第13話:強制リフレッシュ(入浴)と、自己紹介バグの修正
魔導炉の熱暴走 (インシデント)を無事に鎮火させたものの、僕たち全員のシステム(肉体)は尋常ではない量の汗をかいていた。
「皆様、まずはこちらで水分補給を。とびきり冷やしておきました」
側近のカイルさんが、タイミングよく輪切りにされた柑橘が浮かぶ冷水を用意してくれた。それを一気に煽れば、渇いた喉に爽やかな酸味が染み渡る。
(……うっま。細胞の隅々にまでリブート(再起動)の信号が走るわ……)
各々がプハァーッと深く息をつき、ようやく人心地がついた――そんな静寂を、聞き慣れた高らかな声がぶち破る。
「このまま帰すわけにはいかない! 我が城の自慢の風呂に入っていくがいい!」
アルマ殿下が放った、拒否権のない強制コマンド。
結果、僕たちはそのまま王城の大浴場へと連行されることになった。
「坊ちゃま、お背中をお流しいたします……」
湯気が立ち込める大浴場の洗い場で、執事のノーマンが僕の背中を流してくれている。
普段、家では自分で勝手に入っているのだが、ここは王城というアウェー環境。さすがに「フォール家の坊ちゃま」としての体裁 (フロントエンド)を保つための処置だろう。
しかし、ノーマンの顔は一気に10歳は老け込んだように見える。この数時間の胃痛(エラー処理)で、彼のシステム寿命 (ライフタイム)は確実に削られていた。
ふと視線を向けると、すでに背中を流し終わったクレスト兄様が、広大な湯船の隅っこで膝を抱えるようにして小さくお湯に浸かっている。その丸めた背中からは「父上の(胃痛の)気持ちが痛いほどわかる……」という、哀愁漂うログが出力されていた。
(うちのしっかり者担当は心労が絶えないね……。申し訳ない……)
僕は心の中で手を合わせつつ、かけ湯をして僕も湯船に浸かった。
「……でけーな」
浴槽の縁に背中を預け、高い天井を見上げる。
思わずおっさんのような声 (ログ)が漏れたが、まぁいい。これでようやく家に帰れる(退勤できる)のだ。そう思って、深く息を吐き出した (システムクールダウン)。
「どうだ、ライナス! この風呂は我が城の自慢なのだ!」
そこへ、かろうじて腰にタオルを巻いたアルマ殿下が、自慢げに胸を張りながらバシャバシャと豪快に湯船に乱入してきた。
「はぁ……。はい、とても立派なお風呂ですね、殿下」
僕は完全に棒読み(定型文)のレスポンスを返す。
すると、殿下の後ろから、同じくタオルを巻いたクロード主任も静かに湯船に入ってきた。
湯気越しに見た彼の顔には、見覚えのある『眼鏡』がかかっている。
そう言えば、研究室 (ラボ)で会った時には特に気にも留めていなかったが……あれはアルマ殿下が外の視察時にかけていた、王族特有の紫の瞳を偽装するための魔道具だ。
湯気の中でも全く曇っていないところを見ると、自分で特殊なチューニング(改造)を施しているらしい。
(あの魔道具を使ってるってことは……ひょっとしてこの人も、王族(ルート権限持ち)か?)
僕が頭の中でこっそりと情報の紐付けを行っていると、殿下がクロードに絡み始めた。
「なっ! クロード! これでわかっただろ? どうだ? 私が言った通りだっただろ!? このライナスを見つけ出した私を、もっとほめてもいいんだぞ! な? な?」
「ええ、はいはい。殿下のおっしゃる通り、自分の目で確かめましたから。認識を改めましたよ」
興奮して圧の強い殿下に対し、クロードは「やれやれ」と溜息をつきながらいなす。
そして「殿下、風呂場で転ぶと危ないですから、少し落ち着いてください」と、完全に保護者(安全管理者)の対応で殿下を制止した。
そんな騒がしい二人を遠巻きに見つめながら、浴槽の反対側の隅っこでは、殿下に強引に連行されてきた側近のカイルさんが、クレスト兄様の隣で盛大な溜息をつき、無の表情で天井を眺めていた。
立場は違えど、振り回される苦労人同士。そこには奇妙な「胃痛の連帯感 (セッション)」が生まれていた。
◆◆◆
全員が風呂から上がり、さっぱりとしたところで、ノーマンがどこからともなく完璧な正装(着替え一式)を取り出してきた。さすが我が家の有能インフラ(執事)である。手際が良すぎる。
ノーマンの手を借りて正装に着替え、「さぁ帰ろう」と踵を返したその時だった。
「待て! まだ帰すわけにはいかん! 昼食を食べていけ!」
アルマ殿下の口から、本日二度目の強制コマンドが発動した。
クレスト兄様は(もうここまできたら諦めよう……王族の誘い(仕様)は断れないんだ……)と完全に悟りを開き、足の向きを変えた。
豪華な昼食会がセッティングされ、全員が席についた直後。
側近のカイルさんが、能面のように冷たい(しかしマジギレ寸前の)顔で、殿下に鋭い声 (アラート)を飛ばした。
「殿下。本日はドタバタしておりましたが……ご令息のクレスト様へ、きちんとご挨拶をなさっていませんよ」
「ああっ!」
カイルさんの礼儀作法の圧 (バリデーションチェック)に、殿下がポンと手を叩く。
「すまない! 私は第一王子、アルマ・ディ・ヴァルゼリアだ!」
堂々と胸を張り、盛大な自己紹介を実行する殿下。
クレスト兄様は(これも慣れるしかないな……)と心で叫びながら、カチャリと眼鏡を引き上げ、居住まいを正した。
「ご丁寧なご挨拶、恐縮の至りに存じます。私はフォール家長男、クレスト・フォン・フォールと申します。以後、お見知りおきを」
ようやく長男としてのカチッとした自己紹介(初期化処理)が完了した。
すると、その向かいに座っていたクロードも、姿勢を正してクレスト兄様に頭を下げる。
「私も、きちんとしたご挨拶が遅れて申し訳ありません。クロード・ディ・ヴァルゼリアと申します」
その瞬間だった。
「……えっ。……『ディ』? そして、ヴァルゼリア……!?」
この国において、一般貴族の修飾子 (ドメイン)は「フォン」で統一されている。
「ディ」は王族専用のアクセス権限。そして「ヴァルゼリア」は、この国のトップレベルドメイン(国名)そのものだ。
「お、王族であらせられましたか……!! ライナス、お前も立って早くご挨拶を!!」
顔面から血の気を引かせた兄様に慌てて促され、僕も椅子から立ち上がって深く頭を下げた。考えてみれば、僕たち兄弟揃って、まだ彼にはきちんとした挨拶(プロトコル通信)を通していなかったのだ。
ただの生意気な研究員だと思っていた男がまさかの王族だったという事実に、兄様は本日何度目かの致命的エラー(カーネルパニック)を起こしている。
(あー、やっぱりか。あの眼鏡を見てそんな気はしてたわ)
パニック状態の兄様とは対照的に、僕は静かに一人納得していた。
形式的に頭を下げる僕たちを見て、クロードはふっと上品に苦笑した。
騒がしいアルマ殿下とはまた違う、完成された大人の気品。その洗練された佇まいや所作は、間違いなく王族のそれだった。
「ああ、どうかお気になさらず。私は王位継承権を返還した身ですから。ただ、研究がしたいだけのオタク……いえ、研究一筋の人間ですよ」
(あー、典型的な技術オタク(ギーク)だな。完全にこっち側の人間だわ)
僕はクロードの言葉を聞きながら、内心で彼に「王族」ではなく「技術オタク」のタグをしっかりと紐付け、静かに席に座り直した。




