第190話 卯月家のクリスマスパーティ
白雪と和樹は、電車で二十分ほど揺られてから目的の駅に降り立った。
「久しぶりだなぁ、ここも」
「和樹さんは……さすがに来たことはありますか」
「あまりないけどな。大学時代はほとんど俺の家がたまり場だったし」
今日はクリスマス前の土曜日。
白雪と和樹は卯月家のクリスマスパーティに呼ばれてきたのである。
「ここからは……?」
「歩きだな。それほど駅から遠くはないらしい。誠らの実家の近くらしいからな」
そう言いながらスマホの地図を確認している。
「大丈夫そうだ。こっちだ」
歩き出した和樹に、白雪も続く。
時刻は午後五時過ぎ。冬至も近いのでもうすっかり暗くなっている。
一応五時半には来てくれという事だったので、時間的には十分だろう。
街は結構緑が多くのどかな雰囲気だと思ええるが、さすがにこの季節は寒い。
「ええと……多分ここだな」
到着したのは白い外観のマンション。
低層で特殊構造の白雪達が住むマンションとは違い、ある意味ではごく普通のマンションっぽい。ざっと見た感じ、十層ほどありそうだ。
できたばかりという感じではなく、おそらく築数年は経過したものだろう。
「ここの四階らしい。行くか」
「はい」
エントランスで呼び出して入れてもらう必要があるのは、最近のマンションではどこも同じだ。
「お、和樹来たな。お前らで最後だ。入ってくれ」
誠の声がして、エントランスが開く。
最後と言われて、思わず二人は顔を見合せた。
「皆さん思ったより早く来てるんですね」
「だな……遅いとも思わんのだが」
時計を見ると五時二十分。確かに早めに来る人が多ければ遅い方か。
あのメンバーは大体時間は守る気がする。
エレベーターを上がって六階へ。部屋番号と表札を確認してインターホンを鳴らすとほどなく扉が開いて、現れたのは誠だった。
「よぅ、和樹。ようこそわが家へ」
「何気に結婚してからお邪魔するのは初めてだからな。お邪魔します」
「お邪魔いたします、誠さん」
「おぅ、入ってくれ」
部屋の構造それ自体は、和樹の部屋によく似ていた。
違うのは廊下は少し短く、その分小さな部屋が一つ多いらしい。
親子三人で暮らすには十分だし、もう一人増えても何とかなりそうな感じだった。
「おー、姫様来た来たー。久しぶりーっ」
懐かしい声が聞こえて、思わず白雪は和樹を追い越してリビングに半ば駆けて行った。
「雪奈さん佳織さん、それに唐木さんも。お久しぶりです!」
「やっほー、白雪ちゃん。私は……夏以来?」
「え?」
雪奈と佳織、それに俊夫がいるのは想定範囲内だったが、なんとそこに美幸もいた。
「は? なんで美幸がいる?」
話を聞いていなかったのか、和樹も驚いていた。
「ああ、聞いてなかったのか」
誠の言葉に、白雪と和樹が一様に首を傾げる。
ちなみにその様がいかにも一緒に暮らしてる人間ならではというほど同じだったのに、二人以外の全員が一瞬唖然としたのだが、それは白雪も和樹も気付いていない。
「あのね。佳織ちゃん、私の後輩なの」
「へ?」
和樹が素っ頓狂な声を出した。
「そうなんです。秋ごろに偶然学内でお会いしまして。それ以降時々お会いしてますよ」
考えてみれば佳織と美幸は三年生の夏の花火の際、一応顔は合わせている。
顔見知りとは言えるだろう。
とはいえ、基本的にはこちら側の人脈とは無関係だと思っていたのだが、まさかの繋がりが発生していたらしい。
考えてみれば、白雪は佳織の行った大学の名前は知っていても、美幸の大学名は聞いたことがなかった。
そして和樹は、当然だが佳織の進学先など知らないだろう。
なので情報がすれ違っていた格好だ。
「私も驚いたけどねー。夏に白雪ちゃんに私の通う大学、そう言えば言ってなかったなぁ、とは」
「そうですね……確かに聞き忘れてました」
美幸いわく、美雪には教えたらしいが。
「あー、いららいませー」
「いらっしゃーい、白雪ちゃん、和樹君」
リビングに現れたのは、小さな子の手を引いている朱里だった。
赤い、サンタクロースの様なコスプレをしたその小さな子供が、卯月家の長女、愛那だ。
「朱里さん、お久しぶりです。愛那ちゃん、すっかり大きくなって」
「そうだねー。生まれた直後に来てもらった以来だしね。ほら愛那ちゃん、この人が白雪お姉ちゃん。綺麗でしょう? さ、ご挨拶して」
「うみゅっ。みゃにゃっ」
多分愛那といったのだろうと分かる。
一歳といえばそろそろ話す子供もいる年齢であり、舌ったらずだがそれがとても可愛らしい。
「順調そうだな、誠」
「おお。順調も順調。いい子に育ってる。将来が楽しみだ」
「友人が早速親バカになりやがった」
「やかましい、友哉。お前も遠からずこうなる」
「え? 沙月ちゃん、おめでた?」
すると友哉の隣にいた沙月が真っ赤になってぶるぶると首を横に振る。
「あらら。まだだったか」
「は、はい」
そんなやり取りのの中、リビングに全員が揃った。
誠と朱里、それに愛那。
友哉と沙月。雪奈と佳織と俊夫、それに美幸
そして和樹と白雪。
総勢十一人はこれまで集まった人数でも最大だ。といっても、一人は赤子だが。
すでに人数分のグラスが用意されていた。今回は酒が飲めない――まだ授乳中――朱里がいるので、全員ノンアルコールだ。
「さてそれじゃあ一応家主からということで。今年はよく来てくれた。年の瀬の忙しい時期ではあるが、みんなで集まれたことは嬉しいと思う」
誠はそう言って、テーブルの上のグラスを掲げる。
「今年は俺たちには娘が生まれたし、雪奈ちゃんたちも大学生になったり、友哉も結婚したり、他にも住環境が激変した人間もいて、大変だったとは思うが――」
最後の時に、明らかに誠は白雪と和樹を見て言っていた。当然といえば当然だが、やはり知っているのだろう。
「ともあれ、無事今年も終わりだ。来年どうなるかとかは分からないが、今日は楽しく過ごせればと思う。乾杯!」
それぞれが「乾杯」と応え、飲み物を飲む。
それから雑談と食事タイムだ。
食事については朱里が用意したもの以外に、出来合いのものやデリバリーなどにも頼っているようだ。あと、実家からの差し入れもかなりあったという。
むしろ小さい子供がいる家に集まって良かったのかと思うところだが、朱里に言わせると、夜の時間帯に愛那を連れ歩く方が大変らしい。
さすがにそのあたりの苦労は白雪にはまだ分からない。
「久しぶりですね、姫様。結局ゴールデンウィーク以来?」
「そうなりますね……唐木さんは卒業以来でしょうか」
「そうですね。時々こっちに帰っては来てたのですが」
「佳織さんに会うために?」
白雪が揶揄うと、二人が同時に赤くなった。
それを見て、雪奈と二人顔を見合わせ、クスクスと笑う。
そこに美幸がやってきた。
「おー。佳織ちゃんの彼氏の話は噂くらいは聞いてたけど、まさかそっちも白雪ちゃんの知り合い?」
「知り合いというか、高校の生徒会で、頼りになる副会長でした。私が経験の浅い会長でしたから」
「うわ、それは凄い」
「ついでに言うと、私が書記で佳織が会計監査ですね」
「……つまりこの二人、生徒会でずっといちゃついてたと?」
「そんなことしてませんっ」「そんなことしてないっ」
二人の思わぬ大きな声がリビングに響き、一瞬会話が途切れた。
そしてそこに、ストロー付きのコップを持った愛那が、トコトコとやってくる。
「なぁよく、ね?」
多分『仲良く』といったのだろう。おそらく大きな声を上げた二人がケンカしてもしたのかと思ったのか。
言われた二人は真っ赤になりつつも、小さくなって「はい」とだけ答えた。それに満足したのか、愛那は朱里の元に走っていく。
「はーい、愛那ちゃん、いい子だね、うんうん」
「普段からそんな感じなのか?」
和樹が不思議そうに訊ねる。
愛那の今の行動がいつも通りということは、愛那の中では大きな声で話してる相手は『仲良く』してほしいということになるが――。
「ああ。どっちかっていうと保育園の体験会の時にそんな場面があってな。先生がやってるの見て、なんか覚えたらしい」
「あ、保育園入れそうなんですね」
「なんとかねー。四月から入園できそう。抽選頑張りました」
保育園の枠はこの街では比較的多いといわれてるいるが、それでも大変だとはよく聞く。朱里はこの一年は育児に集中していたが、さすがにそろそろ働きに出たいらしい。
「ま、まだ私たちは恵まれてる方だけどね。いざという時は、お互いの両親に頼れるから」
ここから歩いて五分程度の場所にお互いの実家、つまり卯月家と津崎家があるという。ということは、要するに雪奈の家はこの近くらしい。
「そういえば結局、雪奈さんの家に遊びに行ったりはしませんでしたね」
「お、姫様。せっかくだから今度来る?」
「ちょっと考えておきます」
「そういえば、姫様新年はどうするのですか?」
佳織が思いついたように訊いてきた。
この二人は白雪が玖条家と事実上縁を切った様な状態になっているのを知ってるので、どうするのか気になったのだろう。
「えっと……年末は特には。ただ、新年早々にちょっと……おじい様に呼ばれてます」
「おじい様? 祖父ってこと?」
「はい。まあ……その、別に追放されたわけではないですし」
「そっかー。なら良かったよ。あ、でも初詣は行きたいね」
「そう……ですね。ちょっと今年は日程的には……あ、正月外せば行けるかも?」
毎年鶴岡八幡宮に和樹と一緒に行っているが、一月二週目の連休は和樹が実家に帰るので――さすがに白雪は留守番――時間がある。
その和樹を見てみると、美幸となにやら話していた――というより美幸が一方的にまくし立てている。誠と朱里も一緒になって話しているようだが、何を話してるのかはちょっとわからなかった。
ふと、去年のクリスマスを思い出した。
一緒に過ごせるのは最後だと思っていた、ささやかなクリスマスパーティ。
しかし一年後の今、思わぬ道が開けて、今こうやって和樹や親しい友人ら、切り捨てるしかないと思っていた人たちと一緒にいられる。
この一年の出来事は、本当に白雪にとっては夢の様な時間だ。
(ずっと……こうあってほしい……いえ)
和樹を見ると、なにやら困っている様子で話している。
ただ、なんとなくだが今あそこに混じるとさらに良くない流れになると思ったので、白雪はぐっと我慢して、しかしそれでも和樹から目を離さず。
(来年も再来年も、ずっと、ずっと――)
聖夜に願うそれは、白雪にとってかつてとは違う。
不可能だと思う願いではない。
目指すべき願い、届かせるべき目標だ。
それを叶えるための想いを、白雪は強く強く心に抱くのだった。




