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今世はもう我慢しません!家を捨てて、精霊たちの森で自由に生きます。  作者: ちょこだいふく


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16.小さな町の小さな小屋

森を抜ける道は、思っていたよりも細かった。


小屋から少し離れると、人の通った跡はほとんどない。

落ち葉が積もり、足音が柔らかく沈む。


前を歩くルヴァンは迷いなく進んでいく。


リシェルはその後ろを歩きながら、何度も周りを見渡した。


「……思っていたより深い森なのね」


「この辺はそもそも人が入ることもないからな」


ルヴァンは振り返らずに答える。


「…だからこそ、あの小屋も残ってるのさ」


「そう」


精霊はいつの間にかリシェルの肩に乗っていた。

リシェルの心が元気を取り戻すのと比例するように精霊がはっきりと実態を持ってくる。


最初はぼんやりしていた姿も、今はかなりはっきり見えるし会話もできる。


そして尻尾の先が淡く光っている。


「まだつかない?」


「もう少しだ」


しばらく歩くと、空気が変わった。


森の匂いが薄くなり、風が吹き抜ける。


目の前の木々が途切れ、光が広がった。


思わず足が止まる。


「……あ」


森の外だった。


細い道が続き、その先に屋根が見える。


石造りの家がいくつか並び、煙が上がっている。


人の声も聞こえる。


「ここが町?」


「ああ」


ルヴァンは短く答えた。


「大きくはないが、暮らすには困らないだろう」


リシェルはゆっくり歩き出す。


足が少しだけ緊張している。


けれど、不思議と怖くはなかった。


(…とても、普通だわ)


特別な場所ではない。


王都でもない。


ただ、人が暮らしている町。


それだけの事に胸がほっとする。


通りに入ると、人の姿がちらほら見えた。


荷を運ぶ男。

水を汲む女。

子どもが走っている。


誰もリシェルを特別に見ない。


それが、少し嬉しかった。


精霊が肩の上で小さく動く。


「にぎやか」


「そうね」


「でも、こわくないでしょ」


リシェルは笑った。


「ええ。怖くないわ」


ルヴァンが言う。


「こっちだ」


通りを少し外れた場所へ曲がる。


人通りが少なくなり、古い建物が並ぶ。


その中の一軒の前で、ルヴァンが止まった。


「ここだ」


木の扉。


色あせた看板。


消えかけた文字と、色褪せたパンの絵。


リシェルはゆっくり近づいた。


「……パン屋?」


「ああ」


ルヴァンは腕を組む。


「前はな」


「今は?」


「使われていない」


窓の奥は暗いが、荒れているわけではなさそうだ。


長く閉まっているだけのようだった。


リシェルは扉に手を触れる。


ひんやりした木の感触。


その瞬間、胸の奥に小さな違和感が浮かんだ。


懐かしいような。


でも思い出せないような。


「……ここ」


ルヴァンが横を見る。


「どうかしたか?」


「……分からないけど」


少し考えてから言う。


「初めて来た気がしないの……なんでだろう」


ルヴァンは少し黙ったあと、ゆっくり口を開いた。


「トマスさんから聞いてる話がある」


リシェルが顔を上げる。


「トマスから?」


「ああ」


ルヴァンは扉に目を向けたまま言った。


「俺は昔、この町で行き倒れてたことがある」


リシェルは、トマスが言っていたことを思い出す。


「子供の頃だった」


ルヴァンは少しだけ苦笑しながら話を続ける。


「死にかけてたところを拾ってくれたのが、トマスさんと……もう一人」


指先で、扉の古い木目をなぞる。


「リヴィア様だ」


空気が静かに止まる。


精霊の尻尾が、ふっと光った。


リシェルの指が、扉の上で止まる。


「……リヴィア」


小さく息を吸う。


「……母だわ」


声は驚くほど静かだった。


ルヴァンは頷いた。


「そのリヴィア様が、この店を残した」


「……店を?」


「ああ」


「この町にいた頃にな。もしもの時のためにって」


少しだけ間を置く。


「トマスさんに言ってたそうだ」


リシェルは動けなかった。


ルヴァンの声が続く。


「もしあの子が家にいられなくなったら、ここを使わせてやってくれってな。あの子ってのはあなたのことだろう。」


リシェルは何も言えない。


扉に触れたまま、しばらく動けなかった。


精霊が肩から降りて、足元に座る。


尻尾がゆっくり揺れる。


「ここ、すき」


リシェルは小さく笑った。


少しだけ目が潤んでいる。


「……そうね」


もう一度看板を見る。


パンの絵が、かすかに残っている。


「私も、好きかもしれない」


ルヴァンはそれを聞いても何も言わなかった。


ただ一度だけ、ゆっくり頷いた。


風が通りを抜ける。


遠くで人の声がする。


森の匂いが、まだ少し残っている。


リシェルは扉から手を離した。


胸の奥で、何かが静かに動いていた。


まだ決めていない。


でも。


ここでなら、始められる気がした。

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