23.ミネットの後悔(番外編的なやつ)
——あれからすぐ
ミネットは、王宮で王妃教育を受けていた。
整えられた空間。
無駄のない所作。
すべてが洗練されている。
「王妃とは、民の規範である存在です」
教師の声が、静かに響く。
「いかなる者にも公平であり、軽んじてはなりません」
ミネットは頷く。
それは当然のことだと思った。
そうあるべきだと、疑いなく受け入れる。
けれど
「弱き者であっても、決して踏みにじってはならない」
その言葉に、ほんのわずかに意識が止まる。
(……踏みにじる)
胸の奥に、何かが引っかかる。
思い出す。
あの屋敷での光景。
母は、あの人のことを軽く扱っていた。
使用人たちも、それに倣っていた。
それは特別なことではなかった。
ただの、日常だった。
(……だから)
ミネットは、何も疑わなかった。
あの人が軽んじられることを。
あの人が下に扱われることを。
それが“正しい”とすら思っていた。
⸻
別の日。
「王妃は、どのような場合でも、他者を押しのけてはなりません」
その言葉を聞いた瞬間。
ひとつの記憶が、はっきりと浮かぶ。
階段。
足音。
すぐ前を歩く背中。
(……邪魔)
そのとき、そう思った。
ほんの、軽い苛立ち。
そして──
何のためらいもなく、手を伸ばした。
「……」
ミネットの呼吸が、わずかに乱れる。
あれは事故ではない。
足を滑らせたわけでもない。
誰かに押されたわけでもない。
(……私が)
自分で。
自分の意思で。
あの人の背中を押した。
理由は単純だった。
邪魔だったから。
それだけ。
(……だって)
そのときは、それが当然だと思っていた。
誰も止めなかった。
誰も責めなかった。
だから、間違いだとは思わなかった。
(……それが)
今になって、ゆっくりと形を変える。
胸の奥に、どろりとした重さが落ちる。
(……違った)
あれは、してはいけないことだったのだと。
ようやく理解する。
⸻
「王妃とは、弱き者を守る立場です」
教師の言葉が続く。
ミネットは顔を上げる。
その言葉が、まっすぐに刺さる。
(……守る)
自分は、何をしていたのか。
守るどころか、
簡単に押しのけた。
それを疑いもしなかった。
(……私は)
喉の奥が、わずかに詰まる。
けれど、声にはならない。
(……遅いのね)
その事実だけが、静かに残る。
あの人は、お姉様はもういない。
事故で亡くなったと聞いている。
もう、どこにもいない。
(……謝りたい)
初めて、そう思う。
けれど。
その言葉は、どこにも届かない。
⸻
「ミネット様?」
教師の声。
ミネットは顔を上げる。
「……失礼いたしました」
「いえ。続きを」
「はい」
いつも通りに応じる。
姿勢を正し、前を向く。
何も変わらない顔で。
何もなかったように。
⸻
それでも。
胸の奥に落ちたその重さだけは、
消えることは、きっとないのだろう。
読んで頂きありがとうございました٩( ᐛ )و




