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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
六章 様々な思惑

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第184話 母の家系

 九月中旬を過ぎて和樹はもう大学に行くようになっていたが、学生である白雪はまだ夏季休暇だった。

 和樹だけを奈津美と同じ職場に行かせるのに少し抵抗がないとは言わないが、これは言っても仕方ない。

 かといって、用もないのに大学に行くこともなく、そして今日は白雪はやりたいことがあり、市役所に赴いていた。

 目的は、祖母である北上恵の戸籍謄本の確認である。


 母は元々この周辺で暮らしていたと聞いている。

 だとすれば、おそらく本籍はこの地にあると考えられた。子供の頃からずっと住んでいたというから、普通に考えれば、祖父母が結婚と同時に本籍をこの街にしていると思われるためだ。

 実際、白雪も子供の頃に祖父母に会いに行ったことは何度かあるが、そんなに時間がかかっていなかったはずだ。

 白雪が子供の頃両親と住んでいた場所はここから電車で三十分もかからないような距離なので、だいたい記憶とも一致する。


 市役所に着いてから、申請書を書いて収入印紙を貼りつけて、申請。

 戸籍謄本は直系の者でなければ取得できないので、以前取得した自身の戸籍謄本――白雪自身の本籍地は現在は京都に移されている――の写しを併せて提出した。そこに母の名前がある。

 母は間違いなく祖父母の戸籍謄本には記載されているはずだから、それで白雪自身が北上恵の孫であることは分かってもらえるだろう。


 問題はこの地に本籍がない場合だ。

 その場合でも住民票の記録はあるはずだから、そこから本籍地を調べてもらうしかないが――。


 すでに亡くなってる人の記録であるため、少し時間がかかるかも知れない、と言われ、とりあえず白雪は待たせてもらうことにした。

 時刻は十時過ぎ。

 和樹が帰ってくるのは夕方なので、お昼ごはんはこの辺りで食べて帰ってもいいだろう。

 もっとも、一人だとあまり外食にお金をかける気はしないのだが。


 白雪は市役所に来ることなど滅多にないが、多くの人でごった返している。

 何かしら用事がある人がいるのだろうと思うが、これだけたくさんいると思うと少し驚いた。

 とはいえ、数百万人が住まうこの街だと、たとえ千人に一人が役所に用があっても、相当な人数になるのだからこうもなるか。


『受付番号三十一番でお待ちの方――』


 アナウンスが響く。

 白雪は受け付けは終わっていて、待ち合わせ札をもらっているので、このような形で呼び出されるわけではないだろうが――。


「四番の待ち札の方ー」


 今度は受付から声が聞こえた。

 手持ちの番号と同じなので、どうやら作業が終わったらしい。


 窓口に行くと、いくつか確認をされつつ、封筒を受け取った。どうやら、目的の戸籍はあったらしい。

 受付の人にお礼を言って、気になるので少し離れた場所に行くと封筒を開いた。

 中にあったのは、当然だが北上家の戸籍。


 筆頭者は北上達樹。ぼんやりだが祖父の名前だと記憶がある。

 生まれたのもこの街のようだ。続柄は長男。一人っ子だったのかどうかは分からない。従前戸籍、つまりこの戸籍になる前の戸籍住所はそう離れていない。


 そして気になる配偶者の名は、当然だが北上恵。

 そして婚姻前の名は――。


「木下、恵……」


 さらに、元の戸籍の場所は栃木県。その先の住所はさすがに知らない場所だ。

 ただ、ここまで条件が重なって赤の他人という可能性は――ない気がする。


 白雪は一度役所を出ると、役所前のベンチに腰掛け、スマホを取り出した。

 記録されている連絡先から、一つを表示し――少し息を整える。

 意を決してそれをタップすると、数回のコール音の後に相手が出た。


『珍しいですね、白雪お嬢様。何か御用でしょうか』

「山口さん、すみません、突然。今、よろしいでしょうか」

『はい。大丈夫でございます』


 山口達臣(たつおみ)。伯父貫之の筆頭執事で、伯父が最も信頼する人物でもある。

 そして白雪にとっても、ひたすら事務的な対応しかしてこなかった秘書などと違い、本家にいた時もどこか温かみのある対応をしてくれた人で、紗江に次いで信頼している人物でもある。

 あの誕生日の時は助けてくれなかったが、彼の立場では口出しは出来なかっただろう。それに、白雪を病院に搬送する手続きなどは全部彼だったと後から聞いた。

 本当は紗江に電話できればいいのだが、彼女は今はもう玖条家を離れているはずだ。なので現状、玖条家で頼れる唯一の人間である。


「その、私が本家に置いてきた荷物で、私が玖条家に引き取られた時の荷物って、まだ残っているでしょうか?」


 あまりに突然のことだったからか、電話口に少し戸惑うような気配も感じたが、達臣は『しばらくお待ちください』というと少しだけ電話口を離れたようだ。

 ただそれも一分程度で、すぐ戻ってきたらしい。


『はい、ございます。宇喜多さんからお嬢様個人の品々については引き継いでおりますので。ただ、いずれも保管庫に入れておりますが……』


 そこまでしなくてもいいと思ったが、律義な彼らしいと思ってしまった。


「えっと、その中に古いアルバムがあると思うのですが、それを送っていただけるでしょうか。えっと、住所は……」

『かしこまりました。住所は存じております。月下様の家でよろしいですね』


 当たり前だが、やはり把握されていた。

 むしろしていなかったら驚くところだが、こうあっさり言われると何とも面映ゆい。


「えっと、はい。お願いします」

『それでは確かに承りました。お嬢様、お困りのことなどございましたら、いつでもご連絡下さい。宇喜多さんからもよく言い含められておりますゆえ』


 どちらかというと一介の使用人であった紗江と筆頭執事である達臣ではかなり立場に差があると思うが――そう言ってくれるのはとても嬉しいと思えてしまった。


「ありがとうございます。大丈夫です。伯父をよろしくおお願いいたします。山口さんも、どうかお元気で」

『ありがとうございます。お嬢様もどうかお健やかに』


 それで電話は切れた。

 ほとんど見たことはないが――玖条家に見捨てられないようにとアルバムを振り返ることすらほとんどしてこなかった――確か北上家のアルバムがあったのは覚えている。

 その中に、祖母の若い頃の写真もあったはずだ。

 あまりに母に似ていたので間違えた記憶がある。

 若い頃の写真であれば、あるいは京子の母が祖母の妹だというのならば、分かるかも知れない。


 自分に、玖条家以外のつながりがあるかも知れないと思うと、白雪は少しだけ嬉しくなるのを自覚した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一週間後。

 大学の講義が再会された白雪は、講義が一通り終わった後そのまま大藤研究室に直行した。

 ちなみに今日は美雪は用事があったらしく、先に帰っている。

 そして和樹もいない。今日は教授と二人、協力会社との打ち合わせに出ている。帰ってくるのは午後七時頃ということだ。


 研究室にいるのはそれ以外のプロジェクトのメンバー。

 ただし奈津美は今日は別の大学に赴いているためいないが、問題はない。


 アシスタントである白雪は特に頼まれていない限りは研究室に来る必要はないのだが、今日に関してはそれ以外の目的があった。


「あ、玖条さん、来たわね」


 出迎えてくれたのは木下京子。

 すでに事前に、祖母の名前と元の戸籍、つまり元の出身地の話をしている。

 そしてそれは、間違いなく木下家の戸籍住所と一致したらしい。

 つまりこの時点で、ほぼ間違いなく京子と白雪は親戚ということになる。


 ただ、その京子の横に初めて見る人物がいた。

 年齢的には、夏にあった和樹の親に近いか。髪はかなり白いものが混じっているが、少し小柄で、優しそうな雰囲気の女性だ。


「こちらは私の母、木下加奈子。母さん。この子がこないだ話した、玖条白雪さん」


 どうやら栃木から母親を呼んでいたらしい。

 彼女は、どこか目を潤ませて白雪に近付いてくる。


「ああ……確かに、どこか姉さんの面影があるわ……本当に……」


 祖母である恵の妹ということは、白雪にとっては大叔母にあたるということか。

 言われてみると、どことなく祖母の雰囲気に似ている気はする。といっても、もう十五年近く前の記憶なので、漠然としか覚えてない。


「その、こちらが祖母の写真です」


 過日、達臣に頼んで送ってもらったものだ。実は四冊もあってまとめて送られてきたので、収納に少し困ったが。

 そしてその中には、祖母が結婚したころの、つまり今から四十年以上前の写真もあったのである。それはつまり、祖母が木下家にいたころとそう変わらぬ姿の写真だ。


「間違いないわ……めぐ姉さんよ……」

「その……私の祖母は、どういう経緯で……」

「姉さんは、駆け落ちしたのよ」

「え?!」


 母が父と駆け落ちしたのは知っていた。

 だが、祖母までそうだったとは驚きである。

 駆け落ちする一族なのか。


「京子に聞いたかもしれないけど、うちも地元ではそれなりの名士で通っていてね。それで、姉さんが結婚したいという相手を両親は認めてくれなかった。必ずしかるべき家から婿を取るってね」


 四十年前、しかも地方ともなれば、玖条家ほどではなくてもそういうしきたりは残っているものなのだろう。

 だが、それを良しとしなかった祖母の恵は、あろうことか家を飛び出したらしい。

 そしてそのまま、行方知れずになったという。


 人一人を探すことは意外に難しい。

 まして祖母は、父白哉と異なり実家に連絡はしていなかったらしいし、新しい戸籍住所の非公開措置を取っていたらしい。

 だから文字通り、四十年間行方不明だったわけだ。


「でも……もう亡くなっているのよね……」

「はい。祖母も……そして母も、です」

「そう……覚悟はしてたけど……まさか娘さんまで。でも、孫の貴女がいてくれたのね」


 加奈子の目に涙が浮かぶ。

 自分にとって大叔母となるとおもうと、本当に不思議な気持ちだ。

 これまで、自分の親戚といえば玖条家の者ばかりだったが、突然親戚が大幅に増えたということになる。


「今はどうしてるの?」

「今はこの大学に通ってまして、近くに住んでいます。その、父の実家の方にもお世話になりましたし、それに援けてくれる人もいますので」

「そう……苦労してたらいってね、本当に」

「はい、ありがとうございます」

「あと……お墓はあるの?」

「はい。少し離れたところですが、ここからなら電車で行けます」


 すると加奈子はカレンダーを見る。


「ちょうど今週末お彼岸ね。もしよければ、お参りさせてもらえないかしら」


 元々白雪は行く予定ではあった。

 さすがにそんな頻繁に和樹にも一緒に行ってもらう必要はないので一人で行くつもりだったが、そういう事であれば断る理由はない。


「はい、こちらからお願いしたいくらいです。それでは……」

「私も行くから、細かい予定は後で詰めましょう。いいわよね、母さん」

「ええ、もちろん。本当にありがとう、玖条さん」


 そういう加奈子は、本当に嬉しそうな笑顔で、見ている白雪も嬉しくなるのだった。


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