第21話:スパゲッティコードと、ランチタイムのヒアリング
「――それじゃあライナス。僕はこれから予算委員会との定例会議 (ミーティング)があるから、あとはよろしく頼むよ」
「あぁ、はい。承知しました」
クロード主任はそう言い残すと、驚くほど軽い足取りで研究室 (ラボ)を去っていった。残されたのは、巨大な「王宮基幹魔導核 (メインサーバー)」の唸りと、呆然と立ち尽くす僕一人。
(……丸投げかよ。これ、前世でよく見た『あとは若いもんでよろしく』って言って消える老害……いや、ベテランエンジニアのムーブそのまんまじゃねーか)
僕はため息を飲み込み、前世からのルーティンワークとして指の関節をポリポリと鳴らした。
「……ふぅ。やりますか」
諦め混じりの独り言をつぶやき、僕は意識を「基幹システム(魔導核)」へとダイブさせる。
視界に広がるのは、名実ともにスパゲッティ状態の魔力回路だった。変数名は「a1」「a2」と意味不明なものが並び、ドキュメントどころかコメントアウトの一つすら存在しない。
(……やけに古い設計だな。これ書いた奴、ちょっと表出ろ。リファクタリングって言葉、辞書に載ってなかったのかよ!?)
脳内の冷却ファンをフル回転させ、泥沼のようなコードを一行ずつ読み解いていく。どのくらいの時間が経っただろうか。
「……ライナス、お昼にしようか」
背後からかけられた声に、僕はハッと意識を引き戻した。いつの間にか戻っていたクロード主任が、どこか清々しい顔で立っている。
「……もう、そんな時間ですか」
大きく伸びをすると、身体のあちこちからバキバキと音がした。
「はい。まいりましょう」
◆◆◆
王城勤めの職員専用食堂の前。クロード主任は「少し用件を思い出してね」と言って、僕と別れた。
(……用件? 会議の準備か、それとも仮眠でも取るのか?)
主任の掴みどころのなさに変な勘ぐりを入れつつ、僕は一人で食堂へ足を踏み入れる。
食堂の一角。そこには、すでにお出迎え準備を完了した執事のノーマンが待機していた。
「お疲れ様です、ライナス坊ちゃま。お弁当の用意ができております」
「ありがとう、ノーマン。助かるよ」
僕はノーマンに促されて席に着く。テーブルに広げられたのは、母・シルヴィアお手製の五段重ねはあろうかという、妙に豪華な重箱弁当だ。
(……待て待て。母上、見栄を張りすぎでは? 職員が二度見どころか三度見してるよ)
彩り鮮やかなエビのフリッターに、丁寧に巻かれた卵焼き。さらには最高級のローストビーフまで詰まっている。
僕はその中から一番好きなサンドイッチを手に取った。ゆで卵ときゅうり、ハムを細かく刻んでマヨネーズであえた、シンプルだけど手間のかかった母上特製の味だ。
(……うん、うまい。安定のうまさだ。……しみるぜ。母上、感謝!)
しかし、そこでふと一つの疑問が湧き上がる。
(……これ、うちの家計もつかな? そういえば雇用形態を確認し忘れてたけど、僕の給料って出るんだろうか。まさか……この弁当代が給料から天引きされてるんじゃないだろうな? 僕の労働がすべて弁当代に消えるとか、悲しすぎる……。帰ったら要確認だな)
母上の愛(と食材費)を噛み締めていると、騒がしい足音が近づいてきた。
「はっはっは! 待たせたな、ライナス! クロードの仕事はもう終わったか!? 終わったんだな!?」
「アルマ殿下……待っていませんが、それにまだ始めたばかりですよ。終わったら伺いますから、落ち着いてください」
正面に座るなり身を乗り出してくる殿下を、僕は手のかかる弟をなだめるようにあしらった。隣のカイルさんが申し訳なさそうに眉を下げてフォローに入る。
「殿下、落ち着いてください。ライナス様の仰る通り、まだ先ほど始められたばかりではありませんか。……申し訳ありません、ライナス様」
「うっ、そっそうか、悪かったな」
「あっ、いえ……」
「……カイルさん、本当にお疲れ様です(この人もオンコールで叩き起こされる側なんだな)」
和やかな(?)ランチタイム。僕はカイルさんに、世間話の体で気になっていたことをぶつけてみた。
「そういえばカイルさん。あの魔導核って、いつからあるんですか?」
「……記録によれば、建国以来の継ぎ足しだそうです。数百年前から、不具合が出るたびに高位研究員が『パッチ』を当ててきたとか。正直、中身を知る者はもう誰もいないと言われていますね」
(……数百年ノーメンテ!? まさかそんなレガシーシステムが現役稼働してるとか、絶望しかないだろ……!)
「では、魔力の消費量とかはどうやってチェックしてるんですか?」
「元帳管理官 (レジャー・キーパー)が数字をつけていますが……彼らも中身の知れない『暗箱(ブラックボックス)』だと嘆いていました。出てきた数値をそのまま帳簿に書き込んでいるだけ、というのが実情のようです」
(……監視ツールもなしにどんぶり勘定かよ。脆弱性 (スキ)だらけだな……)
僕はサンドイッチを飲み込み、再び思考の海へと沈む。午前中に見た、0.0001%の計算ズレ。
(……監視がザルなのをいいことに、誰かが『中抜き』してるんじゃないか、これ?)
母上のサンドイッチの優しさとは対照的な、冷徹な「犯罪の匂い」が僕の鼻をかすめた。
◆◆◆
昼食後。
僕は重くなった胃を引きずりながら、再び「王宮基幹魔導核」の前に戻った。
いつものルーティンを済ませ、本格的な作業に取り掛かる。
「さて……本格的に『分散トレーシング』を仕掛けてみるか」
ふと、自分でも気づかないうちに小さな独り言がこぼれた。
魔導核の深層部へ、魔力の流れを可視化する術式を流し込む。ターゲットは、午前中に違和点を覚えた「端数切り捨て処理」のルーチンだ。
しばらくモニタリングを続けていると、本来消滅するはずの微細な魔力が、不自然なバイパス回路へと吸い込まれていくのが見えた。
(見つけた……。これ、単なるバグじゃない。意図的に隠蔽されたバックドアだ)
端数を切り捨てる際、その微量を特定の『外部ストレージ』へ転送するよう細工されている。
(……『オフィス・スペース』かよ。異世界でササミ……じゃなかった、サラミ法(salami slicing)の古典的なプログラム犯罪を見ることになるとはな。このクソコード、仕様じゃなくて完全な黒(意図的)だ)
さらにセキュリティ設定を確認すると、案の定、アクセス制限(結界)はスカスカだった。
(管理者権限の認証パスワード……これ、解析するまでもなく『1234』レベルのザル設定だぞ。誰でもルート権限を奪い放題じゃないか)
あまりの脆弱性に頭を抱え、僕がその『見えない糸』の送信先を辿ろうと術式を深層へ送り込んだ、その時だった。
「――ライナス。今日は初日だ、このくらいにしておこうか」
「ひゃっ!?」
すぐ耳元で響いた声に、肩が大きく跳ねる。
振り返ると、そこにはクロード主任が立っていた。知的な銀縁眼鏡の奥に、僕と同じような深いクマを滲ませたいかにもな美形だ。
新緑のような長い髪を後ろで一つに結び、佇まいはどこまでも優雅。……これで中身が丸投げ体質のエンジニアじゃなければ、完璧な王子様なんだけどな。
「……驚かせてすまない。あまりに集中していたから、何度も呼んだのだけどね」
主任はふっと柔らかく微笑んだ。その隙のない完璧な動作に、僕は一瞬だけ毒気を抜かれる。
「……心臓に悪いですよ、クロード主任。……それで、今日はもう帰っていいんですか?」
「ああ。無理をさせて君の『可読性』が下がっても困るからね。残りは明日、またじっくり取り組んでくれたらいいよ。――時間は、たっぷりあるからね」
(……可読性だって? 僕の解析力を評価してるクセに、まるで僕自身をプログラム扱いかよ。……食えない人だぜ、全く)
主任はそう言うと、眼鏡の奥の瞳をわずかに細め、どこか意味深で不敵な笑みを浮かべた。
「そっ、そうですか。お疲れ様です……」
(……ひえっ、こわいよ! その笑い方、絶対何か含みがあるだろ……!)
僕は機材を片付けながら、まだ唸り続ける魔導核を一度だけ振り返った。
(……明日は本腰を入れてこのバックドアの主を叩き出す必要があるな。……ったく、初日からきな臭すぎるぜ、この職場)
僕はどっと溢れ出た疲労感を隠しもせず、王宮を後にした。




