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第27話:文鎮化 (フリーズ)する死神

 ヴァルゼリア王国の国境を越え、北西に馬を走らせること3日。

 隣国との緩衝地帯に、半分は崩落し、人が近づく気配すらない朽ちた屋敷。その地下室こそが、彼らの「聖域」だった。

 いかにも悪役が潜んでいそうな、薄暗く湿り気のある場所である。


 部屋の各所には、黒ずんだ合金の筐体に収められた複数の「魔導核 (サーバー)」が設置されていた。核内部の高密度魔石から供給される魔力が、演算を担う魔導水晶(演算回路)へと流れ込み怪しく脈動する。その上部には、多層式の魔法陣が青白く展開され、光の像として空中に投影されていた。


 筐体の影では、フードを深く被った女が、一切の無駄口を叩かずインフラの供給状況 (リソース)を監視し続けている。


「ヒヒッ……ヴァルゼリア王国の研究室 (ラボ)なんて、依頼主にかかりゃ潜入なんて朝飯前らしいぜ」


 空間に浮かぶ光の術式陣 (インターフェース)を指先で弾きながら、リーダー格の男が下卑た笑いを漏らす。


「潜入しちゃえばこっちのものよ」と、隣に座る猫背の女があざけわらう。


「そこから先は、我ら【暗号化された死神 (エンクリプト・デス)】のテリトリーよ。あの国の『王宮基幹魔導核 (メインサーバー)』から魔力を盗むなんざ、赤子の手をひねるより簡単だもの」


 彼女は宙に浮かぶ術式陣を展開して魔法陣 (コード)を呼び出し、細い銀のスティックで直接術式を書き込み、データの奔流を操っていた。


 その時、部屋の隅にある「受信用の転移陣」が淡く発光し、小さなカプセルが転がり出た。

 筐体の影にいた男がそれを素早く拾い上げ、中から殴り書きされた羊皮紙のメモを取り出すと、リーダーの前に叩きつけた。


「おい、大変だ! 仲介人から緊急の連絡 (パケット)だ!」


 男は早口でまくし立てた。


「王宮の工作に手を貸した奴が取っ捕まったらしい。それと、今すぐこの『フォール伯爵家』を攻撃しろとお達しだ。金はさらに弾むとさ!」


「はぁ? なんで伯爵家なんて」


「知らん! だが物理攻撃用の『防護壁 (ファイアウォール)突破用魔道具』の用意も至急だとよ!あーあと、フォール伯爵家を攻撃する際、この指定された魔導共有核 (モバイル・ターミナル)を経由(踏み台)しろ。攻撃が完了したら、高負荷をかけてその魔導共有核の演算水晶(回路)を焼き切れ」


「え? わざわざ魔導共有核を中継させるの? 非効率極まりないわね」


「依頼主の命令だ。証拠ごと持ち主を使い捨てるつもりなんだろ。……ヒヒッ、俺たちには関係ねぇ、仕事だ」


 彼らは「仕事」と割り切り、素早く手を動かし始めた。女は共有核に直結された結晶体にスティックを滑らせ、自分たちの手元にある検証環境 (サンドボックス)でペネトレーションテスト (侵入テスト)を瞬時に完了させる。

 異常なし。魔道具は完璧に動作する。彼女はその魔道具を「転移の陣」へと放り込み、ヴァルゼリア国内に潜伏する刺客へと一瞬で送り届けた。


「お気の毒に、この伯爵様も。さあ……死神の鎌を振るうとしようか!」


 フードの女も無言で深く頷き、共有核に接続を承認 (パス)させた。


「「OK」」




 刺客に転送で魔道具を送り届けてから、すでに数時間が経過していた。


「クソッ、あと一枚……あと一枚の防護壁 (ファイアウォール)が剥がせねえ!」


 リーダーが焦燥に駆られ、空中に浮かぶ多層魔法陣を叩く。彼らにとってのこの数時間は、フォール伯爵家の堅牢な守りを、自分たちの技術で少しずつ切り崩している「手応え」のある時間だった。


 だが、彼らは知る由もない。

 その「手応え」すら、寝巻き姿の少年が用意した「ダミーの迷路」に過ぎなかったことも、その少年――ライナスが、既に笑顔で「実行 (エンターキー)」を押し込んでいたことも。


 その瞬間、事態は劇的に、そして残酷に反転する。


「……あ、ありえないわ。攻撃が……私たちの術式が、逆に吸い込まれていく!?」


 猫背の女が悲鳴を上げた。

 フォール伯爵家から放たれた「論理爆弾 (ロジックボム)」が、数時間維持し続けていた通信経路を光速で逆流し、彼らの「魔導核」へと着弾したのだ。


 それは、ライナスが自室から可愛い顔をして行った、あまりにもエグい報復だった。


「ぎゃああああ! 経路が閉鎖されて逃げられない! 回路が焼き切れる、逆流してくるぞ!!」


 パキン、パキンと、筐体内部の魔導水晶が悲鳴を上げて砕け散る。

 

 かつては濁流のごとき情報群を瞬時に裁いた「死神」の魔導核が、一瞬にして光を失い、魔力が枯渇して曇りきった硝子玉のような――ただの重い「文鎮」へと成り果てた。


「バカな……俺たちの『聖域』が……たかだか伯爵家に……っ!」


 リーダーの叫びも虚しく、地下室を照らしていた光は完全に消失した。

 数時間前まで自分たちの勝利を確信していた4人のハッカーは、今はもう二度と目覚めることのない沈黙した魔導核の前で、ただ絶望に震えることしかできなかった。



◆◆◆



 翌朝。王宮の研究室。


 ライナスは大きく欠伸あくびをしながら、いつものように研究室の扉を開けた。


「おはようございます……」


 ぐるっと見回した。クロード主任の姿が見えない。近くに居た研究員に主任の所在を聞いてみた。


「主任は執務室で……もう10時間は出てきてません。……悪いけど、今は誰も近づけないよ」


 殺気立った様子で追い払うように言った研究員に礼を告げ、ライナスは足早に執務室へと向かった。

 扉の前、昨日とは異なる魔法陣が組まれていることに気が付いた。


(まぁ……昨日の今日だからな、警備も厳重になるか)


 ノックをすると主任の声が返ってきた。


「誰だい?今は忙しいから急ぎでなければ後にしてくれないか?」


 少し疲れた声が遠くから聞こえる。


「すみません。ライナスです。お忙しいところ、僕も急いでお知らせしたいことがございまして」


 カチャリと音を立て、幾重にも重ねられた防護用の魔法陣が開かれていく、そして扉が開いた。


「ライナス、おはよう。どうぞ中へ」


 主任がくたびれた表情を浮かべて中へ招き入れてくれた。


(うわっ大丈夫かな?いつにもまして今日は一段と青白い)


 主任の顔の疲労感が半端ないと思ったところで、もう一人がひょっこりと顔を覗かせた。


「おはようございます、あっカイルさんも居らしたんですね、おはようございます」


 一見すると壁にしか見えないが、魔道具による『空間偽装パーテーション』が施されている。アルマ殿下の側近カイルさんは、その奥に隠された作業スペースから静かに姿を現した。


「ライナス様、おはようございます」


 ゆっくりとソファに腰かけた主任がライナスに「要件は?」と促す。

 その隣では、アルマ殿下が力尽きたようにソファの背もたれに身を預けて寝落ちしていた。


(おっ、アルマ殿下まで居たのか。徹夜だったのかな?)


「はい、これなんですが……」


 と言いながら懐から一つの魔道具を取り出し、机の上にコトンと置いた。

 それは昨日、屋敷の庭に侵入した「野良猫(刺客)」が落としていった、エンデスお手製の魔道具だった。


「それは? どこでこれを?」


 主任が至極当然の質問を投げかける。


「えーと、昨日、我が家に遊びに来た『野良猫』さんたちがおりまして、落としていきました。あと、お返しに『爆弾』送っておきましたので、その念のために、お知らせをと思いまして」


 主任が、持っていたティーカップを空中で止める。カイルさんの鋭い視線がライナスに突き刺さった。


「……爆弾? ライナス、それはどういう意味だろうか?」


 質問と同時にどこまでも優雅な所作で主任はカップをテーブルに置く手が若干震えているようだ。


「はい。接続元を辿って、向こうの魔導核を全部停止 (フリーズ)させてやりました。たぶん今ごろ、みんな動かなくなって泣いているのではないかな、と思います」


 天使のような可愛すぎる笑顔で放たれた、あまりにも物騒な「爆弾発言」。


「「…………」」


「はっまさか」主任が何かに気づいたように目を見開き、偽装された壁の奥へ飛び込んだ。戻ってきた彼の手には、一台の『魔導共有核』が握られている。


「何も関係ないかもしれないが、入出記録を確認している中で、この魔導共有核だけ昨夜、急に熱暴走して停止したように見えたのは、まさか関係あるのか?」


 ライナスがその魔導共有核を覗き込み共有核の詳細 (ログ)状況を調べる。


「……あぁ。これ『外部から一方的に、魔導共有核を壊すための魔法陣 (プログラム)』を送り込まれたんですよ」


「焼き切る?」カイルさんが身を乗り出し、鋭い眼光を沈黙した魔導共有核に向ける。


「はい。我が家を攻撃するついでに、中継地点(踏み台)にしたこの人の魔導共有核も、証拠隠滅のために壊すつもりだったのかもしれません。……あ、でも僕が先に相手の魔導核を強制停止 (シャットダウン)させちゃったので。この魔導共有核、何らかの処理が走る直前の状態でフリーズ(文鎮化)してますね。今の状態なら、この共有核が何をしようとしていたか、履歴 (ログ)を追えるかもしれませんよ?」


「「…………」」


 沈黙。


 執務室を支配したのは、深夜のサーバーダウン時のような、重苦しくも虚無感に満ちた静寂だった。

 大人たちが文字通り「文鎮化」するのを横目に、ライナスは「さて、今日は早く帰れるかな」と、窓の外の快晴を眺めて呑気に呟くのだった。

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