表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今世はもう我慢しません!家を捨てて、精霊たちの森で自由に生きます。  作者: ちょこだいふく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/24

22.ここがわたしが選んだ生きる場所(おしまい)

店を開けてから、日々は静かに流れていった。


朝、窯に火を入れる。


生地をこね、膨らみを待ち、焼き上げる。


その繰り返し。


けれど、不思議と同じ日は一度もなかった。


「いらっしゃいませ」


扉が開き、人が入ってくる。


パンを選び、少しだけ言葉を交わし、また去っていく。


それだけのことが、心地よかった。



ある日の昼過ぎ。


子どもがひとり、扉の前で立ち止まっていた。


中を覗き込むようにしている。


リシェルは少しだけ屈んで、目線を合わせた。


「どうしたの?」


「……いいにおい」


小さな声。


リシェルは少し笑って、小さなパンをひとつ差し出した。


「これ、どうぞ」


子どもは少し迷ってから受け取る。


「……いいの?」


「ええ、生地が余ってしまった分よ。小さくて売り物にできないから貰ってくれる?」


子供はキラキラとした目でそれを受け取ると

「ありがとう!」

と言いそのまま走っていった。


精霊が肩のあたりでくるくると回る。


「うれしそうだった」


「そうね」


リシェルは窯の方へ戻った。



その日の夕方。


ルヴァンが店の奥の席に座っていた。


いつの間にか、それが自然になっている。


何をするでもなく、ただそこにいる。


「今日は何食べる?」


「いつものでいい」


短いやり取り。


それで十分だった。



窯の前で、リシェルがパンを並べている。


少しだけ頬にかかる髪を、無意識に払う。


その横顔を、ルヴァンはぼんやりと見ていた。


理由はない。


ただ、目が離れなかった。


そのとき。


精霊がふわりとルヴァンの肩に乗る。


「なに見てるの?」


「……別に」


「ずっと見てる」


即座に返ってくる。


ルヴァンの眉がわずかに動く。


「見てない」



精霊はリシェルの方を見る。


「そんなに横顔が好きなの?」


「っ……!」


ルヴァンが顔をしかめる。


「気のせいだ、この話は終わりだ。」


声は低いが、どこか焦っている。


リシェルは振り返る。


「どうかしたの?」


「……なんでもない」


視線を逸らす。


精霊はくすくす笑っている。


リシェルは少しだけ首を傾げてから、


「そう」


とだけ言って、また作業に戻った。



窓の外では、風が静かに通り抜けていく。


店の中には、パンの香り。


精霊がふわりと漂い、


ルヴァンがそこにいる。


そして、リシェルはパンを焼いている。



特別なことは何もない。


けれど──


(……これでいい)


リシェルは、そっと息を吐いた。


もう、誰かの顔色を窺う必要はない。


誰かに決められた場所に立つ必要もない。


ここで、パンを焼いて、


ここで、生きる。



窯の中で、パンがゆっくりと膨らんでいく。


その様子を見つめながら、


リシェルは静かに微笑んだ。



(……ここが、私の人生)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ