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今世はもう我慢しません!家を捨てて、精霊たちの森で自由に生きます。  作者: ちょこだいふく


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20/24

20.これはいける!

瓶を置いてから、数日が過ぎた。


毎朝、窓辺に置いたそれを確認するのが、自然と日課になっていた。


最初の二日は、何も変わらなかった。


けれど三日目にほんのりと泡が出てきて5日目の朝。


「……あ」


表面に、泡がひとつ、またひとつと、静かに弾けていく。


そっと瓶を開けて顔を近づける。


ほんのり甘く、少しだけ酸味のある香り。


(……きた)


リシェルの口元が、わずかに緩む。


「できてる?」


精霊が覗き込む。


「ええ」


小さく頷いた。


「うまくいったみたい。もう使えるわ。」


蓋をした瓶を軽く揺らすと、細かな泡がふわりと立ち上がる。


目には見えないものが、確かにそこにいる。


(母は、ここまで来ていたのね)


リシェルはそっと瓶を持ち上げた。


「……じゃあ、次ね」



ボウルに粉を入れる。


選んだのは、重い方の小麦。


水を加え、酵母液を少し。


ゆっくりと混ぜていく。


手のひらに伝わる感触が、少しずつ変わる。


まとまる。


伸びる。


(……違う)


これまでの生地とは、明らかに違っていた。


「いきてる?」


精霊が覗き込む。


リシェルは小さく笑う。


「ええ。そんな感じね」


布をかけて、しばらく置く。


ただ待つ時間。


けれど今は、不思議と不安はなかった。


(……楽しみだわ)



布を外す。


生地は、少しだけ膨らんでいた。


指でそっと押す。


やわらかく、弾力がある。


「……本当に」


思わず息がこぼれる。


「すごい!」


精霊が言う。


「まだよ」


リシェルは首を振った。


「焼いてみないと」



窯に火を入れる。


じわりと広がる熱。


手をかざし、温度を確かめる。


(……いける)


生地を成形する。


少し歪だけれど、それでいい。


窯へ入れ、扉を閉める。


あとは、待つだけ。



やがて、香りが変わった。


小麦の、やわらかな香ばしさ。


温かい匂いが、ゆっくりと店の中に広がっていく。


精霊がぴくりと反応する。


「いいにおい」


「ええ」


リシェルは小さく頷いた。


そして、扉を開ける。


そこにあったのは──


これまで見たことのないパンだった。


ふっくらと膨らみ、表面はこんがりと色づいている。


「……」


言葉が出ない。


そっと取り出す。


手に伝わる、やさしい温もり。


少しだけ割ると、


中は空気を含んで、やわらかく広がった。


「……できた」


静かに呟く。


精霊が嬉しそうに跳ねる。


「できた!」


リシェルは、ゆっくりと笑った。



翌日。


ルヴァンが店に入ってきた。


いつもと変わらない足取り。


視線だけが、すぐにパンへ向く。


「……それか」


「ええ」


リシェルは一つ手渡した。


「食べてみて」


ルヴァンは受け取り、少しだけ見てから口にする。


一口。


その動きが、わずかに止まる。


もう一口。


今度は、少し大きく。


「……なんだこれ」


低く、呟いた。


リシェルは少しだけ楽しそうに言う。


「パンよ」


「いや……」


言葉を探すように、わずかに黙る。


「こんなのは、見たことがない」


「美味しいでしょ」


ルヴァンはパンを見つめたまま、もう一口食べた。


ゆっくりと噛む。


「……軽い」


「ええ」


「でも、ちゃんと食べてる感じがする」


リシェルは満足そうに頷いた。


「それだけじゃないわ」


ルヴァンが顔を上げる。


「まだあるのか」


「ええ」



リシェルは振り返り、準備を始める。


しっかりとした生地で焼いたパン。


そこに、軽く温めた燻製肉。


そして、刻んで仕込んだキャベツ。


ほのかな酸味の香りが立ちのぼる。


ルヴァンの眉が、わずかに動く。


「それは?」


「試しに作ってみたの」


パンに挟む。


形になる。


リシェルはそれを差し出した。


「こっちも食べてみて」


ルヴァンは無言で受け取り、口にする。


噛む。


そして──


「……」


今度は、完全に黙った。


精霊が横から覗き込む。


「どう?」


少し間があって、ルヴァンは言った。


「……売れるな」


短い一言。


けれど、それで十分だった。


リシェルは、くすりと笑う。


「でしょう?」



窓の外に目を向ける。


町は、いつもと変わらない。


人が行き交い、風が通り過ぎていく。


けれど──


(……ここからね)


パンの香りが、静かに広がっていく。


ここでなら。


ちゃんと、生きていける。

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