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第20話:8歳児の初登城と、やさぐれエンジニアの憂鬱

 フォール伯爵家の門の前。

 そこには、王家から差し向けられた、これ見よがしに豪華な馬車が鎮座していた。これから戦場(職場)へ向かうにはあまりに不釣り合いな「遠足感」溢れる見送り陣営が、僕を囲んでいる。


「ライナス……くれぐれも粗相のないようにな。ノーマン、頼んだぞ。……うっ、胃が……」


「はい、父上」


 父・コンラッドは顔面蒼白のまま、自身の胃壁と格闘している。


「お任せください、旦那様。我がフォール家の至宝、ライナス坊ちゃまを、あのような研究者共に好き勝手はさせません」


 執事のノーマンが、いつになく殺気……もとい、意気込みを見せている。おいたわしや父上。


「気を付けてね、ライナス? あなたの好きなものをたくさん詰めておいたわよ。よく噛んで食べるのよ?」


「はい、わかりました。母上」


 母・シルヴィアが持たせてくれたのは、重箱のような豪華なお弁当だ。


「いいなー! 俺も行きたいなー! おいライナス、その弁当の三分の一を寄こすなら、俺が護衛(デバッグ担当)として同行してやってもいいぞ!」


「……ヴァンス兄さん。これ、遠足じゃなくて仕事(常駐)だから」


(食欲っていうバックグラウンドプロセスを王宮に持ち込まないで。完全に仕様外だよ)


 一方、今朝学園へと向かったクレスト兄様は、自分のことのように重苦しいオーラを纏い、「……気を付けてな」と丸まった背中で出かけていった。


(……申し訳なさが限界突破 (カンスト)しそう。なんかごめん。僕のせいで家族の幸福指数(QOL)が下がりまくってる気がする。……なんか、謝ってばっかりだな、僕)


「では、行ってまいります」


(行きたくないけど)とうっかり続けてしまいそうになったのを、僕はぐっと飲み込んだ。


「うむ」とうなずく父、「気を付けて、いってらっしゃい」とやわらかく微笑む母、「いってらっしゃーい!」と元気いっぱいなヴァンス兄さん。


 それぞれ三者三様の挨拶を背に受けながら、僕は馬車から軽く手を振り、静かに我が家を後にした。



◆◆◆



 王城の門をくぐり、玄関へと馬車が横付けされる。

 扉が開いた瞬間、ん? あれ? ……僕は妙なデジャヴに襲われた。


「おお! 来たな、ライナス・フォン・フォール!」


 豪華な扉を勢いよく開けて飛び出してきたのは、第一王子・アルマ殿下その人だった。

 先日のお出迎えシーンを動画でリピート再生しているかのような光景に、僕は眩暈を覚える。


(また直々のお出迎えかよ……。心臓がオーバーヒートしそうだ……)


「アルマ殿下、過分なるお出迎え、恐縮の至りにございます」


 僕は馬車を降りるなり、練習した通りの完璧な礼を披露した。隣ではノーマンが、執事の教科書のような深々とした一礼を捧げている。


「ははは! 固いことは抜きだ。待っていたぞ!」


 殿下の背後には、いつ見ても中間管理職の哀愁が全方位に漏れ出していますね、カイルさん。


「ライナス様、本日はよくおいでくださいました。……また一段と、厄介な……いえ、賑やかになりそうですね」


 カイルさんが申し訳なさそうに眉を下げた。


(おいカイルさん、今『厄介』って断言したよな!? 否定できないのが辛いぜ……)


「あはは……カイルさん、あ、いえ、カイル様、お世話になります」


(……いけね、脳内変換を忘れてた。ついカイルさんって呼んじゃうんだよな……)


「ふふ、ライナス様。カイルで構いませんよ」


 カイルさんは同族(社畜)ゆえの慈愛に満ちた、けれど少しだけ力ない苦笑いを浮かべた。


「あ、いえ、そういうわけには……」


「何をしている? はやくついてこい!!」


 殿下の落ち着きのない声が飛んでくる。挨拶もゆっくりさせてもらえない。やれやれ。


「はい、ただいま、伺います」


 僕の返事は、もはや虚無の極みであった。



◆◆◆



 アルマ殿下の勢いに押されるまま、僕たちは研究室 (ラボ)へと連行された。不敵な笑みを浮かべたクロード主任が待ち構えている。


「よく来たね。君専用のデスク(環境)は、もう構築済みだよ」


(準備を『構築』って……。怖すぎるだろ、この人)


「どうだライナス! クロードが昨日から寝ずに準備していたんだぞ。さあ、早くこいつの仕事を片付けて、私の研究室へ来い! 共同研究をしなくてはいけないからな! わかっているな?!」


 アルマ殿下が無邪気な、それでいて断らせない「期待」を全力でぶつけてくる。


(寝ずに構築って、それ、デスマーチの始まりじゃねーか! 楽しみなわけないだろ!)


「……殿下、落ち着いてください。ライナスは逃げませんよ。ねえ?」


クロード主任が、逃がさないと言わんばかりの「執着(圧)」を僕にかけてくる。


「……はい。アルマ殿下のお心遣い、そしてクロード主任のご尽力、痛み入ります」


 一呼吸入れて、僕は言葉を続けた。


「このたびは大変名誉な立場をご用意いただき、恐悦至極に存じます」


 僕は表情筋を固定し、脳内の自動応答ボットに任せたような、無味乾燥な定型文を垂れ流した。完全にコピペ完了である。


「お供の方は、こちらの待機部屋へご案内いたします」


 研究員にそう促された瞬間、ノーマンの眼光が鋭くなった。


「私はライナス様をお守りする義務がございます。お側を離れるわけには参りません」


「おやおや、困りましたね。ここから先は国家機密の領域です。何かあった際、あなたが全責任を取れるのですか?」


 クロード主任の静かな脅しに、ノーマンは苦虫を噛み潰したような顔で、しぶしぶ一歩下がった。


「……ライナス坊ちゃま、何かございましたらすぐにお呼びください。直ちに参ります」


「あはは、わかったよノーマン。そんなに心配しないで。またあとでね」


(……過保護すぎるよ、ノーマン。ありがたいけどさ)


 僕は苦笑いしながら、ノーマンに手を振った。


「さて、挨拶はここまでだ。さっそくなんだけど――」


◆◆◆


 さらに奥へと促され、突き当たりの半透明な扉の前で足が止まる。


 クロード主任が指先で(くう)を鋭く弾くと、見えない鍵盤を叩いたかのように魔法陣が空中に展開された。

 幾重にも重なった術式が高速で照合され、やがて吸い込まれるように扉のロックが解除された。


 前世のデータセンターにあるサーバーラックを彷彿とさせる、冷徹な魔力の唸り。


「これが『王宮基幹魔導核 (メインサーバー)』だよ」


 クロード主任が誇らしげに指さした。


「……あの、クロード主任。まずは仕様書というか、引継ぎ資料のようなものは……?」


「資料? そんなもの、君なら見ればわかるだろう?」


 当然のようにドヤ顔で言い放つ主任。


「…………そうですか」


 僕は消え入りそうな冷えた声で、そう漏らすしかなかった。


(ノー資料で本番環境突入!? 詰んだ……。はぁー、やさぐれそうだな僕。いや、すでに十分やさぐれていると言えなくもないが……。もう帰りたい……!)

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