第10話:王城の灼熱サーバー室と、エルフ仕様の主任研究員
フォール家の馬車が王城の広大な敷地に到着し、豪華なエントランスの前に停まった。
馬車を降りるなり、長男のクレスト兄様と執事のノーマンに、左右から挟み込まれる形でダブルチェック(念押し)を受けた。
「ライナス、いいか。ここは王城だ。くれぐれも粗相のないようにな」
「坊ちゃま、何かございましたらすぐ後ろにおりますので、どうか慎重なご発言を」
「……はい」
僕は小さく、しかし聞き取りやすい声で短く返事をした。
返事の重要性は前世の会社員時代に叩き込まれている。
口では従順な部下(子供)を演じつつも、内心では(はいはい、わかってますよ。現場のセキュリティプロトコルが少々過剰じゃないですかね)と毒づくのは、エンジニアの悪い癖だ。
歩き出そうとした、その時だった。
「おお! 来たな、ライナス・フォン・フォール!」
豪華な扉が開き、中から勢いよく飛び出してきたのは、まさかの第一王子・アルマ殿下ご本人だった。
本来、王族自らが一介の没落貴族をフルネームで呼びながら玄関まで出迎えるなど、あり得ない特大のVIP待遇である。
「はははっ、ご、ご機嫌麗しゅう、アルマ殿下……!」
クレスト兄様のシステムが完全にショートし、ロボットのようにぎこちないお辞儀をしている。
そんな兄様を横目に、僕は王子の後ろで控えている側近・カイルさんの顔色を見て、深い同情 (シンパシー)を抱いていた。
昨日よりもさらに濃くなった目の下のクマ。
完全に、徹夜明けで顧客の無茶振りに付き合わされたエンジニアの顔だ。
「さあ、来い! 私の研究室 (ラボ)を見せてやる!」
元気いっぱいの王子に連れられ、王城の奥へと進む。
やがて、分厚い鉄の扉の前に到着した。王子が魔力でロックを解除し、重い扉が開いた瞬間――。
「うわっ……広っ……いや、あつっ!!」
僕は思わず顔をしかめた。
王城の一角を贅沢に使った広大な研究室。しかし、室内には巨大な魔導炉がいくつか稼働しており、むせ返るような熱気が充満していた。
前世の記憶がフラッシュバックする。これは完全に、空調設備が故障した真夏のサーバー室(地獄)の環境だ。
部屋のあちこちで、白衣のようなものを着た研究員たちが、完全にヘロヘロになって机に突っ伏している。
「なっ! 暑いだろ!? これならお前の冷却技術を試すのに最高だろう! やる気が出ただろ!? な? な?」
紫の瞳をキラキラさせ、至近距離まで顔を近づけてくるアルマ殿下。
(圧がすげぇ……!!)
僕はドン引きして、思わず一歩後ろへ後ずさった。
無邪気なクライアントの「この環境、改善しがいがあるでしょ?」という暴力的なまでのポジティブシンキング。完全にブラック企業のノリである。
「殿下……また勝手に外部の方を……」
そこに、部屋の奥からフラフラと歩いてきた人物がいた。
新緑を思わせる、淡く美しい長い髪を後ろで一つに結んだ、色白で線が細い30代くらいの美青年だ。白衣の下のシャツは汗で張り付き、今にも倒れそうになっている。
(うわ、なんだこの人。前世のファンタジーゲームにいたエルフそっくりだ……。この世界、本当に美形しかいないのか?)
僕はまじまじとその顔を見つめた。
(……あっ、なんだ。よく見たら耳のスペック(形状)は普通の人類と同じか。残念)
勝手にエルフを期待して勝手に落胆し、僕は一人で苦笑をこぼした。
「おいクロード! こいつが昨日話したライナスだ! こいつの技術で、この部屋を快適にするぞ!」
「……は? その、小さな子供が……ですか?」
主任研究員と呼ばれたエルフ風の美青年――クロードは、僕の失礼な視線と笑みに気づいたのか、怪訝な顔(エラー検知)でこちらを見下ろしてきた。
どうやら、この現場の責任者 (プロジェクトマネージャー)は、僕という外部からの助っ人(8歳の子供)を全く歓迎していないらしい。




