第191話 穏やかな年末
クリスマスが過ぎると、途端に街の雰囲気が変わる。
特に和樹たちの最寄り駅周辺は大規模な飾り付けた多いが、それが二十六日になるといきなりクリスマス一色から、正月一色にがらりと変わっていた。
「本当に毎年思いますけど、街の雰囲気が激変しますよね」
「そうだなぁ。子供の頃は疑問にも思わなかったが」
クリスマスが終われば正月。
子供の頃は当たり前だったその年中行事だが、実際に街の彩を変化させる人たちの苦労は並大抵のものではない。
この辺りは、海外はクリスマスから新年まで一連のイベント扱いらしいが、和樹もあまり詳しくはない。
今日は十二月三十日。
和樹も年内の予定は終わっているので、完全に年末年始モードである。
大掃除は今年はクリスマスより先に終わらせた。
昨年までと違い、掃除するのは和樹の家だけ。
あの広い部屋を掃除していた白雪にとっては、本当に楽なものだっただろう。
その分かなりのこだわりで掃除していたようだが。
「買い物はこんなものか?」
和樹は手に持ったバッグを軽く持ち上げて見せた。
中に入っているのは主におせち料理用の食材だ。
「はい。あと最後の生ものはギリギリに買いますが、それ以外は大丈夫です」
「まあ一日分だしな」
正月の二日は朝から新幹線で京都行だ。
「そうですね。今年はなんか、今までで一番ゆっくり出来る気がします」
「そうなのか?」
「去年は……違いましたが、一昨年以前はいつも正月に京都に行かなければならないのが億劫でしたから。それを考えなくていいというだけでも」
「一応……二日に京都にはいくことは行くが」
「それはそうですが、意味合いがかなり違いますし……その」
「まあ、そうだな」
これまでの白雪は『玖条家』という柵の中で生きていた。
京都の実家に戻ることは、彼女にとっては重圧でしかなかったのは分かっている。
思えば、それに押しつぶされかけて和樹の家に正月早々にやってきたのが、今の関係の始まりともいえた。
それからもう三年。
当時この状況を想像していたかといえば、絶対にしていないと断言できる。
『二人が納得ずくなのはわかってるけどな。それでも他から見たら異様だぞ、和樹』
卯月家でのクリスマスパーティの際、誠に言われた言葉が思い出された。
それは和樹にも分かっている。
家族同然の付き合い、というより疑似的に親子という認識でいるとはいえ、普通に考えれば若い男女が同じ家に住んでいれば、そういう誤解をされても文句は言えない。
一年ほど前に白雪を引き取る決断をしたのが間違いだったとは全く思ってはいないが、結局一年近く一緒に暮らし続けていれば、他者から見ればどう見えるかなど考えるまでもないだろう。
『条例含めて犯罪じゃないから好きにしろ、とは思うが。ただ、俺と沙月だって六歳差だ。今時十歳差だって珍しいわけじゃないからそう見られるのは当たり前だ。保護者を自認するなら、玖条さんの将来のことをちゃんと考えろよ』
友哉に言われたことも、よくわかっている。
現状、白雪の一番近くにいるのは間違いなく自分だろう。
だが、それゆえに彼女の可能性の一番の枷になっている可能性もある。
あの、白雪が事実上勘当された時に、彼女の援けになるためにと持ち掛けた同居だが、それが今となっては意味が変わっているのだ。
無論、白雪がそれを望んでいるというのは、分かっている。
彼女が何よりも大切にするのは家族との絆だ。
それは、両親の墓を自分を犠牲にしてまで守ろうとしたことからも明らかである。
だから現状、和樹の家は白雪にとって何よりもかけがえのない場所になっているのだろうし、それを提供できていることそれ自体は、和樹にとっても嬉しいと思えるのだ。
白雪はこれまで、周りからどう見えるかはともかく、本当に苦しい時期を過ごしている。
子供の頃に両親を失い、その後玖条家の中で自分の価値を認めさせるために努力し続けた。
そして自らの人生すら玖条家のために差し出そうとすらしていた。
おそらく彼女にとって、本当に幸せだったという時期は両親を失うまでのわずかな時間だけ。
だが、白雪は幸せになる資格も、そしてその努力も才能も人一倍あると思う。
それであれば、その手助けをしたいというのが今の和樹の気持ではあるのだが、一方で一年近く一緒に暮らしていて、白雪との生活が心温まるものであるのもまた、否めなかった。
何より、和樹にとってのトラウマを受け入れて、そしてその呪縛を解き放ってくれたことは、白雪は何でもないことだというが、和樹にとっては本当に大きな意味があることだったのだ。
その恩返しだけでも、今の生活を提供する理由になると思うほどだ。
「和樹さん?」
「ああ、いや。なんでもない。とりあえず年末は……いつも通り、だな」
「そうですね。これで三回目です。あ、出来れば初日の出をまた、一緒に見たいです」
「また徹夜するのか?」
「うーん。翌日のことを考えるとそれはあまりよくないでしょうか」
「元旦の夜眠れなくなりそうだからな……零時回ったらすぐ寝て、朝頑張って起きる方がいいだろう。どうせこの時期は日の出は遅い」
和樹がスマホで調べると、日の出時刻は七時頃。
すぐに寝ればむしろ十分な睡眠時間が確保できる。
「そうですね。では今回はおつまみパーティはなしで」
「それはそれで少し残念な気はするが……まあ、やろうと思えばいつでもできるしな」
「あ。言質とりましたよ。せっかくですから、休み中に一回はやりたいです」
「あのメニューだとさすがに酒が欲しくなりそうだがな……」
「さすがに私はまだお酒は……飲んでみたいですが」
ふと、白雪は酒に強いのか弱いのかどちらだろうと思ったが、さすがに分からない。
本人に聞いてみると――。
「うーん。多分普通か、少しは飲める方だとは思いますが。両親はどちらも飲めたらしいですし、伯父も従兄もお酒は強いようなので。あと、京子さんも」
つまり父方母方どちらの遺伝でもそれなりに強い可能性があるらしい。
「そういえば和樹さんもお酒は強い方ですよね」
「まあ……そうかもな。あまり酔い潰れたことはないし、酒での失敗もあまりない」
「あまりということは、ちょっとは?」
「黙秘しておこう」
大学時代にないわけではないし、社会人になってからも一度ある。
もっともそんな問題があったわけではないが、あまり人に言う話ではない。
「お酒に酔っ払った和樹さんはそれはそれで見てみたい気がしますけど」
「酔っ払いなんて相手しなくて済むならしないに限るぞ。面倒なだけだからな」
ちなみに和樹は酔うと逆に異様に頭の回転が速く――なったように見えるらしい。そして限界を越えると寝てしまう。
そこまで行ったことは二度くらいしかないが、翌日地獄の苦しみだったのは言うまでもない。
「酒は程々が一番だ。量飲めたからといって、いいことは一つもないからな」
「はい、分かってます」
「ならいいんだが」
「でも一緒にお酒はいつか飲んでみたいです」
「それは……まあいつか、な」
白雪の誕生日は二月と遅いので、そうなるとあと一年は一緒か――。
そこまで考えてから、別に白雪が独り立ちしてからでも会うことは出来るという事実に気付き、和樹は自分の感覚が一緒に暮らしていること前提になってることに思わず頭を振ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
年末恒例の歌番組が終わり、除夜の鐘の音がテレビから響いていた。
この近くにもお寺はあるはずなので、そこでも鐘を撞いているのかは和樹も知らない。
さすがに行ってみる気にもならない。
テレビでは初詣のために有名どころにすでに大勢の人が集まっているのを中継してた。
当然、見覚えのある場所もある。
「年始早々にこの人混みに行く人には頭が下がる……」
「私もこれはちょっと……」
「ああ、でもそういえば美幸一昨年、友人と行ったらしいな。どこに行ったのかは聞いてないが」
「一昨年というと……和樹さんが帰省された時ですか?」
「ああ」
そういえばあの時は美幸が遅刻する前提でいたら時間通り来て、東京駅で別れた白雪とニアミスしたのだった。
「覚えてます。駅ですれ違った時にすごく凝視されまして。でも考えてみたら、凄い早起きだったんですよね」
「いや、あいつ寝ないで貫徹してきたらしい」
「なるほど。そういえば、美幸さんはもうご実家に?」
和樹は少し考えてから、スマホを取り出した。
「ああ、うん。そうみたいだ。大学終わってすぐ行ってるな。それで来月の連休まではいるらしいから、一応俺とも顔は合わせる見込みだが」
大学は白雪もそうだが、年が明けてもすぐ本格的に始まるわけではない。
まして美幸はもう三年生で、就職活動が始まるはずだ。
「美幸さん、就職されるんでしょうか」
「そう聞いてるな。父さんの伝手を使うかどうか迷っていたから、そのあたりも相談するんじゃないか」
「和樹さんも伝手ありそうですが」
「俺のは……微妙だな。あいつの志望は広告系らしいから、そっちには俺はあまり伝手がない」
「なるほど」
和樹自身は三年生のこの時期で、すでに以前のフリーランスの仕事を始めていた。
なので就職活動に関しては助言を求められても実は全く手伝えない。
そうしてる間に、時計の長針と短針、それに秒針が完全に重なり合った。
テレビが新しい年になったことを告げ――。
「明けましておめでとうございます、和樹さん」
「明けましておめでとう、白雪」
これも、通算四度目のやり取りだ。
「さて、さすがに今日は寝よう」
「はい、おやすみなさい、和樹さん」
「ああ、お休み、白雪」
寝室に消える白雪を見送って、自分も寝室に入ってベッドに横になると、電気を消した。
暗闇の中で静かに目を閉じる。
(新年か――いい加減、ちゃんとしないとなんだろうが――)
社会人になって痛感することだが、学生の時と違って、社会人は生活に変化が少ない。去年は和樹にとっては大学の臨時職員になるという大きな転機があったわけだが、来年一年は少なくとも変わらないだろう。
なので、普段の生活もそのまま続いてしまうと錯覚する。
つまり、白雪が一緒にいると自然に考えてしまうのだ。
だが普通に考えれば、白雪はもう十分独り立ちできるだけの力がある。
さらに来年には、彼女も二十歳。
名実ともに大人だといえる年齢になる。
というより、現在でも法的には文句なしに大人だ。
飲酒や喫煙が出来ないくらいである――喫煙はやろうとしたら止めるつもりだが。
その、文字通り親の様な在り方は白雪が望んだものであるとはいえ、いつまでも変わらないはずはない。
夏に美幸に話した通り、このままでは冗談抜きで白雪の可能性を狭めて、結果として五年十年が経過する可能性を否定できないが、それでいいはずはないのだ。
「ちゃんとしないとなんだろうが――」
一方で、この心地よい生活を捨てたくないという想いがあるのを、和樹自身否定できない。
いつかは決めなければならないだろう。
ただ、それが今である必要はない――と思う。
「ま、今日は考えなくていいか――」
最後にスマホのアラームを確認して、和樹は睡魔にその身を委ねるのだった。




