第185話 家族のつながり
九月中旬過ぎ。
秋分の日前後はお彼岸ともいい、『暑さ寒さも彼岸まで』と言われる、いわば季節の変わり目のはずだが――どう考えても今年はまだまだ暑さが続きそうな雰囲気だった。
朝の時点で気温は二十五度以上。今日も三十度を超える気温が予想されている。
その割には、今日の天候は曇り模様で、一時的に雨天予報だった。
墓参りには少し気後れする天候だが、直射日光が厳しいよりはいいかもしれない。
秋分の日はちょうど日曜日に当たったので、明日も振替休日で休みの三連休。
ただ、和樹は金曜日から昨日の夜遅くまで出張だったので、疲れ切っていた。
今日、京子ら木下親子と墓参りに行く予定であることは伝えている。
白雪の母方の親戚の存在が明らかになったことに和樹はとても驚いていたが、同時にとても喜んでくれた。
「そんな偶然もあるもんなんだな」
確かに、偶然同じ研究室に属していたというのは驚きだ。
まして、もう本人たちが他界しているのに判明するのは予想外だろう。
それを繋ぐきっかけの一つが料理というのは、いかにも自分らしいと思えてしまうが。
和樹はさすがに今回は無関係なので留守番の予定だったが、そもそも一緒に行くことはできなかっただろう。
昨夜帰ってきた時点で日替わりしていた。
寝たのは一時頃。心配だったので起きていた白雪もその頃に寝たが、白雪がいつもより少し遅い七時過ぎに目を覚ました時点で、和樹は起きていなかった。
朝食を食べるかと扉越しに声をかけると返事がなく、心配になって部屋を覗き込むと、完全に寝入っていたのである。
相当に疲れているのか、白雪がすぐ近くまで来ても起きる気配がない。
さすがにこれを起こす気にはならなくて――寝顔を見れたというより疲れ切っている方が心配になった――朝食は自分の分だけ作って食べて、あとは温めれば食べられるものを作って冷蔵庫に入れておいた。
八時を過ぎても起きてくる様子はないので、メモをテーブルの上に残して家を出る。
「大丈夫でしょうか、和樹さん」
昨夜帰ってきた時点では体調が悪いということはなかったはずだが、疲労から発熱している可能性はある。本音を言えば心配なので一緒にいたかったのだが、今日の約束を反故にするわけにもいかない。
とりあえず駅に着いたところでふとスマホを見てみるとメッセージ着信の知らせに気付いた。和樹からだ。
『申し訳ない。完全に寝ていた。今日は素直に休んでおく。木下さんによろしく。気を付けて行ってきなさい』
最後の一文が相変わらずの保護者視線であることに微妙な不満をにじませつつ、それでも白雪を案じてくれていることは嬉しくなってしまう。
『メモを残しましたが、朝とお昼のご飯、冷蔵庫に入ってます。夜食べたいものがあったら、リクエスト送ってくださいね。ゆっくりお休みください』
それに対しては『ありがとう』とだけ帰ってきたので、それにレスポンスだけ返してから、白雪は改札をくぐった。
京子らとは最寄り駅で合流予定である。
一時間ほどで到着。待ち合わせは九時半だが、それよりは十五分ほど早く着いてしまった。最近乗り換えなくて行けると気付いたのでそのルートを使ったら、思った以上に早かったのだ。
スマホを確認すると、メッセージが来ている。今度は京子からだ。
『ごめんなさい。五分ほど遅れます。ちなみにこちらは三人います。祖母も来たので』
思わず目が点になってしまった。
京子の祖母ということは、白雪にとっては曾祖母ということか。
そもそも存命だとは思わなかったが――考えてみれば、あり得ない話ではない。
白雪にとっては、ほとんど覚えのない祖母の、さらにその母親と言われてもいまいち実感は湧かないが。
残暑の中セミの鳴く声が響く。
駅構内はあまり空調が効いていなくて暑いので、駅前のコンビニで待つことにした。
タイミングを見計らって、お茶のペットボトルを購入して改札に行くと、ちょうど京子が現れた。すぐ横に、先日会った加奈子と、そしてその横に同じくらいの背の、ただ髪がほぼ白くなっている女性がいた。
「玖条さん、おはようございます。ごめんなさいね、遅れてしまって」
「いえいえ。大丈夫です。えっと」
「ああ、そうそう。こちらが私の祖母。玖条さんにとっては曾祖母にあたる、木下由里です。おばあちゃん、この子が、この間話した玖条白雪さん」
そう言われて進み出た女性は、黒の喪服に近い服装だった。
白雪自身は命日に来た時とほぼ同じ服装で、京子やその母である加奈子も普段着に近い。
「初めまして。少しだけど、恵の面影があるのね……」
「初めまして、玖条白雪と申します。多分、あなたの曾孫になるのだと思いますが……」
「その様ですね。まさかこの年齢になってこんな出会いがあるなんてね……。木下由里よ。よろしくね、玖条さん」
由里は嬉しそうに笑う。その顔に、白雪はわずかに過去の記憶を想起させられた。
「おばあちゃんに……少し、似てる気がします」
「あらあら。嬉しいわねぇ」
「私は父似といわれてたからね……姉さんがおばあちゃんに似てたから、本当に少しだけど面影ありますね」
言われてみれば、京子の母である加奈子と由里は少し印象が違う。京子自身もあまりそこは変わらないが、雰囲気は似てる気がした。
あと強いて言うと、京子も加奈子もそうだが、細身なのは木下家の家系なのか。
いつまでもあいさつをしていても仕方ないので、四人はタクシーに乗って墓地のある寺に向かう。白雪が助手席、後ろが木下家の三人だ。
タクシーの中では三人は話していたようだが、白雪は会話に加わらなかった。
下手に後ろを見ると車酔いしかねないというのもあったからだが。
お寺には二十分とかからず到着した。
本堂で軽く参拝を済ませてから、墓に向かう。
そこには、『玖条家』と書かれた墓と、その隣に『北上家』と書かれた墓が並んでいる。
「こちらです。祖母……北上恵が眠るのがこちら、こっちが……私の両親が眠る墓になります」
あらためて、両親がここに眠ってくれていてよかったと思わされた。
母だけがここに眠っていたら、どういえばいいのか分からなくなる。
「恵……私より先に逝くなんてね……」
由里は北上家の墓の前に花を置くと、手を合わせた。
加奈子、京子もそれに倣う。
「こちらが、貴女のご両親の?」
「はい」
「私にとっては孫夫婦ね……お参りさせていただいても?」
「もちろんです。ありがとうございます」
三人が玖条家の墓にも手を合わせる。
その後、曇っているとはいえかなり暑いので、待機スペースの方に移動した。
「あ、えっと。こちら、母と祖母の写真が多いアルバムを持ってきました」
四冊のアルバムのうち、半分は祖母と母の記録だった。残り二冊が、玖条家、つまり母の代になってからのものだった。
「ああ……懐かしいわね、本当に」
由里と加奈子の二人は懐かしそうにアルバムを見ている。
さすがに、京子は全く知らない相手だからか、笑いながら白雪の方に目をやった。
「玖条さんは恵伯母さん……おばあさんのことはどのくらい覚えてるの?」
「正直に言えば、あまり。私が五歳の時に祖父母ともに亡くなっていて。肺炎だったと聞いてます」
詳しいことは白雪も知らない。
ただ、本当に唐突に亡くなったそうで、両親がとても大変そうにしていたのは覚えている。
肺炎と聞いたのは、実のところ玖条家に引き取られてからだ。とても気になったので紗江に聞いたら、調べてくれたのだ。
そしてその時、母方の他の親戚は見つけられなかったとも伝えられ、自分は玖条家以外に頼れる存在はないと思ったのだが――。
(私にも他に、こんなに親類がいたんですね)
無論、玖条家のつながりはそれなりにある。
伯父の貫之、義伯母である和佳奈。それに彼らの子供、そして祖父である定哉。
そういえば過日、貫之らの孫が誕生するかもしれないという話があった気がする。
それはそれで喜ばしいので、生まれたら行ってみるつもりではある。顔見知り程度のとはいえ、従兄の子だ。
「今はどうしているの?」
「大学の近くに住んでいます。父の実家からの支援もありますし」
危うく『ある人と一緒に住んでいる』と言いそうになったが、考えてみたらここには京子がいる。どう考えてもそれはまずい。
「そう。苦労はしてないのね」
「はい、それは大丈夫です」
さすがに玖条家のことは知っているのだろう。その実家の支援がある以上、自分たちの出る幕はないと思ったらしい。
「そういえば、京子から聞いたけど、ハンバーグが得意料理なんですって?」
「はい。母から教わりました。母は祖母から、と聞いてましたが……」
「あれ、私が考案したレシピなんですよ」
白雪は思わず目を丸くした。
「もう六十年は前……もっとかしら。当時はあまり食べ物もなかったのよ。それで、美味しくなるようにって工夫した結果なんだけど」
白雪のそれは、ハンバーグにいくつか普通では使わないような食材や調味料を混ぜる。さらにこねる「加減」にある種のコツがあるのだ。
それに加えて、ソースは母から教わったレシピで、これにも実はワサビがわずかに入っていたりする。
「恵はそれが大好きでね……真っ先に覚えた料理だったんだけど」
「そうだったんですね……きっと母も大好きだったんだと思います。もちろん、私も」
「ふふ……恵がどれだけ昇華させたのかが気になるわね。ああ、この写真、作ってるところかしら」
由里が指さした写真は、もうかなり大きくなっている雪惠と二人で料理をしているところだ。手元にある材料を見ると、ハンバーグである可能性は高そうだ。
「そうかもしれません。実際、母はとても料理が得意で、料理人として生計を立てていましたし」
「あら、それはすごい。玖条さんも料理はされるの?」
「おばあちゃん、するとかいうレベルじゃないわ。ものすごく上手よ。母さんのハンバーグに全く引けを取らないもの作れるんだから。それ以外もとても美味しかったし」
「あらあら凄い。加奈子はハンバーグ以外は普通だものねぇ」
「ちょっとおばあちゃん、そんなこと言わないでも」
そう言って笑っている祖母と母を横目に、京子が小さくなっていた。
「京子、あんたはもう少し自炊しなさいね」
「う……き、基本は出来てるから」
「先日行ったら、ほとんど食材なかったわよね。ゴミ箱にレトルトとかの袋はたくさんあったけど」
京子がさらに小さくなる。
その様子が、研究室の堂々とした姿とギャップがあり、思わず小さく笑ってしまった。
「まあ秘伝のハンバーグは玖条さんが受け継いでくれそうですけどね。でも京子、別に今時女だから料理が出来ろとは言わないけど、そもそも人としてちゃんと料理しなさいね?」
母親に言われて、京子はさらに情けない顔になっている。
なまじ、母雪惠に少し似ていて、しかも年齢はほぼ記憶にある母と同じ。 そのせいで、何かとても面白いものを見た気がして、白雪は笑いをこらえることができなかった。
後日、白雪は京子に料理を教えてもらえないかと頼まれてしまう。
美雪と異なり、まさか和樹の家に来てもらうわけにはいかないため、白雪はどうするか悩むことになるのだった。




