第12話:魔導炉鎮火(デプロイ完了)と、手のかかる弟認定
僕はひったくった魔力チョークを握りしめ、床の魔法陣にスラスラと新たな数式 (コード)を書き足していった。
やることは単純だ。クロードが書いた完璧な冷却魔法の「終端」に、使い終わった魔力を大気中に安全に逃がすための「排熱ダクト (ガベージコレクション)」の処理を接続するだけ。
「よし、これでデプロイ(反映)完了、と」
書き終えた魔法陣に、スッと自分の魔力を流し込む。
その瞬間だった。
『……ォォォォ……ォォォ……スンッ』
今まで轟々と唸りを上げ、今にも爆発しそうだった巨大な魔導炉が、まるで憑き物が落ちたように静かな稼働音へと変わった。
直後、魔法陣から生成された極上の冷気が、滞ることなく部屋の隅々まで循環し始める。
サウナのような地獄の熱気が嘘のように引き、広大な研究室 (ラボ)は一瞬にして「適温に管理された快適なサーバー室」へと変貌した。
「おおおおっ……!?」
「す、涼しい……! 息ができるぞ……!」
部屋のあちこちで机に突っ伏していた研究員たちが、オアシスを見つけた旅人のように顔を上げ、歓喜の声を漏らす。
「すげぇ!! なんだこれ、一瞬で涼しくなったぞ! おいライナス、お前やっぱ天才だな!!」
アルマ殿下が紫の瞳をキラキラと輝かせ、僕の背中をバシバシと力強く叩いてきた。
(痛っ、痛いっての……。ほんと、圧が強くて無邪気なクライアントだよ)
前世で34年間「真ん中っ子」として育ってきた僕の目には、この国の第一王子が、すっかり「手のかかるやんちゃな弟」にしか見えなくなっていた。
「はいはい、よかったですねー。あんまりはしゃぐと転んでケガしますよ、殿下」
僕は完全に「近所の小学生をあしらう近所の兄ちゃん」のテンションで、王子の頭を適当にいなした。
背後でクレスト兄様が「ひっ……!!」と短い悲鳴を上げて白目を剥きかけているが、もはや知ったことではない。
すると、僕の目の前に一人の人物が進み出てきた。
主任研究員のクロードだ。
彼は先ほどまでの見下すような態度を完全に消し去り、真剣な面持ちで僕を見据えると――スッと、深々と頭を下げた。
「……私の、傲慢でした」
研究室に静寂が落ちる。あのプライドの高い主任研究員が、8歳の子供に頭を下げているのだ。
「魔法を美しく構築することばかりに囚われ、それが稼働し続ける『環境』への配慮が完全に欠けていた。あなたのそのインフラを俯瞰する視点、見事という他ありません。……恐れ入りました、ライナス殿」
そこに、子供を侮る大人の姿はなかった。
あるのはただ、己の技術的な敗北を認め、相手のスキルに純粋な敬意を払う「一人の技術者」の顔だった。
(……なんだ。いい顔するじゃん、この人)
素直に非を認め、技術には技術で向き合う。前世のIT業界でも、こういう「話の通じるエンジニア」は重宝したものだ。
「いや、頭を上げてくださいよ、クロード主任。アンタの元のコード(魔法陣)が芸術的に綺麗だったから、僕はちょこっと配管(排熱)の処理を足すだけで済んだんです。あの美しいロジック、流石でしたよ」
僕は自然な笑みを浮かべ、前世の同僚エンジニア(DevOps)に接するように、彼の技術を称え返した。
クロードも顔を上げ、フッと柔らかく知的な笑みをこぼす。
「ふふ……配管、ですか。なるほど、面白い表現ですね。ぜひ後で、そのあたりの『環境構築』の思想について、詳しくお聞かせ願えますか?」
「ええ、もちろん。互いに良いシステムを――」
――あ、やべ。
自然に「同業者の顔」で返事をしてしまい、僕は慌てて口を塞いだ。
視界の端で、兄様が「……システム?」と首を傾げ、ノーマンの視線が「坊ちゃま、今の喋り方は一体……?」と鋭く光ったのが見えたからだ。
「あ、あー……えっと! えへへ、僕、難しいことはよくわかんないけど……みんなが涼しくなればいいなって思っただけで!」
我ながら、あまりに低レベルな誤魔化し (パッチ)だと言わざるを得ない。
僕は音速で「8歳のお子様 (フロントエンド)」を再起動し、精一杯の愛想笑いを浮かべた。
差し出されたクロードの手を、おずおずと、しかし心の中ではガッチリと握り返す。
8歳の子供と、30代のエルフ風美青年。
……いや、中身は「34歳のベテランインフラエンジニア」と「30代の天才プログラマー」なのだ。精神年齢的には完全に同世代。
同世代のエンジニア同士が握手を交わした瞬間、僕の脳内では勝手に『プロジェクト成功』のログが流れていた。
――その、直後だ。
「なっ、クロード! だから言っただろ? どうだ? こんなすごいライナスを見つけてきた私を、もっとほめてもいいんだぞ! な? な?」
感動の握手を交わす僕たちの間に、アルマ殿下がふんぞり返りながら割り込んできた。
もはや「ライナスがすごい」ではなく「自分をほめろ」という、一番の功労者面である。
さらに殿下は、僕とクロードの繋がれた手を自分の手で上からガバッ! と包み込むと、「よし! これで我ら三人は最強のチームだな!」と、ひまわりのような笑顔を弾けさせた。
(……いや、あんたが一番ドヤるんかい。……まぁ、いいけどさ)
結局のところ、この人は「すごい技術」を見つけてはしゃいでいる、手のかかる弟(無邪気な王族)なのだ。
僕はクロードと顔を見合わせ、やれやれと苦笑いを交わした。
「「「…………」」」
一方、そんな「大人な二人の空気」と、一人で自画自賛してはしゃぐ王子の温度差に置いてけぼりを食らったクレスト兄様、執事のノーマン、そしてカイルさんの三人は、「えっ、何この空間……僕たち、どういう顔して見てればいいの……?」と言わんばかりに、完全にシステムフリーズして立ち尽くしていた。




