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第11話:炎上する現場(カオス)と、剥がれ落ちた8歳の仮面

 広大な研究室 (ラボ)の中は、常軌を逸した熱気に包まれていた。


(あつい……ゆだる……しぬ……。このままじゃ、僕のシステム(肉体)が熱暴走でシャットダウンしちまう……)


 僕はダラダラと汗を流しながら、朦朧とする頭で現状を分析していた。

 エルフ風の主任研究員・クロードが、「なんだこの子供は」と怪訝そうな視線をこちらに向けてきているが、今の僕にはそんなUI(見た目)の良いNPCを気にする余裕すら一ミリもない。


「おい、こっちだライナス! 見ろ、この魔導炉を!」


 強引に腕を引かれ、熱源のど真ん中へと連行される。

 目の前には、轟々と唸りを上げながら稼働する巨大な魔導炉。そしてその熱を逃がすための冷却機構が完全に追いついておらず、素人目に見ても「熱暴走 (クリティカルエラー)の一歩手前」という地獄の光景が広がっていた。


「なっ? 暑いだろ!? で? どうだ? お前の技術でどうにかなるか? な? な? 早く!!」


 僕の顔を覗き込み、キラキラと期待に満ちた紫の瞳を輝かせるアルマ殿下。

 その暴力的なまでの圧と熱気、そして至近距離に迫る顔面に、ついに僕の中で張り詰めていた「貴族の8歳児」という美麗な仮面 (フロントエンド)が、音を立てて崩壊した。


(……ちけぇーんだよ、いつもいつもよぉ……ッ!!)


 8歳の可愛らしい顔面が、連日のデスマーチにキレ散らかす34歳の疲れたオッサンのそれに歪む。


「……はぁ」


 僕は深いため息をつきながら、首を絞めつけていた窮屈なタイを乱暴に緩め、上等な上着を床にバサリと脱ぎ捨てた。

 そして、無意識のうちに前世の現場でよく吐いていた毒(本音)を口走っていた。


「やればいいんでしょ、やれば……。クソめんどくせぇ……」


「ンンッ!!!」


 背後から、執事のノーマンの鼓膜を破るような鋭い咳払いが飛んできた。「口の利き方に気をつけろ」という強烈な警告 (アラート)だ。

 その隣では、次期当主として僕の監督を任された長男のクレスト兄様が、「あわわわ……殿下に向かってなんて口を……!」と右往左往し、完全にパニック状態 (カーネルパニック)に陥っている。


「ほう? 随分と大きく出たものですね。……まぁ、王族の推薦とはいえ、ただの子供。お手並み拝見といきますかね」


 主任研究員のクロードは、僕の不遜な態度に鼻を鳴らし、腕を組んでふんぞり返った。完全に「外部からの生意気な助っ人が失敗するのを待つ」という、面倒くさいプロパー社員(高みの見物)の態度である。


 そんなカオス極まる状況の中、王子のすぐ後ろで控えている側近のカイルさんだけが、顔面蒼白で今にも倒れそうになっていた。


『……っ! 皆様、多大なるご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません……ッ! 早く、早くこの時間が終わって……!!』


 彼からは、声にならない悲痛な叫び(心の土下座)がヒシヒシと伝わってくる。


(カイルさん……アンタのその気持ち、痛いほどわかるよ。同じ下っ端エンジニア(中間管理職)としてな……!)


 僕はカイルさんに深く同情しながら、気怠げに両手の指の関節をポキポキと鳴らした。

前世でやっていた空手の名残であり、これからキーボードを叩く(魔法陣を書き換える)前のルーティンだ。

 こうなったら、さっさとこの炎上案件(熱暴走)を鎮火させて、涼しい家に帰るしかない。


 僕は重い足取りで、クロードたちが構築したという魔導炉の魔法陣 (ソースコード)の前に立った。

 床一面に描かれた、巨大で複雑極まる幾何学模様。それを一目見た瞬間――僕は思わず目を丸くした。


(……すげぇ。なんだこの美しくて無駄のないロジック(魔法陣)は……!)


 変数の定義から処理の呼び出しまで、一切の無駄がない。完璧に最適化された芸術的なアルゴリズムだ。前世でも、ここまで綺麗なコードを書ける天才 (デベロッパー)はそうそういなかった。

 ちらりと横を見ると、クロードが「どうせ子供には理解できないでしょう」とばかりに鼻で笑っている。


 確かに、彼は天才だ。魔法を「発動させる」ことに関しては。


「……おい、クロード主任」


「おい、とは何ですか。私はこれでも王城の――」


「アンタ、このコード……手元 (ローカル環境)の単発テストでしか動かしてないだろ?」


 僕の指摘に、クロードの細い眉がピクリと動いた。


「……何を言っているんですか。冷却魔法としての構成は完璧なはずです」


「ああ、魔法陣自体は芸術品レベルで綺麗だよ。アンタは天才だ。でもな、この魔導炉は『24時間365日、連続稼働するインフラ』なんだよ」


 僕はしゃがみ込み、魔法陣の一角――冷却魔法が連続生成される終端部分を指差した。


「冷気を生み出した後、使い終わった魔力 (メモリ)を捨てる『解放処理 (ガベージコレクション)』の記述がどこにもねぇんだよ。これじゃあ、行き場を失った魔力の残渣が空間に溜まり続けて、魔力摩擦 (メモリリーク)を起こす。結果、それが新たな熱源になっちまってるんだ」


「なっ……!?」


 クロードの顔から、余裕の表情が完全に消え去った。


 彼のような天才開発者は「完璧に動くアプリケーションを作る」のは得意だが、それを「サーバーに乗せて安全に長期間運用する (インフラ設計)」という概念がすっぽ抜けていることが多いのだ。


「強力なエアコン(冷却装置)を作ったつもりが、排気ダクト(逃げ道)を作らなかったせいで、部屋の中に熱風を撒き散らすストーブになっちまってんだよ。……チョーク、貸して」


 僕はポカンとしている研究員から魔力チョークをひったくった。


「今から僕が、この美しいコードを活かしたまま『排熱ダクト(ガベージコレクション)』のインフラ基盤を書き足してやる。サクッと終わらせて、涼しい家に帰らせてもらうからな」


 僕の言葉に、アルマ殿下が「おおおおっ!!」と歓声を上げ、クレスト兄様とノーマンは信じられないものを見るように目を剥いて硬直している。

 そしてクロードは、自分の完璧なはずの理論の盲点を突かれ、信じられないという顔で僕の手元 (タイピング)を食い入るように見つめていた。

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