17.店の中に
ルヴァンが扉に手をかけた。
少しだけ力を込めると、木の扉はキィっと音を立てて開いた。
中は、思っていた通り静かだった。
長く使われていなかった空気。
少しだけ埃っぽい匂いがする。
けれど、完全に荒れているわけではない。
「……思ったより、きれいね」
「トマスさんが、時々手を入れてたらしい」
ルヴァンの言葉に、リシェルは目を開いた。
(……ずっと、ここを残してくれていたのね)
ゆっくりと中へ足を踏み入れる。
床はしっかりしている。
奥には大きな窯。
手前には木のカウンター。
壁際には棚があり、古い道具がいくつか並んでいた。
精霊がするりと肩から降りる。
そのまま店の奥へ、ふらふらと歩いていく。
「……気に入ったみたいね」
「そう見えるな」
リシェルは店の中をゆっくり見回した。
指先でカウンターに触れる。
木の感触が、やわらかい。
使い込まれている。
誰かが、ここで生活していたような。
そのとき、棚の隅に目が止まった。
小さな布が置かれている。
埃をかぶってはいるが、きれいに畳まれていた。
そっと手に取る。
淡い色。
見覚えはないはずなのに、なぜか懐かしい。
「……これ」
思わず呟く。
ルヴァンが少しだけ近づいた。
「それも、そのまま残ってたらしい」
「母の……?」
「だろうな」
リシェルは布を軽く払う。
埃がふわりと舞う。
その下から、細かな刺繍が見えた。
控えめで、けれど丁寧な手仕事。
(……こんな素敵なものを作る人だったのね)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
精霊が戻ってくる。
ぴたりとリシェルの足元に座り、布を見上げた。
尻尾がゆっくり揺れる。
「……なつかしい」
「あなたも、知ってるの?」
精霊は少し考えるようにしてから、首を傾げた。
「……たぶん?」
それ以上は言わない。
けれど、それで十分だった。
リシェルは布をそっと元の場所に戻す。
そのとき、ふと奥の窯が目に入る。
大きく、しっかりした造り。
まだ使えそうだった。
「……これ、使えるかしら」
ルヴァンは窯を見て言う。
「火を入れてみないと分からないが、壊れてはいない」
リシェルは少しだけ近づいた。
手をかざす。
冷たい。
けれど──
「……焼けそうね」
ぽつりと呟く。
ルヴァンが視線を向ける。
「パンか?」
リシェルは小さく笑った。
「ええ」
少しだけ息を吸う。
店の空気を、もう一度感じる。
(……ここで)
その言葉はまだ口には出さない。
けれど、もう分かっていた。
ここで、何かを始めたいと思っている。
精霊が、足元で丸くなる。
まるで前からここにいたみたいに。
リシェルは窯を見つめたまま、小さく呟いた。
「……やってみようかしら」
その言葉は、誰に向けたものでもない。
けれど確かに、自分自身への答えだった。
ルヴァンは何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。




