第22話:初登城の帰還と、泣き虫執事の謎
王宮での初仕事を終えた僕を待っていたのは、行きと同じ、王家の紋章が輝く豪華な馬車だった。
「――アルマ殿下、今日はお送りいただきありがとうございました。ですが、明日からはフォール家の馬車を使いますので、送迎はご遠慮させてください」
馬車に乗り込む前、僕は意を決して殿下に頭を下げた。さすがに8歳児が毎日王族の馬車で通勤するのは、精神衛生上よろしくない。
しかし、殿下はガッハッハと豪快に笑い飛ばした。
「遠慮はいらんぞ、ライナス! 大事な協力者の安全を守るのも、私の務めだからな。明日も迎えにやるから安心しろ!」
「えっ、いや……」
「諦めなよ、ライナス。殿下は一度『こう』と決めたら、制御不能 (システムエラー)を起こすまで止まらないからね」
傍らでクロード主任が、可哀想なものを見るような目で僕の肩を叩いた。……この人、助けてくれる気ゼロだな。
結局、明日からも強制的なVIP送迎が確定してしまった。なぜこれほどまでに懐かれているのか。前世で言うところの「推し」にでもされてしまったのだろうか。
「……はぁ。疲れましたよ、全く」
僕はしぶしぶ馬車に揺られ、帰宅の途に就いた。
すると、対面に腰掛けていたノーマンが急に鼻を鳴らした。
「お疲れ様でした、ライナス坊ちゃま! 初めてのお勤め、ご立派に果たされましたな……!」
見れば、執事のノーマンがなぜかハンカチを握りしめて涙ぐんでいる。
(……え? なに? なんで泣いてるの? ただ仕事に行ってきただけなんだけど……。初登園の園児じゃないんだからさ)
僕はノーマンの過保護すぎる涙にドン引きしつつ、馬車の窓から遠ざかる王宮を眺めた。
◆◆◆
見慣れた屋敷の門が見えてきた。馬車の扉が開くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
門の内側には、僕の帰宅を今か今かと待ちわびていたフォール家の面々が勢揃いしていたのだ。
「おー、お帰りライナス!」
ヴァンス兄さんが真っ先に駆け寄ってくる。
「ただいま、ヴァンス兄さん」
「お帰りなさい、ライナス。お疲れ様」
「お帰りなさいませ、ライナス坊ちゃま」
「母上、マーサ、ただいま戻りました」
母・シルヴィアと、その後ろに控えるメイドのマーサが穏やかに微笑む。そして最後に、一番後ろからクレスト兄様が姿を見せた。
「お帰り、ライナス」
「ただいま戻りました、クレスト兄様」
今朝、僕が家を出る前に背中を丸めて見送ってくれた時よりも、心なしか顔色が良くなっている気がする。それだけで、今日一日クソコードと戦った疲れが少しだけ癒やされるのを感じた。父上は会合で不在のようだが、夕食には戻るという。
これほど大げさな出迎えに気恥ずかしさを覚えながら、僕はひとまず自室へと戻り、風呂で一日の汚れをさっぱりと洗い流した。
◆◆◆
夕食の時間。
フォール家一同が揃った食卓は、いつものように穏やか……のはずだった。
「ライナス、今日はどうだった?」
父・コンラッドが肉料理を切り分けながら尋ねる。父上も相変わらず胃の調子がよくなさそうで、あまりフォークが進んでいないようだ。
一方の僕は僕で、脳が情報を処理しすぎていて、正直あまり食欲がない。
「問題ありません。つつがなく業務をこなしてきました」
「はい、ライナス坊ちゃまは、誠にご立派でした……!」
後ろで給仕をしていたノーマンが、またしても鼻をすする。
(……だから、なんで泣くんだよ。僕、そんなに心配されてたの?)
僕はノーマンの感極まった様子をスルーし、気になっていたことを父上に切り出した。
「父上、ひとつ伺っても? 僕の『技術顧問 (オブザーバー)』としての協力要請ですが、お給金はもらえるのでしょうか?」
「特例でな。一応、支払われることになっている」
「それはいかほど?」
「心配するな。お前が自立するまで、私が責任を持って蓄えておく」
父上は「任せておけ」と言わんばかりに胸を張るが、僕は不安を隠せなかった。
「そうですか。ですが、できれば我が家の家計の足しにして頂ければと思います」
「……。8歳の息子の稼ぎなんぞ、あてにはすまいよ」
(父上……やせ我慢すんなよ。さっきから肉を口に運ぶ手が、ちょっと震えてるじゃないか……)
家計の困窮具合を察して胸が締め付けられる僕に、今度は母上が身を乗り出してきた。
「そんなことよりライナス、お弁当はどうでした?」
「……とても美味しくいただきました。ありがとうございます、母上」
「よかったわー! 初めてのお勤めですもの、張り切ったのよ!」
(……うん、それはもう痛いほど伝わりましたよ。重箱五段はさすがに張り切りすぎです)
僕は感謝を伝えつつ、本題に入る。
「ですが母上。明日からはもっと簡単なもので構いません。お忙しいでしょうし、料理長にお願いしてもいいですから。……どうか、節約してください」
「そうねぇ。じゃあ料理長と交代で作ろうかしら! 明日は何にしようかしらね!」
(母上、楽しそうで何よりだよ……。でも、たぶんサイズは小さくなっても、中身の凝り具合は変わらないんだろうな)
「ライナス、困ったことはなかったか?」
クレスト兄様が心配そうに、しかし優しく微笑みかけてくれる。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、クレスト兄様」
「そうか。何かあればすぐに言うんだぞ」
僕はクレスト兄様の言葉を聞いて笑顔で頷いた。
(目下の困りごとは、お弁当を節約モードにすることです!)と訴えたいところをぐっとこらえた。
「いいなー! 母上のお弁当、俺も食べたい! 母上、俺にも作ってくれよ!」
ヴァンス兄さんが食い気味に割り込んできて、食卓は一気に和やかな笑いに包まれた。
(次男よ、食い意地張りすぎ。でも、おかげで空気が緩んだよ。さすがだね)
◆◆◆
深夜。
自室で一人、僕は静かに今日見た「王宮基幹魔導核 (メインサーバー)」の構造を反芻していた。
あの不自然な魔力の中抜き。古典的な『サラミ法』を模したバックドア。
誰が、いつから、何のために仕組んだものなのか。
「あのクロード主任……。気づいているのか、それともわざと泳がせているのか……」
あの食えない男の笑みが脳裏をよぎる。
どちらにせよ、あんな脆弱なシステムを放置しておくのは、エンジニアとしてのプライドが許さない。
「明日は、本腰を入れて『犯人探し』をしないとな……」
僕は決意を固め、ベッドに潜り込んだ。
しかし、眠りに落ちる直前、一抹の不安が頭をかすめる。
(……明日、またあのクソコードの山を見るのか。夢に出てきそうだぜ……)
案の定、その夜の夢には、無限に増殖する「変数a1」の群れが襲いかかってくるのだった。




