第192話 京都行
正月二日目の早朝、和樹と白雪は新幹線の車中にいた。
昨日の元旦は早朝に初日の出を二人で見て、お雑煮と前日までに白雪が作ったおせち料理を食べて、それからのんびりと過ごしていた。
文字通り何もせずにダラダラしていたに近い。
ただ、今日は日が昇る前には起きて、早々に家を出ている。
朝食は新幹線に乗る前にサンドイッチなどを購入した。
「京都に行くのはもう何度もありますが……これほど気持ちが軽いのは、初めてかもです」
「そういうものか」
「和樹さんがご存じの通り……その、あまり行きたい場所ではなかったので」
それは最初の正月の時からなんとなく分かってはいたことだ。
事情を知った今では、それも仕方ないとは思う。
今回は玖条家本家に行くわけではなく、京都にある旅館に招待されている。
なので白雪も気持ちが塞ぐことはないのだろう。
それに、招待した本人である玖条定哉は、白雪にとっても両親の墓を一緒にしくれた恩人でもあり、少なくともあの伯父――玖条貫之よりは苦手意識はないらしい。
「それに、和樹さんと旅行ってなんかいかにも家族っぽいな、とも」
「一応プロジェクトの合宿はあったが」
「あの時は最初から美雪さんも一緒でしたし、途中からみんな一緒でしたし」
「そりゃそうか」
言われてみれば、二人で出かけたことは何度もあるが、泊りがけとなると初めてだ。家族旅行だと考えれば別に普通と言えるが、そもそも家族という認識でいいのかという問題はある。
先のクリスマスパーティで誠らに言われたことが、改めて思い出されてしまった。
(お互い家族だという認識はあるが……か)
今のこの状況を赤の他人が見たら、兄妹か恋人か、どちらかで見るだろう。
雰囲気的には兄妹の方が近いのかもしれないが。
「あ、もうすぐ富士山見えますよ、和樹さん」
「お、そうか……って、別に俺も今更それではしゃぐ年齢でもないんだが」
「でも、あまり見たことはないのでは?」
「最近出張はよく行ってるから別に……」
「和樹さんの出張、最近は主に北側ばかりで、西に行くのは初めてですよね。で、雪の富士山はほとんど初めてじゃないかと」
白雪の言葉に、和樹は何も言えなくなってしまった。
まさにその通りで、冠雪の富士を間近で見るのは実は初めて。
ついでに言えば普段は当然普通の指定席であり、今回はグリーン車なので、それだけでも微妙にテンションが上がっていたのだ。
結局窓にしばらく張り付いて富士山を満喫していた和樹だったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ようやく着いたか。しかし……すごい人だな」
「正月ですしね……観光シーズン真っ盛りですし」
「ここからは?」
「私が知ってる人が迎えに来てくれるとのことだったのですが……」
白雪が周囲を見渡し、知人を探すと――。
「あれ。見たことがある人が」
先に和樹が見覚えのある人物を見つけた。
きっちりしたスーツをまとった、初老の人物。
会ったのは一度きりだが、よく覚えている人物だ。
「あ……山口さん」
白雪の伯父、玖条貫之に仕える執事、山口達臣。
貫之にいつも付き従っている印象だったが、こんなところで会うのは予想外だ。
そして白雪は微妙にそれで警戒をしてしまっているらしい。
今回の件に貫之が関係していると考えているのだろう。
「ご安心ください、お嬢様。旦那様は今回いらっしゃいません。今は奥様とご旅行中です」
その白雪の不安を見抜いたのか、達臣が先に説明してくれた。
「え……でもそうしたら、山口さんも本当はご家族と過ごすべきでは」
「大丈夫です。この送り迎えだけ引き受けさせていただいただけでして。この後息子夫婦と合流しますから」
そういうと、達臣は自然に白雪の荷物を持って歩き始めた。
一瞬和樹の方も見るが、和樹は小さく首を振ってそのまま後に続く。
手の空いた白雪は一瞬申し訳なさそうな顔になりつつも、そのまま歩きだし――途中で和樹の手を取った。
「和樹さんも山口さんと面識あったのですか?」
「君の伯父と話した時に、少しだけな」
「ああ……なるほど」
あの時何を話したのかは、いまだに白雪には話していない。
白雪も以前は聞きたがったが、和樹が自分から言うべきことではないと言った後は、いつか自分で確認すると決めたのか聞いてくることはなくなっている。
そのまま駅構内の駐車場に案内された。
「こちらで」
待っていたのはいかにもな黒塗りのミニバン。
運転席には若い男性が座っていて、和樹と白雪は二列目に座る。
それを確認後、達臣は助手席に座って、車はゆっくりと走り出した。
「三十分ほどかかります」
車は大通りを抜けて、おそらくは京都北西に向かっているようだ。
途中で見えた標識から、嵐山方面に行ってるのだとわかった。
川沿いの道を走り始めたのでスマホで位置を確認すると、桂川沿いを走っているらしい。
「嵐山方面……だよな」
「多分。あ、先に言っておくと、私、京都に確かに七年ほど住んでますが、全然地理詳しくないので」
ほとんど家の中にいて、学校と家の往復以外ほとんどしてこなかったらしい。
「学校行事で清水寺は行ったことありますが、それくらいで」
「まあ地元の人間ほど地元の観光地には行かないという言うしな。実際俺も、今いる場所とかは他地域からすれば観光地らしいが、どこに行くんだとは思うし」
実際にはランドマークタワーやみなと地区などは人気の観光地らしいが。
「そんなものですよね……」
天気はやや曇り空ではあるが、昼過ぎには晴れ間も見える予報になっていた。
和樹としても京都は何気に初めてなので少し楽しみではある。
車は宣言通り、三十分ほどで目的地に到着したらしい。
本当に川沿いで、車を降りて木々の間を抜けると宿のエントランスと思われる場所に着く。
「これは……ちょっと場違いだと思えてくる」
「私もこれは……ちょっとすごいですね」
入口だけでも高級宿だとわかるほどに美しい。
どうやら達臣はここまでらしく「明日お迎えに上がります」というと去っていった。
さすがにここから回れ右をするわけにもいかず、和樹と白雪はやや警戒しながら宿の入り口に近づくと――。
「月下和樹様と玖条白雪様ですね。お待ちしておりました」
名前が分かってるのはおそらく宿の予約の都合だろうが、見ただけでわかるのは――予約した側が写真でも提供したか。
もっとも、絶世の美人が来たらこの二人だと思え、でも通じそうな気が少しだけしたが。
入口で荷物を預け、そのまま中に入るとすぐホールのソファに案内された。
しばらくこちらでお待ちください、と言われ、やや居心地悪そうにしていると――。
「おお、来たな、白雪。月下殿も久しぶりだ」
聞き覚えのある声がして顔を上げると、そこに白雪の祖父、玖条定哉がいた。
そして、そのすぐ後ろに――。
「紗江さん!!」
白雪が嬉しそうに立ち上がると、そちらに近づいていく。
年齢的には和樹より少し上か。
柔和そうな雰囲気で、黒縁の眼鏡をかけている。
背は白雪とほぼ同じくらいだ。
「お嬢様。明けましておめでとうございます。お元気そうで何よりです」
「あ、そうですね。明けましておめでとうございます。本当に、久しぶりです」
そういうと、白雪は紗江に抱き着いていた。紗江も白雪を優しく抱きとめる。
そちらへの挨拶は後にして、和樹は招待者であろう定哉に向き直った。
「明けましておめでとうございます、玖条さん。この度はご招待いただき、ありがとうございます」
「おぅ。明けましておめでとう。ま、かたっ苦しい挨拶は抜きだ。よく来てくれた、白雪、月下殿」
「おじいさまもお元気そうで。ご招待、ありがとうございます。ちょっと……気後れしてしまいそうですが」
「はは。まあ気にするな。うちの資本が入ってるので、予約取りやすかっただけだ」
玖条家の資本が入ってる時点で自動的に超高級宿ではないかという気がするが、そこを言っても無駄だろう。
「とりあえず部屋に荷物は持って行ってもらうが……月下殿、少しいいか?」
「おじい様?」
「なに、ちょっと話があるだけだ。ああそうだ。白雪の部屋は宇喜多殿と同じとしてるが、いいか?」
「あ、はい。もちろんです。じゃあ和樹さんは……」
「安心しろ。こんなじじぃと同部屋ってことはない。あとで案内させる」
どうやらこちらに用事があるらしいと判断した和樹は小さく頷いた。
それを受けて、定哉が歩き出したので、和樹もそれに続く。
「じゃあお嬢様。お部屋には私がご案内します」
「えっと……じゃあ後で、和樹さん」
「ああ」
そのまま定哉に続くと、宿の中庭に突き出した茶席の様な場所に出た。
どうやらすでに準備していたのか、茶菓子が置いてある。
その席に定哉が座ったので、和樹もそれに倣う。
しばらくすると、お茶が持ってこられた。
定哉は何も言わずにまずお茶を飲んだので、和樹もそれに続く。
屋外なのでかなり寒いが、それゆえに湯呑から伝わる温かみと熱いお茶の温もりが、気持ちよく思えた。
「少し寒いが、こういうのも悪くないだろ」
「ええ。まあ、私はこういうのを楽しむような機会は、残念ながら今までなかったですが」
「気にするな。茶が旨いならそれでいいんだ」
そういうと、湯呑を置いて定哉は和樹に向き直った。
「白雪はどうしてる」
「元気にやってますよ。先に言った通りというか、いい家族でいられてるとは思ってます」
「まあ、それは見ればわかるが……変わらず、というところか。だが、やはり儂が知るよりずっと明るくなった。それは月下殿のおかげだ」
「元々彼女はああいう女性だったのだとは思います。子供の頃両親を亡くしたことで、気を張り続けただけでしょう」
小学校二年生の時に両親を失った白雪。
その後彼女が自らに課した『玖条家の利になる存在であろうとした』結果、白雪自身に無理が出た。
しかしそれでも、彼女の本質は変わらなかったのだろう。
それは凄いことだと思う。
ほんの少し傷ついあの時、家族には助けられていたはずの自分は、周囲の人間からの手を素直に取れないようになってしまったというのに。
「それでも、白雪がその明るさを取り戻したのは月下殿のおかげだ。今回はその礼をしたくてな」
「それこそ……私にとっては家族を助けただけ、という感覚でしたから」
「多分白雪も言ったんじゃないかと思うが、それとこれとは別だからな。玖条家はそのあたりの借りはきっちり返す主義でな」
玖条家が頑固だというのはどうやら間違いないと、内心和樹は結論づけた。
この祖父にしてあの孫あり、だ。
「ま、だから時々身内で衝突しちまうこともあるんだがな。ただ、最悪の結果になりかけたのを救ってくれたのは、本当に感謝してる」
「それでこの招待というところですか」
「まあな。あと、宇喜多殿が玖条家のメイドを辞めるのでな。白雪が懐いていたから、ちゃんと会わせてやりたかった」
思った以上にこの人も孫に甘いらしい。
もっとも、祖父母というのは孫には基本甘いらしいというのは、和樹もよく知っている。
「本当は貫之にも礼を言わせたいところなんだがな。さすがに都合がつかなかった」
「それは……あの方には礼を言われるようなことはないですし」
「だが、あいつの内心をぶちまけられて、あいつも少しすっきりしたらしいからな」
あの話を彼は父である定哉にしたのか、というのに和樹は少なからず驚いてた。
「ああ、別にあいつが話したわけじゃない。だが俺は、あいつの父親だからな」
「……なるほど」
親はいつでも子供にとって親なのだろう。
和樹も、祐樹に敵わないと思うことは多い。
「ま、そんなわけで今回は堅苦しいことはなしで、京見物を楽しんでもらおうと思ってな。時間はそんなないが。多分白雪もあまり京都は巡ってないらしいしな」
「本人もそう言ってましたね」
ということは、これから京都観光に連れ出されるというわけか。
のんびりするのかと思ったが、結構ハードスケジュールかも知れないと、和樹は少し思い直しつつ――。
(そういえば、中学の修学旅行で行くはずだった京都だしな……十数年振りのリベンジになるのか……?)
もっとも内容的には、修学旅行とは比較にならないだろう。
どういう観光になるか、和樹は少なからず楽しみになってきていた。




