った。



◆◆◆



 自室。


 正確には、次男ヴァンスの部屋との間に共有のバスルームがある「続き部屋」だ。

 記憶が戻り、僕を一番絶望させたのは「魔法が存在する」ことではなく、その「運用のズボラさ」だった。


(耐えられない。なんだこの非効率なインフラは)


 その夜。


 僕は4歳にして初めて、一人で湯浴(ゆあ)みをする許可をもらった。

 目の前には、お湯を沸かすための「魔導炉 (ボイラー)」がある。


 ライナス(俺)は、脱衣所……もとい、続き部屋の共有バスルームでひとり、その炉を見て吐き気を催していた。


「……はぁ? 魔力回路がVer.1.0のままだ。父上も母上も、いつまでアプデ(更新)しないんだよ。手間がかかりすぎて死ぬぞ、これ」


 指で魔法陣をなぞると、その「クソ仕様」が透けて見える。


 温度調節の if 文すら入っておらず、魔力をドバドバと力技で垂れ流して沸かしているだけ。熱すぎたら水を入れて薄めるという、リソースの無駄遣い(スループット最悪)の極致。


「誰だよ、こんなもん塩漬け状態でいいと思って運用してた奴は……。その感覚が、一ミリもわからん」


 SREとしての血が沸騰する。

 僕は小さな指先から、わずかな魔力を流し込んだ。


 指先で冗長な記述を次々とデリート(消去)し、最新の「温度一定保持 (フィードバック制御)」と、余った熱を魔力に戻す「再利用回路」をコード……魔法陣として上書きしていく。


「よし。これでオートスケーリング完了。いつでも42度の適温だ」


 一仕事終えた僕は、最適化された最高のお湯に浸かった。

 34歳の疲れきった精神が、4歳の柔らかな体を通じて癒やされていく。


「ふぅ……。やっぱり、インフラは安定してこそだな」


 この時、僕はまだ気づいていなかった。

 この「共有風呂」を明日使う次男ヴァンスが、その快適さに度肝を抜かれることを。


 そして2週間後、屋敷全体の魔力石の消費量が劇的に減ったことに気づいた父が、血眼になって「バグ」を探し始めることを。


 ライナス・フォン・フォール。


 没落貴族の三男による「異世界インフラ最適化計画」が、今、静かに動き出した。

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