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第25話:物理防御の冗長化と、センスの脆弱性

 研究室 (ラボ)内。バートンを「掌底(物理デバッグ)」した直後、現場は騒然となった。

 朝の挨拶をしながら入ってきた研究員に、警備兵 (ガード)を呼ぶよう僕がお願いしたのは、ついさきほどのことだ。

 ほどなくして、数人の警備兵が慌てて駆けつけてきた。


「不審者がいると聞きました! 大丈夫ですか!? ……え? これはいったい……?」


 こげて気絶しているバートンを一瞥して、警備兵が絶句する。無理もない、男が一人、その頭を黒焦げにして転がっているのだ。


「あ、この人、犯罪者です」


「あっ、あっはい。……捕らえろ! 連れていけ!」


(うん、わかるよ。わかる。一部始終を見ていた僕は普通にしていられるけど、驚くよね。どうしたらこうなるのかって驚きが勝つよね、うんうん)


 他人事のように状況を分析していた僕に、少し遅れて声がかかった。


「……ッ、何事だ、この騒ぎは! ライナス! 大丈夫か!?」


「殿下!!ご無事ですか?!」


 駆けつけてきたのはクロード主任、そして少し目を離した隙にアルマ殿下を見失い、顔面蒼白の側近のカイルさんだ。



◆◆◆



 事の経緯を説明するため主任の執務室に集められたのだが、動揺の現れなんだろうか?なぜかシルバートレイを手に持ったノーマンが僕の後ろで「奥様に顔向けできない……」とお経のように呟いている。

 アルマ殿下は、というといつも通りの態度でふんぞり返っていた。


「私の剣が火を噴いてな、あいつの頭を焦がして撃退したのだ! ライナス、私に感謝してもいいぞ!」


「……はい、アルマ殿下のおかげで助かりました」


 ガハハハッと笑う殿下を横目に、僕は棒読み・虚無の境地で応える。

 実際はカイルさんに「一人で歩き回るなとあれほど!」と怒られている殿下だが、全く聞いていないようだ。

 そんな喧騒の中、僕は……結局しっかり絞られた。


「えーと……計算 (シミュレーション)上、僕の勝率は99.8%でしたし、クロード主任たちが到着するまでの時間も逆算して動いていましたから。合理的な判断かと」


「残りの0.2%を引いたらどうするんだ、この大馬鹿者! 無事だったから良かったものを……」


 クロード主任の雷が落ちる。僕は神妙な顔をしつつ、(……その時は、人生のリブート(転生)が可能か検証するしかなかったかな)なんて不謹慎なことを考えていた。


「……それで? 何があったのか、詳細を説明してくれるかな?」


 主任が深いため息をこぼし、いつもの気品溢れる佇まいに戻る。


(あ、そうだった。肝心な経緯を説明してないや)


「はい、すみません。それで、クロード主任。僕は最初、魔導核の定期診断で微量な魔力資源のズレ(パケットロスのような違和感)が生じていることに気がつきました。とっかかりは、本当に些細な数値の不整合だったんです」


 僕は淡々と、でも確実に大人たちの注意を引きつける。


「さらに調査を進めたところ、それが単なる誤差ではなく、意図的な横領であるという確信に変わりました。……いえ、それだけではありません。バートン卿がやっていたのは、国家の魔導資産データを少しずつ腐らせる『データ整合性の破壊 (サイレント・コラプション)』でした」


 執務室の空気が、一気に重く沈み込む。


「これまでの数年間で、城壁の結界 (ファイアウォール)数回分もの魔力が失われていました。これをこのまま放置していれば、有事の際に防衛システムがリソース枯渇 (メモリ不足)で沈みます。……だから僕は囮 (ハニーポット)を仕掛けて、彼を現行犯で押さえる必要があったんです」


 その場に居合わせた者は、皆一様に押し黙ってしまった。

 8歳の子供の口から出たとは思えない冷徹な分析。その正しさを理解できるだけの知性が、この場にいる大人たちにはあったからだ。


 重苦しい沈黙を破り、ノックの音とともに警備兵の一人が入室してきた。


「失礼します! 先ほど捕らえたバートンの持ち物から、証拠品が見つかりました!」


 その報告とともに、バートンの持ち物から見つかった「魔道具」と「手紙」の詳細が読み上げられた。

 

 手紙には『これを王宮基幹魔導核 (メインサーバー)に同調 (リンク)させれば、望む地位 (ポスト)を用意する』という簡潔な指示。

 あわせて供述された内容によれば、バートンは「数年前から、たびたび郵便物に紛れてそれがデスクの上に置いてあった」と言っているらしい。


(……なるほどね。わざとデスクの上に「拾ってください」と言わんばかりに置いておく。前世でも、駐車場にわざとUSBメモリを落として、拾った社員に社内PCへ接続させる「USBドロップ」っていう古典的な攻撃手法があったっけ)


 バートンは、王家の一族であるクロード主任に対し、強烈な劣等感を抱いていた。「私のほうが優秀なのに!」と喚いたそうだ。


(物理的なソーシャルエンジニアリングか。内部の不満分子を突くには一番効率的だな。人間の好奇心や欲という脆弱性を突く、アナログな攻撃……。敵ながら、あっぱれな手順だね)


(まぁ、諦めって、肝心だよね。自分のスペックを見誤るのが一番のバグだよ)


 バートン個人への怒りは、いつの間にか霧散していた。それよりも、背後に潜む「見えない敵」の底知れなさに、大人たちは言葉を失い、ただ厳しい表情で沈黙するしかなかった。




「解析は僕が……」


 身を乗り出した僕を、クロード主任が穏やかな、けれど断固とした手つきで制した。


「……今日はもう帰りなさい。よく調べてくれた、お礼を言うよ。ありがとう、ライナス。……だが、これ以上は、大人の仕事だ」


 一瞬、主任の目に宿ったのは、部下を労う「上司」の光だった。

 感謝は嬉しいけれど、それはつまり「ここから先は保護 (プロテクト)対象だ」という宣言でもある。


 結局、僕は反論の余地もなく、強制帰宅を命じられることになった。



◆◆◆



(お説教が一番の心の疲労かもしれない)


 そう思いながら、僕は風呂に浸かっていた。


 帰宅直後、ノーマンの報告のせいで家族総出のお説教タイムだった。

 父・コンラッドは僕が問題を起こしたと誤解して過呼吸寸前で卒倒しそうになり、母・シルヴィアには「怪我はない?」と全身くすぐったくなるほど確認された。

 クレスト兄様は「一緒に行けなくてすまない」と涙目だし、ヴァンス兄さんは「俺がいたらぶっ飛ばしてやったのに!」と息巻いていた。


(……こんな日は風呂が大事。今日ほどそう思う日はないな)


 湯船で一息ついた後、部屋に戻ろうとした時だ。庭の方から「パサッ」と、枯葉を踏みしめるような乾いた音が聞こえた。



◆◆◆



 その頃、ライナス邸の外壁付近。


「……ターゲットの魔法障壁 (ファイアウォール)、解読不能。論理攻撃は通用しない。物理的に排除する」


 闇に紛れた刺客たちが庭に侵入した瞬間、足元で『侵入検知システム(IDS)』が静かに作動した。


「野良猫(低品質なパケット)が迷い込んだようですね。ゴードンさん」


 ノーマンが静かな口調で言う。

 普段は御者の仕事についてるゴードンがそれに返事をする。


「……ああ。即座に破棄 (ドロップ)しよう」


 月明かりの下、執事のノーマンと御者のゴードンが静かに立ち塞がる。


「……お行儀が悪いですね」


 刺客が放つ鋭い剣筋を、ノーマンは左手のシルバートレイで軽やかに受け流す。その隙間に袖口から滑り出させた漆黒のダガーで、一閃。急所を的確に貫いた。


 一方、ゴードンは巨体に似合わぬ速さで踏み込むと、丸太のような剛腕で刺客を地面に叩き伏せる。


「「が、はっ……!?」」


 悲鳴を上げる暇もなく、刺客たちは次々と「物理的にシャットダウン」されていった。


◆◆◆


 部屋に戻るとドアがノックされた。


「ライナス坊ちゃま、ノーマンでございます」


「あいてるよー」


「坊ちゃま、これを。ご興味がおありかと存じまして。今しがた野良猫が持っておりました」


 入ってきたノーマンは、つい先ほど庭で「野良猫(刺客)」を処理していたとは思えないほどいつも通りだ。

 差し出されたのは、手のひらサイズの小型魔道具。


「わかった、ありがとうノーマン。助かるよ」


 ドアが閉まるのを見届けた後。


「野良猫が持ってたねー。やれやれ、物理防御(ファイアウォール・護衛)を冗長化しておいて正解だったな」


 ノーマンから受け取った「玩具」を、僕はさっそく分解し、内部の術式を覗き込む。


 僕は不敵な笑みを浮かべた。


「さて、まずは外部隔離環境 (サンドボックス)を使って動かしてみるか」


「……ほう? これ、ただの攻撃用じゃないな。侵入前にこっちの魔法構成をさぐる『ペネトレーションテスト(侵入実験)』の形跡がある。敵ながら、あっぱれな手順 (プロセス)だね」


 命を狙われているというのに、僕は不覚にも感心してしまった。

 コードの書き方は洗練されているし、リソースの使い方も無駄がない。


「うわ、この並列処理の組み方、綺麗だな……。あ、でもここ、僕ならもっと効率化できるな。ここをこうして、魔法文字を二文字削れば……」


 気づけば、刺客の道具を相手に勝手に『コードレビュー』を始めていた。




 数時間ほど没頭したところで、大きく深呼吸をした。

 解析を進めていた僕の手が止まる。コードの末端に、仰々しい魔法署名が刻まれていた。


【暗号化された死神 (エンクリプト・デス)】


「…………は?」


 僕は天を仰いだ。


「嘘でしょ……。中身 (コード)は洗練されてるのに、なんで名前はこんな『中学二年生が夏休みに考えた最強のハンドルネーム』的なの……? エンコードしなきゃいけないのは、死神じゃなくて君たちのセンスの方だよ……」


(前世の掲示板にもこういう人たち、いたなぁ。技術は一級品、ネーミングセンスは絶望的。どこの世界にもいるんだな……。今日は月が大きく見える。現実逃避もしたくなるってもんだぜ。)


 遠い目。


 ……さて。


 魔道具の通信機能を逆利用し、送信元へ「論理爆弾 (ロジックボム)」を叩き込む。さらには、次回の侵入に備えて未知の脅威を挙動で予測する(ヒューリスティック検知)を自宅の防衛システム(ファイアウォール)に組み込んだ。


「お返しだ。君たちの魔導核を文鎮化 (フリーズ)させてあげるよ」


 不敵な笑みをこぼしつつ。


「さあ、二度目の正直があるかな? 『エンデス』さんたち」


 僕は可愛い笑顔のまま、実行 (エンターキー)を静かに押し込んだ。

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