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第23話:サイレント・コラプションと、見えない「糸」の追跡

 初登城の翌朝。


 僕はアルマ殿下の「VIPタクシー」という名の豪華馬車に揺られながら、死んだ魚のような目で窓の外を眺めていた。

 脳内では、昨日見つけた「0.0001%の歪み」が、エラーログのように点滅し続けている。


(……あの中抜き、絶対に偶然じゃない。今日は徹底的にログの地引き網漁だ)


 王宮に到着するなり、僕は挨拶もそこそこに「王宮基幹魔導核 (メインサーバー)」の前に陣取った。周囲の研究員たちが「今日も子供が遊んでいる」と冷ややかな視線を送ってくるが、今の僕には関係ない。


 ふとつい先ほど交わしたクロード主任との挨拶を思い出す。


『おはよう、ライナス。今日も君の思う通りに進めてみるといい、期待しているよ』


(なーにが期待しているよ、だ。まったくていのいい丸投げじゃねーか)


 盛大にため息をつき、いつものルーティンを忘れない。


「さて……まずは『二分探索(Binary Search)』から始めるか」


 数万行に及ぶ膨大な実行ルーチン。どこに異常があるか片っ端から見ていては日が暮れる。僕は術式を半分に割り、正常か異常かを判定しては、さらにその半分へと範囲を絞り込んでいく。地味だが、これが一番確実なデバッグだ。


 数時間の作業の末、ついに『差分(Diff)』が明確になった。


(見つけた……。特定の演算処理が走った直後、魔力の波形がわずかに書き換えられている。これ、意図的なオーバーライド(上書き)だぞ)



◆◆◆



 気がつけば、午前中の作業時間はあっという間に溶けていた。

 空腹に急かされるようにして向かった、食堂の一角。


 昨日と同じ光景……いや少し違う。アルマ殿下がテーブルに着座されており、大声で手招きしている。

 その後ろで苦笑いしている側近のカイルさんが控えている。


「おーい、こっちだーライナス!」


(え?まさかの毎日一緒に食べるのか?)


 手招きされるがまま僕は同じテーブルの席へと座る。


「アルマ殿下、ごきげんよう」


 殿下は満面の笑顔で迎えてくれた。


「坊ちゃま、どうぞお召し上がりください」


 執事・ノーマンからお弁当が差し出された。


「あぁ、ありがと。ノーマン」


(今日は料理長が作ってくれたようだった。これだよ、お弁当っていったらさ?から揚げ、卵焼き、緑の野菜に小さいトマト、主食のチーズ入りハムサンド、昨日のは、お花見でも行くんですか?ってお弁当だったからなー驚いたぜ、量も1人分にしては多すぎてみんなに手伝ってもらったもんなー)


 遠い目……ゆっくりと料理長のお弁当をかみしめる。


「な?な?ライナス?聞いているのか?クロードの仕事は終わったのか?」


 一段と大きな声に現実に引き戻される。身を乗り出し今にもくっつきそうなほどに近い。


(うわ、近い、顔が、圧が、飯ぐらいゆっくり食わしてくれよ……)


「アルマ殿下、近いです。えっと……すみません。なんでしょうか?」


「殿下。食事中ですよ」


 カイルさんは殿下の行儀作法には厳しい。


「そうだな、すまない」


 席に座りなおし、背筋を伸ばし。ひとつ咳払いをして。


「コホン、クロードの仕事は終わったのか?と聞いている」


「あぁーまだですよ。アルマ殿下、昨日も申し上げました通り、終わり次第伺いますからお待ちください。」


「そうですよ、殿下、昨日の今日ですからね」


「うっそうか、わかった」


(どう見てもわかったって顔じゃないよな、あれ、そうだカイルさんに聞いておきたいことがあったんだ)


 世間話を装って聞き込みを行った。


「カイルさん、この職場の運用体制ってどうなってるんですか? 夜間にメンテナンスをする人とか……」


「ああ、古株のバートンさんなら、よく一人で夜残って調整をしてるよ。主任の信頼も厚い、真面目な人ですね」


(バートン……。特権IDを持つ古参の内部犯行か。典型的なインサイダー・スレット(内部不正)だな、真面目に特権IDを悪用してるってことか)


 僕は強い疑念(仮説)を抱きつつ、午後の作業に戻った。



◆◆◆



 解析が佳境に入り、周囲の音が聞こえなくなるほど集中していたその時、扉が勢いよく跳ね上がった。 


「ライナァァアス! こっちから出向いてやったぞ! 剣から火が出るやつ、今すぐ見せてくれ!」


 アルマ殿下だ。最悪のタイミングでの『割り込み処理(Interrupt)』である。


(うわ、近い、圧が強い……! そしていつにも増して期待の眼差しが痛い……!)


「アルマ殿下、今、非常にクリティカルなセッション中なんです。……あーもう、分かりました! 剣を貸してください!」


 僕は半ばヤケクソで、殿下の剣に簡易的な発火術式を流し込んだ。


「とりあえず火花が出る程度の仕様 (エフェクト)です。あっちで振っててくださいね!人に向けちゃダメですからね!」


 紫の瞳をキラキラさせて満面の笑顔だ。


「おおお!!これで火が出るのだな?さすがライナス!!よし、試してくるぞ、ではまたな!」


(台風だな)


 殿下(台風)を追い払い、僕は再び深層部へ潜った。『分散トレーシング(魔力のパケット追跡)』を開始する。抜き取られた魔力の「糸」がどこへ繋がっているのか、そのパケットの宛先を追う。


(……っ!? なんだこれ。プロキシ(中継地点)を経由して、城外の『隠しバケット(未認可ストレージ)』へと転送 (フォワーディング)されてる……!?)


 それは単なる魔力資源の横領ではなかった。国家の魔導資産データを少しずつ腐らせ、整合性を失わせる『サイレント・コラプション(データ整合性の破壊)』。


(年間で城壁の結界 (ファイアウォール)数回分の魔力ロス……。これを数年続けられたら、いざという時に防衛システムがリソース枯渇(メモリ不足)で落ちる。これ、経済犯罪じゃない。侵略のためのバックドア設置だ……!)


 背筋に冷たいものが走る。僕が相手にしているのは、一人の泥棒ではなく、国家を揺るがす「見えない敵」だった。



◆◆◆



 その日の業務を終え、重い足取りで帰宅した僕は、家族との夕食の席にいた。

 豪華な食卓の温かな湯気とは対照的に、僕の思考は冷え切ったログの海をさ迷っている。


「父上、ひとつ伺っても? 我が国の『国家魔導元帳 (レジャー)』に、最近不審な形跡 (ログ)や、わずかな欠損は報告されていませんか?」


「……。なぜそれを知っている、ライナス」


 父の顔が、一瞬で領主としての厳格なものに変わった。やはり、上層部でも「何か」が起きていることには気づいている。だが、それが「どこから」「どうやって」漏れているのかまでは、まだ誰にも見えていないのだ。


「いえ、ちょっと……。お城でそんな噂を耳にしたので、気になって」


(よし、カイルさんとの会話を盾にすれば、苦しいけど言い訳は立つな……)


「そうか。お前も国の情勢を案じるようになったのだな……」


(お? 意外といけたみたいだな……。8歳児の仮面、恐るべしだな)


 なぜか感慨深げに頷く父。8歳児の息子が「国家の危機」を口にしたことで、将来を有望視し始めたのかもしれない。その期待がちょっと重いが、今はスルーしておこう。


(大丈夫。犯人の尻尾(IPアドレス)は、僕がもう掴みかけてる)



◆◆◆



 自室に戻った僕は、ベッドの中で今日見たクソコードの山を反芻する。


(現時点での第一容疑者は、特権IDの持ち主であるバートンだ。……だが、彼が直接の実行犯なのか、それともアカウントをハックされただけなのか。明日はそこを切り分け(パケット解析)なきゃな……)


 窓の外を見れば、異世界の夜空には見慣れない星々が冷たく輝いている。

 前世では、こんな時間に障害対応の電話 (オンコール)で叩き起こされるのが日常だった。それに比べれば、ふかふかのベッドがある今はマシ……なのかもしれない。


「……はぁ。明日は、本腰を入れて『真犯人』を特定 (デバッグ)してやるか」


 正直、またあのクソコードの山に潜るのは気が進まないが、放置して国が落ちるのを見るのは寝覚めが悪い。

 僕は明日への重い溜息を一つついて、静かに目を閉じた。

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