第14話:擬装プロトコルと、王宮ランチの解析
王宮の豪華な食堂、その円卓を囲んで全員が席についたところで、次々と料理が運ばれてきた。
目の前には、最高級の食材を惜しみなく使った王宮料理が並んでいる。
低温調理でタンパク質の凝固点ギリギリを攻めたであろう肉料理からは、芳醇なソースの香りが漂っていた。
「わぁ……兄様。このお肉、とっても柔らかくて美味しいですね! ヴァンス兄さんにも自慢したくなっちゃいます!」
僕は8歳になったばかりの「お貴族様の子息」として、キラキラとした120点の笑顔を浮かべた。背筋を伸ばし、ナイフとフォークを完璧に操る。
(よし。擬装プロトコルは正常に稼働中。このまま「可愛い弟」を演じきって、面倒な話は全部兄様にルーティングしよう。うんうん)
しかし、僕の隣では、クレスト兄様が青い顔をして震えていた。王族と並んで食事をするという重圧(高負荷)に、彼のシステムは限界寸前だ。
「そ、そうだな、ライナス……。よかったな……」
兄様の返事は、もはやパケットが詰まったような掠れ声だった。そんな兄様の苦労をよそに、向かいに座るクロード主任が、ワイングラスを置く音もさせずに僕を見つめてくる。
「ライナス。さっきの研究室 (ラボ)での緊急冷却術式だが、あのロジックは一体どこで学んだんだ?」
直球のクエリ(質問)が飛んできた。僕はあざとく首をかしげる。
「?……むずかしいことは、僕、よくわかりません! 一所懸命、念じただけです!」
さすがにこれも我ながら苦しい言い訳だと自覚する。まさか前世の記憶があるなんて言えないし、こういうときはどうかわすのが正解なのか? あークソ、もっと異世界転生系を読み込んでおくんだったぜ。
冷や汗をかきはじめたところで、兄様がガタッ! と椅子を鳴らして割り込んだ。
「あ、あの! クロード主任!」
「弟はまだ8歳になったばかりで、ただ夢中で魔力を練っただけなんです! 専門的な話は難しすぎます。なっ、ライナス!?」
兄様が涙目で「これ以上こいつを巻き込むな」と必死に防波堤 (ファイアウォール)になろうとしている。僕はその横で、遠い目をしながら肉を口に運んだ。
(……兄様。必死すぎて逆に怪しいですよ。でも、この肉は本当に旨い。それだけがこのランチの唯一の救いだ)
そこへ、空気を読まないアルマ殿下が身を乗り出して爆弾を投下した。
「そんなことよりライナス! お前なら、私の剣に『自動で火が出る』機能も付けられるか!?」
「えっと、それは……」
(……それはもはや火炎放射器ですか? 燃費が悪すぎて実用的じゃないです。却下)
「殿下。食事中に物騒な仕様変更 (アップデート)の話はやめてください」
側近のカイルさんが、能面のような顔で冷たい警告 (エラーログ)を吐き出す。しかし、クロード主任の追及は止まらなかった。
「実は、王宮基幹魔導核 (メインサーバー)に、少し不可解な挙動があってね。ライナスのあの圧倒的な『解析力』なら、何か正体が見えるかもしれないと思って――」
その瞬間、僕の右手に握られていたフォークが、お肉に刺さったままピタッと空中で停止した。
顔には120点の「あどけない8歳児の笑顔」を完璧に貼り付けたまま、脳内のアラートが警報 (サイレン)を鳴らし始める。
(は!? いやいやいや、まてまて、それ、完全に基幹サーバーだろ!? 止まったら国中が大パニックになる、絶対に落としちゃダメなやつじゃん! 勘弁してくれよ、8歳児にどんだけ重いミッション(SPOFの改修)を背負わせるつもりだ!? ここは絶対、逃げの一手だ。兄様、僕の防波堤として全力で頑張って!!)
一方、この場に僕を引きずり込んだ張本人であるアルマ殿下はというと――。
「うむ! 今日の肉は一段と美味いな! おかわりだ!」
「……はぁ。殿下、もっとよく噛んでお召し上がりください。お口の周りが汚れておりますよ」
背後に控える側近のカイルが盛大な溜息とともに小言をこぼすが、大好物の肉に夢中な殿下の耳には一切届いていない。国家機密の話題など、完全に彼の意識 (メモリ)の外である。
(……この脳筋王子、マジで自由 (フリーダム)すぎるだろ。カイルさんの胃のライフ(HP)もそろそろゼロになりそうだな……)
「……っ!!」
クロード主任の圧力と、アルマ殿下のあまりの無頓着さに挟まれ、クレスト兄様が悲鳴のような声を上げそうになった瞬間。スッと背後に控えていた執事のノーマンが身をかがめ、兄様の耳元で素早く囁いた。
「クレスト様。ここは当主である旦那様へのご相談を通すべきかと存じます。強気で押し切るのです」
有能インフラ (ノーマン)の的確なアシストを受け、兄様はハッとして姿勢を正した。
「ま、待ってください! 弟をこれ以上、そのような国家機密に近づけるわけにはいきません……! 本日は殿下のお誘いで見学に参っただけです。もしどうしてもと言うのであれば、必ず父上の許可を取っていただきます!」
兄様の決死の抗議に、クロード主任は「おっと」と目を丸くし、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「ああ、悪かった。そうだね、君たちはまだ未成年だ。保護者であるフォール伯爵の許可なく、勝手に研究所 (ラボ)へ引き入れたりしないさ。……もちろん、きちんと正式な手順 (プロトコル)を踏んで招待させてもらうよ」
クロード主任が不敵に口角を上げた。その目は、僕を「子供」ではなく「同類の技術者 (ギーク)」として完全にロックオンしている。
「わぁ、お勉強ですね! たのしみです!(棒読み)」
僕は引きつった笑顔で定型文を返した。
(……あー。これ、完全に退勤できないブラック案件にジョブ登録されちゃった。というか、僕の『平穏な隠居生活』というメインタスク、どこに行ったのかな?)
豪華なデザートが運ばれたきたが、兄様の胃痛ログは止まる気配がなかった。




