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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
六章 様々な思惑

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第183話 再宣言

 翌朝。

 白雪は目が覚めた時、いつもと少し違う光景に少しだけ戸惑い、すぐここが和樹の寝室であることを思い出した。

 時計を見ると、朝の六時。

 ちょうど昇り始めた太陽の光が、東側にある大きな窓にあるカーテンを照らす。

 白雪はベッドを降りてパジャマが乱れてないことを確認すると、部屋を出た。


 真向かいにある扉を音をたてないように静かに開いてみると、まだ布団の上に寝ている人物がわずかに見える。

 どうやら奈津美はまだ寝ているらしい。

 扉を再び静かに閉じてリビングに行くと、和樹もまだ眠っていた。


(そういえば……寝顔を見るのは久しぶりですね)


 普段寝室が違うから、先に起きたとしてもさすがに和樹の寝室にこっそり入ることはない。なので、本当に久しぶりだ。

 夏前に和樹がうっかりリビングで寝入った時以来か。


 もう少し見ていたいと思ったが、気配を感じたのか和樹がもぞもぞと動いて――


「ああ、おはよう、白雪。早いな」


 和樹が体を起こす。


「ベッドありがとうございました。ソファで寝苦しかったりしませんでしたか?」

「大丈夫だ。冬だとちょっときつかったかもだが、この季節だしな」


 確かに真冬とかだと寒かっただろうが、今日はむしろまだ暑いくらいで、タオルケット一枚でも十分だったらしい。


「倉持は……まだ寝てるか」

「だと思います。ちょっとだけ覗いたところ、まだお休みされていました」

「多分二日酔いになってるだろうからな……」

「和樹さんは大丈夫なんですか?」

「ああ、俺は何ともない。少し喉が渇いたかな、くらいだ」

「顔洗ったら、すぐ朝ごはん用意しますね。倉持さんの分も」

「すまん、頼む」


 二人は続けて顔を洗うと、和樹は一度部屋に戻っていった。

 着替えるのだろう。

 白雪も本当は着替えるべきだが、着替えがある部屋は現在奈津美が眠っている。

 なのでとりあえずパジャマにエプロンを着けて食事の準備を始めた。


 準備をしていると、ほどなく和樹が戻ってきた。

 部屋着用のジャージのラフな格好だ。本音を言えば、こういう姿を奈津美に見せたくないなどという独占欲も出てくるが――さすがにそれは言えない。


「そろそろ準備できますが……倉持さんどうしましょうか」

「さすがに俺が行くのもな……悪い、様子見てきてもらえるか?」

「わかりました」


 コンロの出力を低く設定してから、白雪は自分の部屋の前に立ち、とりあえずノックしようとしたところで――。


「ふえええええ!?」


 部屋の中から素っ頓狂な声が響いた。

 思わずリビングを見ると、和樹も少し驚いた顔をしている。

 どうしたものかと和樹と顔を見合わせていると、すぐ前の扉が開いた。


「すみません! あの……え?!」


 もし廊下側に開く扉だったら白雪に激突していただろうが、幸いこの扉は部屋側に開くので、そういうことはなく。

 とはいえ、扉を開けてすぐ飛び出そうとしたらしい奈津美は、目の前に誰かがいるのに気付いて、ギリギリ踏みとどまった。

 その距離、三十センチほど。


「あ、おはようございます、倉持さん。その、体調はどうですか?」


 白雪からすればこれ以外言いようがなかったのだが、言われた方の混乱はそれどころではなかったらしい。


「え、あの、なんで私、玖条さんの家に!? っていうか私あの後、えっと」


 混乱しているのがありありとわかる。

 ふと、和樹に出会った、まだお互いを姓で呼びあってた頃に、京都から帰ってきて和樹の家に押しかけてしまった時のことを思い出した。

 あの時も、部屋で起きた時に白雪は前夜のことを思い出してパニックになったものだ。あれが、今の関係を築くきっかけになったとはいえ。


 奈津美の場合、酒が入って寝入ってしまったのだろうから、そのあとのことを全く覚えてないので、その混乱度合いはあの時の白雪を超えるだろう。


「えっと、先に言っておくとここは和樹さんの家です。とりあえず朝ごはんご用意しましたが、食べられそうですか?」


 おそらく思考停止に近い状態になっていた奈津美は、それに対して小さく頷くことしかできなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ご、ご馳走様でした。その、美味しかった、です」


 とりあえず食事を、ということで珍しくダイニングテーブルに三人が座っていた。

 普段白雪は和樹と対面で食事をするのだが、今日は対面は奈津美で、白雪は和樹の隣だ。

 もちろん、白雪も着替えている。


 メニューはアサリの味噌汁と納豆、冷や奴、梅おにぎり、塩鮭。

 お酒を飲むとわかっていたので、その対応のための料理だ。

 もっとも、和樹はほとんどお酒の影響はないようだが、奈津美には効果的だっただろう。

 食事を始める前より、幾分顔色が良くなったように思える。


「お粗末様でした。私が片付けますので、事情の説明はお願いします、和樹さん」


 白雪はそういうと、立ち上がって食器を片付け始める。

 冷静に説明する自信がないのもあるが、彼女が酔っ払ってからどうしたのかはわかっていないので、和樹が説明するほうが妥当なはずだ。


「ありがとう、白雪。えっと、倉持。昨夜のこと、どこまで覚えている?」

「えっと……その、先輩とお店に入って、注文して、一緒に食事をしてたところまでは……」

「まあそんなところか。急に口調が怪しくなったからな」

「あう……そう、ですね……」


 この家のキッチンはいわゆるアイランド型なので、洗い物をしていても多少会話が聞こえてくる。

 何より、三人分なら食洗器で対応した方が早いので、片付け自体はすぐに終わってしまった。

 とりあえずそのまま、お茶を淹れることにする。


「えっと……すみません、すごくご迷惑をおかけしたようで。本当にありがとうございます」

「うん、まあ……次から気を付けてもらえると助かる。俺もちょっと油断したのはあるがな。意外に酒に弱かったんだな。体調は大丈夫か?」

「その……普段は眠っちゃうことなんてないんですが、はしゃぎ過ぎたようです。ちょっと頭が痛いですが……なんとか」

「プロジェクト開始祝いだったからな。気持ちは分からなくもないが」


 多分、というより間違いなく、はしゃいだのは違う理由だろう。


「で……あの。ここって先輩の家……なんですよね」

「ああ、そうだな」

「あの、なんで玖条さんがいるのでしょうか……」


 これを訊かない可能性はまずないだろうし、スルーする可能性もないだろう。

 というか、事情を知る人間以外、絶対に訊く話だ。

 そのタイミングで、白雪はお茶を二人の前に置いて、、自分も座った。


「訳あって、白雪はここに暮らしているんだ。なのでここは白雪の家でもある」

「え!?」


 文字通り、奈津美の顔が凍り付く。

 正直少し、白雪は奈津美に同情した。

 立場が逆だった場合を考えると、とても平常心ではいられないだろうというのは、容易に想像ができる。


「ど、どういうこと……ですか」

「その、家族みたいなものだと思ってくれると助かる」

「え? ご親戚……なんですか? 従妹とか?」

「そういうわけではないのだが、一応白雪の保護者のようなものでもあるんだ」


 ここに関しては本当に微妙なところで、今でも法的な後見人は伯父である貫之だ。和樹は法的には白雪とは何の関係もない、同居人でしかない。

 あえて言うなら、後見人である貫之が暗黙のうちに認めている保護者というところだろう。

 ただ、白雪は法的には成人年齢に達しているので、通常、保護者は不要だ。そして白雪は自分の意思でここにいるだけで、そこに対して後ろめたいことは、もちろん何もないのだが。


「保護……者?」

「ちょっと詳しい事情は話せない。とりあえず必要があって同居してると思ってくれると助かる」


 奈津美は呆然とした様子で固まっていた。

 頭の中では色々ぐるぐると考えが巡っているのだろう。

 多分最初は混乱しかない中、それでも必死に状況を理解しようとしている――といったところか。


 そしてたっぷり二分ほどは経ってから、やっと考えがまとまったのか、キッチンにいる白雪を見て、それから和樹に向き直った。


「えっと……ともかく先輩は、玖条さんと同居してるだけなんですね」

「まあそういうことだ。ただ、あまり吹聴されると困るのは、わかるとは思うが」

「分かりました。色々事情がおありだとは思うので、そこは飲み込みます。ただ……玖条さんと少しお話させてほしいのですが」


 そういうと、奈津美は白雪に視線を向けた。

 それに対して、白雪は小さく頷く。


「分かりました」

「俺は席を外すか?」

「あ、大丈夫です。私の部屋で。いいですよね、倉持さん」

「もちろんです」


 そういうと奈津美は立ち上がり、白雪が先導して部屋に入っていく。

 扉を閉じれば、扉の前で聞き耳を立てない限りは話が聞こえることはないだろう。

 二人はなんとなく、まだ片付けていなかった布団の上に座る。


「まず……泊めてくれてありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」


 文字通り土下座するように奈津美が頭を下げた。


「い、いえ。和樹さんが連れてきたのですから。私も……居候の身ですから」

「それ。実際……どういうことなの」


 詰問するような口調。

 実際、奈津美からすれば納得いかないことだらけだろう。

 ただ、さすがに全部の事情を説明することは出来ない。


「和樹さんが言った通りです。今の私の実質的な保護者は和樹さんで、それで住居の世話もしてくれてる、というのが……実際のところです」

「ご両親は納得してるの?」

「両親は……いません」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です」


 これは説明していなかったのだから仕方ない。


「じゃあ……いつから? もしかして、初めて会った時から……」

「いえ。一緒に住むようになったのは、大学に入る直前です。元々この同じマンションに住んでいて、その縁で和樹さんと知り合って、その、色々あって私の住む場所がなくなってしまって……それで」

「月下先輩とは……付き合ってるわけではない?」

「嘘をついても仕方ないですね。はい、そうです。和樹さんが言った通りです」


 その言葉を聞いた奈津美は、呆れたような唖然としたような、とにかく理解できないものを見たような表情になっていた。


「今更確認するのもなんだけど、玖条さん、先輩のこと好きよね?」

「はい」

「で、一緒に住んでいる?」

「はい」

「でも付き合ってない?」

「はい」


 奈津美が首を横に振っている。

 気持ちはわかる。自分でもどうしてこうなっているのだろうと思うところだ。


「ごめん、やっぱわかんない。いったいどうなってるの……」


 奈津美の意見はもっともだ。というより、これが普通の反応だろう。

 ただ白雪自身、今の状態が普通ではないとわかってはいても、その状態に違和感がないのは事実だ。


「言いたいことは分かります。私もこのままのつもりは、ありませんので」

「先輩を押し倒すとかするの?」

「しませんよ!?」

「それが分かんない。私なら我慢する自信はない。そりゃあ、玖条さんはそういうキャラクターじゃない気はするけど、それでも」

「そういうのとは違う理由なんです。わかってほしいとも思いませんが」


 奈津美の言うようなことを考えたことは、一度や二度ではない。

 だが、その後に来る未来図は、どう考えても和樹にとっては悔恨が先に来ることもわかっていた。

 こればかりは、ずっと近くで彼を見てきた白雪だからこそ、確信できる。


「じゃ、私にもまだチャンスがあると思っていいのね」

「う……」


 これで諦めてくれれば、という思いはあったが、やはり無駄だった。

 嘘をついて誤魔化すこともできたが、白雪もそれは納得が出来ない。

 現状、和樹を好きな恋敵ライバルとして、奈津美に嘘をついたままで和樹の気持ちを勝ち得ても、どこかしこりが残る気がするのだ。


「でも、私の方がずっと有利ですから」

「一緒に住んでて手出しされてない時点でどうかなぁ、と。まあ、分からなくもないけど」

「う……」


 奈津美のスタイルは白雪とは比較にならない。美雪と比べても遜色ないほどだ。

白雪では、少なくともそういう魅力では勝負にならない。


「まあ分かったわ。でもそれなら、改めて宣戦布告。私は先輩を諦めるつもりはない。言っとくけど、大学二年の時からこじらせてるからね、私」

「自分でこじらせてるとか言わないで下さい」

「いいの。今更あなた相手に取り繕っても仕方ないし」

「それなら、私はもう三年間近く、あの人のことをずっとそばで見てきています。だから絶対、諦めません」


 お互いにらみ合う。

 だが、ふっと力が抜けて、どちらともなく笑い出した。


「まあいいわ。二人がどういう関係だろうって、色々もやもやしてたのもあったけど、ある程度分かったし、それは収穫だったわ」

「それはいいですが、でも、お酒はほどほどにした方がいいですよ?」

「う……それは返す言葉ない。気を付けます」


 しゅん、と凹む奈津美がどことなく可愛いと思えてしまう。


「じゃあ帰るわ。朝ごはんありがとう。本当に美味しかったわ。悔しいけど、料理はあなたに勝てる気がしないわね」

「和樹さんの胃袋、掴ませていただいてますから」


 それに対して奈津美は、苦笑いを浮かべて立ち上がった。

 そのまま、部屋に置いてあった荷物を持って部屋を出ていく。


「先輩、私帰ります。本当にお世話になりました。白雪ちゃんも、ご迷惑おかけしました」

「あ、ああ。もういいのか。白雪も?」

「はい、それでは……奈津美さん、また、研究室で」

「ええ。それではまた」


 奈津美は最後にもう一度頭を下げて、玄関を出て行った。


「何を話していたんだ?」

「女同士のお話です。和樹さんには内緒の」

「そ、そうか」


 呼び方を向こうが変えてきたのに応じたことで、あるいは仲良くなったと思っているのかもしれないが――。

 戸惑う和樹が面白くて、白雪は笑いながら部屋に戻り、布団の片づけを開始するのだった。


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