第187話 学祭の準備
和樹の誕生日が過ぎたあたりから、大学全体が少し浮ついた雰囲気になってきた。
ただ、それはほどなく理由が判明する。
「そういえば、この時期ですものね」
「ああ。プロジェクトは無関係だが、研究室の学生たちはやる気だからな」
白雪の言葉に、和樹が頷いた。
二人は珍しく昼食を学食で一緒に食べて――他の研究生も一緒だったが――研究室に戻るところだ。
一緒にいた学生たちはそれぞれ別の教室に行っている。
白雪は次のコマは講義がないので、和樹と一緒に研究室に戻っているところだ。
十一月頭の連休を利用して開催される、央京大学の学祭。通称『白翼祭』の開幕まで、一月を切っていた。それがこの雰囲気の理由だ。
もちろん、実行委員は有志で構成され、それ自体はそれこそ今年の初めから、というより前回の白翼祭が終わった直後から、次の年の計画を立てている。
この辺り、その規模は高校のそれとはまるで違う。
「まあ、メインはサークルや有志の集まりとかだけどな」
「でも、大藤研究室は去年やってましたよね」
去年の白翼祭に来て、大藤研究室にお邪魔したことはよく覚えている。
「だよなぁ。今年はどうするつもりなんだろう。俺は正しくは大藤研究室とは関係ないんから特に何も話は来てないが……一応大学職員という扱いだし、学祭は学生のものだからな」
プロジェクトメンバーで学生ではないのは、厳密には大藤教授と和樹の二人だけだ。あとは一応、学生か院生である。
「白雪はサークルとかには属してない……よな」
「そうですね……研究室とアルバイトとか考えると、さすがに」
「そのあたりもは春日さんとかも同じか」
「みゆさんもですね。斎宮院さんはサークルに属しているらしいですが」
確か法律研究系のサークルに属していると聞いている。
そういうサークルでも学祭で何か出し物をするのだろうかというのは興味があるが。
「研究室で何かするのであれば、私もお手伝いしますが……」
「今年はどうかなぁ。倉持や来宮も忙しいだろうしな」
「何言ってるんですか。今年もやりますよ、先輩」
会話に割り込んできたのは、まさに今話題に上がった来宮渡だった。
「まあ、新しく作る余裕はないですが、ゲームで興味を持ってもらいたいってのはあるんですよ。研究室の学生取り合いはもう始まってるんですから」
「ああ……学祭はそういう側面もあったか」
白雪が首を傾げる。
「研究室に興味を持ってもらうためのプレゼン的な側面というか。白雪みたいに最初から来てる人も稀にいることはいるが」
「そういうものですか」
「大藤教授が学部生の講義を受け持つのなんて、自分の研究に興味を持ってもらいたいって側面もあるからな。大学教授なんてできればずっと研究していたいって人種が多いと思うぞ」
「結構大変ですね、大学教授というのも」
「かもな。俺たちの研究室は最先端の研究だから人気があるが、他のとこは大変という話もあるし……それにあの研究室はそれなりに金がかかるしな」
「ああ……確かに」
パソコン程度ならどうということはないが、あの研究室は独自にサーバを持っている。そういうのは相当高価だという程度のことは白雪も知っていた。
「ゲームは遊びに見えて、結構本格的なプログラミングもあるんだよ。今年は基本は去年作ったのを少し改修する程度だけど、他人の作ったプログラムというのも結構勉強になるよ。よかった白雪さんも手伝ってくれ」
渡の言葉に、和樹も頷いていた。
和樹によると、基本教材として作ったプログラムなので、かなり見やすいコードが書かれているらしい。
白雪としても和樹以外の人が作ったコードは高校の授業と大学の講義で少し見た程度なので、それは結構興味がある。
「はい。勉強させていただきますね」
白雪がそう言ったところで、研究室に到着した。
すると中ではちょうど、プログラムの検証を行ってる最中だったらしい。
「お。玖条さんいいところに。ちょっとこれを遊んでみてくれ。バグがあるかどうか調べたいんで、出来るだけピーキーなことやってほしい」
そういって、ゲームのコントローラーを渡される。
思わず受け取ってからどうしたものかと和樹の方を見ると――。
「いいんじゃないか。動作検証も立派なプログラムの仕事の一つだよ」
「はい。わかりました」
そういうと白雪はコントローラーを持って画面の前の椅子に座る。
その間に、和樹は軽く手を振って研究室の奥に消えた。
それを見送ってから、白雪は画面に向き直る。
「それじゃ、色々試させていただきますね」
「うん。よろしく頼むよ」
上級生の頼みを受けて、白雪はゲームを開始した。
それが意外に面白くて、周囲に注意を払い損ねたのを後悔したのは、およそ一か月後の事である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
白翼祭がいよいよ明日という日、白雪は研究室にいた。
ちなみに、和樹は基本的に研究室所属ではなく、あくまで大学の嘱託職員扱いなので、学祭だからといって普段と違う事にはならない――のは建前。
実際大学全体がお祭り騒ぎでは、仕事など出来る状態にはない。
そしてプロジェクトのトップである大藤教授自身、去年の苦い経験――学祭の間に出張が入った――から、今年は意地になってスケジュールを開けたらしい。
曰く、『全力で学祭に参加する』とのこと。
こんな変わり者の教授はそう多くはないらしいが。
そして研究室に仮所属の身である白雪や美雪は、研究室の催しであるゲームのプログラム改修を少し手伝ったり、デバッグに協力したりしていて、今日はその最後の準備である、設置作業のために研究室に向かっていたのだが――。
「なんか人がいる?」
「だね。なんかあったのかな」
研究室の前に、見慣れない人が三人ほどいたのである。
対応しているのは京子だが、ずいぶん困った様子だ。
「あの、木下さんどうかされました?」
「あ、玖条さんに春日さんも……タイミング悪い」
「え?」
京子の反応とは裏腹に、手前にいた三人――一人はカメラを持っている――が嬉しそうに振り返った。
「おお、玖条さんに春日さんですね。央京大美男美女コンテストの最終エントリー、おめでとうございます」
「……は?」
「なにそれ」
後ろで京子が額を抑えていた。
彼らの説明するところによると、学祭の催し物として、非公式の美男美女コンテストが企画されていたらしい。正式には『OB1コンテスト』というそうだ。央京大美人/美形ナンバーワン、という意味の略称とのこと。
ちなみにこのイベント自体は長い伝統があるらしく、ここからモデルなどになった人物もいるという。非公式の割には半公式のようなものらしい。
そしてこのイベントは、自薦他薦問わず参加可能で、白雪と美雪、さらに京子はいつの間にかエントリーされていたらしい。本人合意が要らないのかと呆れてしまうが。
「あの、困ります。私はそういう目立つことをするつもりはなくて」
「えー。でもどっちにしても白雪ちゃん目立ってるし、今更じゃない?」
「へ?」
「孝君が法学部の子に、たまに一緒にいるの誰だって聞かれたらしいよ?」
ちなみに法学部棟は情報学部棟からは三百メートル以上離れており、白雪はもちろん行ったことはない。
どうやら学食で一緒にいることがたまにある――当然だが美雪と一緒――のだが、その時に見られていたらしい。
ちなみにエントリーシートに貼りつけられた写真は、白雪が研究室でゲームをしてる最中――デバッグを手伝っていた時だ。
集中していて、写真を撮られたのに気付かなかったらしい。
説明によると、別に最終エントリーしたところで、別にどこかに登壇しなければならないなどはないらしい。あくまで写真審査のみ。ただ、その写真を撮りに来たという。
拒否は不可能ではないらしいが、美雪はあっさりと同意してしまっていた。
「ほら、白雪ちゃんもさ」
美雪がそう言って顔を近づけてくる。
「いいとこいったら、白雪ちゃん人気が出るかもだけど、そしたら月下さんも少し気になったりするんじゃない? 少し不安になったりさ」
「う……」
最近少し考えていたことではある。
あまりに距離が近すぎて、家族として過ごせているのはとても嬉しいのだが、それゆえに『近くにいるのが当たり前』になっている。
他者に注目されるというのは白雪としてはあまり歓迎はしないが、それでも和樹から見え方が変わることは、今の状況を打ち破る一助になる可能性は否定できない。
確かにそういうイベントとしては、これはうってつけではあるだろう。
話をもう一度聞いてみるが、極論、仮に優勝しても登壇しなくていいらしい。
過去の実例も見せてくれたが、実際優勝して登壇しなかった人も少なくないらしく――なんと八年前の記録に滝川友哉の名前があった。
(ああ……確かに納得ですね)
一年生の時に優勝し、以後四年間ずっとグランプリに君臨し続けていたらしい。
ちなみに二年と三年の準優勝には卯月誠の名前まであった。あの二人が他校からも評判になるはずである。
ただし、誠も一度も登壇しなかったようだ。
「分かりました。写真だけ、でしたら」
すこしだけやけっぱちになってる部分がある気はするが、白雪は参加を了承した。
「はい、じゃあそのまま普段着の写真でいいので」
「はあ……」
ちなみに今日の服装は動きやすさを重視して、黒のスキニーにアイボリーホワイトのドレープシャツ、その上からグレーのノーカラージャケットという出で立ちだ。
美雪と白雪も出るなら、ということで京子も諦めてエントリーすることにしたらしい。
個人の写真のほか、三人一緒に写った写真も撮って、彼らは帰っていった。
「いいんでしょうかね……研究室関係者が」
「いいんじゃない? むしろ大藤先生、こういうの喜びそうだよ」
「それは……否定できないわね。大藤さん、こういうイベント大好きだし」
京子の言葉を、白雪も全く否定できなかった。
そしてそれは予想通りであったが――。
「へ? OB1にエントリーした?」
帰宅後、和樹に――今日は彼はリモートワークだった――説明すると、驚いた顔になった後、何か少しだけ複雑そうな顔になっていた。
「和樹さん?」
「あ、いや。白雪はあまりそういうのを好まないかと思ってたから、ちょっと意外というか」
「それはその通りなのですが、みゆさんに押しきられたというか……やはりやめておきましょうか?」
「い、いや。別に俺に許可を取る話じゃないだろう。白雪がいいと思ったんなら、いいよ」
そう言いながら、和樹はなおも釈然としない様子だ。
ただ彼自身、その理由が分かってない様であり――それが、白雪にとっては新しい変化になるのではと期待できる気がしていた。




