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第26話:残されたパズルの一片

 ライナスを追い出すようにして帰したあと。

 部屋には、アルマ殿下、その側近カイル、そして研究室 (ラボ)主任クロードの3人が残されていた。


 静まり返った室内で、カイルが丁寧に淹れた紅茶の香りと、運ばれてきたベリーのケーキの甘い匂いが漂う。


「……ふむ。もぐもぐ……。このケーキ、クリームと一緒に食べると甘さと酸味が実にいい!」


 ソファに深く腰掛けた殿下は、ベリーのケーキに添えられたホイップクリームを器用にフォークで乗せ、大口を開けて頬張っている。先ほどまでの緊迫感が嘘のように、純粋におやつを楽しんでいた。


「殿下、食べるか喋るかどちらかにしてください。……あ、ほら、クリームが零れそうです。もう、じっとしていてください」


 カイルがため息をつきながら、手慣れた手つきで殿下の口元をナプキンで拭う。その目は鋭く、常に周囲の死角を警戒する「護衛」のそれだ。


「クロード主任、私からは部下に命じて、殿下の身辺警護をさらに二段階引き上げさせます。それと、クロード様、あなたにも今日から護衛を付けます。……いいですね?」


「大げさだなー」


 殿下が小さく、のんきに呟いた。

 そんな殿下の呟きとは裏腹に、ピリピリとしたカイルの言葉を受けて、主任はバートンが使っていたあの魔道具の魔法陣 (コード)を解析しながら、顔を上げずに返事をした。


「あぁ……すまない、カイル。手間をかけるが、頼むよ。……この『遺物』の正体が、どうにも不気味でね」


「不気味……?」


 殿下が紅茶を一口飲み、首を傾げる。


「はい。ライナスの指摘通り、失われた魔力の総量は膨大です。ですが……不可解なのは、この魔道具自体には、それほど多くの魔力を引き抜く力はないということです」


 主任の指が、解析のために浮かび上がらせた複雑な魔法陣 (コード)をなぞる。


「これは『盗む道具』というより、王宮基幹魔導核 (メインサーバー)を形成する魔力の糸に、本来存在しない偽の回路 (シャドウ・ルート)を覚え込ませるための『共鳴器』です。……つまり、ライナスが直接糸に触れて回路を修復したのとは逆に、この道具は離れた場所から『ノイズ』を流し込んで術式構成 (ロジック)を歪めていた。ライナスが言っていたデータの整合性破壊 (サイレント・コラプション)は、その無理な書き換えによって生じた『魔力の糸のほつれ』だったんでしょう」


「……バートンは、巨大な計画の『使い捨ての電池』の一部だった、ということですか。魔法のことは詳しくありませんが、それがどれほど危険なことかはわかります」


 カイルの言葉に、主任は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「あぁ。これを作った者は、王宮基幹魔導核 を自分の実験場 (サンドボックス)にしようとしている。……狂っているよ。陛下に報告と、秘密裡に内部監査を進める許可を頂かないといけないね」


 殿下は最後の一口を飲み込み、真剣な眼差しで2人を見た。


「……では、カイル。研究室の研究員たちの身元を徹底的に洗え。バートンのデスクにこれを置けたということは、内部にまだ協力者がいるはずだ」


「お任せください、殿下。私の部下を使い、表に出さずに動きます」


「……王宮基幹魔導核がある研究室への入室を許可されている者は、ここにいる我々3人と、当然ライナスも除外するとして、残るは24人だ。リストは後で渡すよ、カイル」


 主任が静かに告げ、カイルが鋭い眼差しで肯定を示すと、殿下はふっと表情を和らげた。


「よし、決まりだ。クロード、父上……あっ、陛下への報告には私も同行しよう。……久しぶりに、父上とお茶でもしたいからな」


((……おそらく本音はそっちだな))


 カイルとクロードの心がシンクロする。主任は殿下の言葉を聞き、少し呆れ顔を見せながらも、紅茶のカップを優雅な手つきで持ち上げた。


「……左様でございますか。では、同行をお願いします。カイル、陛下への面会予約もお願いできるだろうか?」


「お任せください」


「あぁすまない。それと、くれぐれも内密に頼めるかな?」


 主任の要望を受け、カイルは「承知いたしました」と恭しく一礼した。


「では、続けるとしよう」


 再び主任は魔道具を手に取った。




◆◆◆




――数時間後。


 王宮の執務室の片隅。一見すると、庭園の景色が広がる何の変哲もない大きな窓がある。

 だが、エドワード陛下が指先で軽くくうを切ると、そこには複雑な魔法陣が青く輝きながら展開された。

 「パリン」と、薄氷が砕けるような澄んだ音が響き、窓の向こう側の景色が揺らぐ。そこは、限られた血族と側近しか入室を許されない「隠し部屋」への入り口だった。


 人目を完全に排したその密室で、現国王エドワードとクロード主任、そしてアルマ殿下が円卓を囲む。

 あらかじめ用意されていた茶の香りが漂う中、陛下は主任が提出した報告書を厳しい目で見つめていた。


「……なるほど。事態は想像以上に深刻だな」


 陛下は重々しく呟き、カップを置いた。


「はい。バートンの背後に『設計者』がいることは間違いありません。王宮基幹魔導核の干渉は、国家の根幹を揺るがす事態です。陛下、早急に内部監査を進める許可を頂きたく存じます」


「許可しよう。クロード、この件は全面的に貴殿に一任する。カイルとも連携し、秘密裡に、だが徹底的に洗え」


「仰せのままに」


 主任が深く頭を下げると、それまで静かにしていた殿下が、少し誇らしげに身を乗り出した。


「父上! あのね、実は私に新しい友達……いえ、共同研究者ができました。ライナスという、8歳の男の子で、私の次にすごいんです!」


 先ほどまでの緊迫感が嘘のように、殿下はキラキラとした紫の瞳で、ライナスのことを話し始めた。


「私の剣に魔法陣 (コード)を付与してくれたおかげで、バートンを捕まえました! これです。これで火も水も出るのですよ!」


 忙しない政務の合間、険しい表情を崩さなかった陛下が、その時ばかりはふっと目元を和らげた。


「ほう、8歳で……魔法陣を付与したというのか。アルマ、お前がそんなに楽しそうに話す相手なら、よほど優秀なのだろうな。元気に過ごしているようで何よりだ」


「はい! 今度、ライナスを父上にも紹介します!」


 短い密会の時間は、親子の温かな会話で締めくくられた。陛下は再び厳しい王の顔に戻り、書類に視線を落とす。


「……クロード。殿下とこの国の未来、頼んだぞ」


「……仰せのままに」


「父上、今日は楽しかったです」


 殿下が名残惜しそうに告げると、陛下は一瞬、ペンを止めた。


「あぁ、私もだ。……ではな」


 殿下の頭を、陛下の大きな手がそっと撫でる。

 一瞬の触れ合い。だが、そこには確かな親愛の情がこもっていた。



◆◆◆



 退室し、長い廊下を歩きながら、主任は手元の資料を強く握りしめた。


 24人の容疑者。そして、姿の見えない「狂った設計者」。

 王宮の深部で静かに進行する巨大な不具合 (バグ)を、彼らはまだ、その入り口で捉えたに過ぎなかった。

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