24.森のサイダー(番外編的なやつ)
森の中は今日も静かだった。
いつものように、材料を探して歩く。
精霊がふわふわと周りを漂っている。
けれど、その日は少しだけ違った。
木々の間に、小さな光がいくつも揺れている。
見慣れない気配。
「…仲間?」
リシェルが問うと、精霊は楽しそうに頷いた。
「そうだよ」
近づこうとすると、ふっと距離を取られる。
けれど、逃げているわけではない。
ただ、そこにいる。
(…精霊ってこんなにいるのね)
リシェルは少しだけ目を細めた。
足元に何かが転がってくる。
見るとそれは松ぼっくりだった。
「…あ」
思わず手に取る。
指先に、懐かしい感触で微笑む。
「この世界にもあるのね」
少し考える。
「松って…確か油が多くて、よく燃えるのよね?」
前世の知識が、ふと浮かぶ。
そのとき、精霊がひょいと松ぼっくりの上に乗った。
「これ、葉っぱ、できるよ」
「え?」
「しゅわしゅわ」
リシェルは瞬きをする。
「……しゅわしゅわ?」
精霊はうんうんと頷く。
「これも、しゅわしゅわになる」
「……」
少しだけ考える。
松と、水…そこに甘味で
「…発酵ってこと?」
精霊は嬉しそうにくるりと回った。
リシェルは急いで店に戻るとガラス瓶を取り出す。
瓶を綺麗にすると、水を入れ、砂糖を加える。
そして、洗った松の葉を詰める。
「…やってみましょう」
瓶に詰めて、軽く混ぜる。
いつもの手順。
(同じなら、できるはず)
窓辺に置く。
光の当たる場所。
あとは、待つだけ。
念のため1日1回蓋を開けてガスを逃す。
数日後。
そっと蓋を緩める。
「プシュッッ」
と空気が抜ける音。
細かな気泡が、ふわりと立ち上がる。
(…これは完全に炭酸!)
思わず息を呑む。
「すごい……」
香りを確かめる。
松の、すっきりとした香り。
ほんのり甘くて、爽やか。
グラスに注ぐと、光を受けて、泡がきらめく。
少しだけ口に含む。
「……っ」
舌の上で弾ける感覚。
しゅわ、と軽く広がる。
思わず目を見開く。
「……美味しい」
精霊が期待するように見ている。
リシェルは小さく笑った。
「これ、すごく美味しいわ」
思い立って柑橘を取り出す。
前世でのライムに似た果物だ。
薄くスライスして皮ごと入れる。
そしてそれを再び口に含む。
「……!」
さっきよりも、鮮やかになる。
酸味と香りが重なって、すっと抜ける。
「これは癖になる味ね」
ぽつりと呟く。
⸻
その日の夕方。
扉が開く。
「いらっしゃい」
ルヴァンが入ってくる。
いつもと変わらない足取り。
けれど、ふと鼻をひくつかせた。
「……なんだ、この匂い」
「新作よ」
リシェルはグラスをひとつ差し出す。
「飲んでみて」
ルヴァンはそれを受け取り、少しだけ中を見る。
透明な液体。
細かな泡。
「……水じゃないな」
「ええ」
それ以上は言わない。
ルヴァンは一口、口に含む。
「……」
一瞬、動きが止まる。
次の瞬間、わずかに眉が上がった。
「……なんだこれ」
もう一口。
今度は確かめるように。
「…ピリピリする…が、不快じゃないな」
「炭酸よ」
「……タンサン?」
聞き慣れない言葉に、わずかに眉を寄せる。
けれど、すぐにもう一口飲む。
「…なかなか、悪くない」
いつもの調子。
けれど、グラスはそのまま手に残っている。
精霊がくすくすと笑う。
「気に入ってる」
「うるさい」
ルヴァンは軽く睨む。
リシェルは少しだけ笑った。
「夏にはとってもいいと思うの」
「……確かに」
短く返す。
それから、グラスの中をもう一度見る。
泡が静かに弾けている。
「あなたは不思議なことを思いつく人だ。」
ルヴァンの言葉にリシェルは肩をすくめ、微笑んだ。
ルヴァンは何も言わず、ただ、もう一口飲んだ。
精霊がケラケラと笑いながらルヴァンの周りを飛ぶのを、リシェルは優しく見つめていた。
(松の葉でできるなら……他にも、きっとあるわよね)
ミントやローズマリー。
そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。
リシェルはすぐに紙を取り出し、思いつくままに書き留めていく。
その横顔を、ルヴァンは静かに見ていた。
けれど、その視線に、リシェルはまだ気づかない。
精霊は、そんな二人を面白そうに眺めていた。
番外編も終わりです٩( ᐛ )و




