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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
六章 様々な思惑

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第182話 予想外の来客

「やっぱちょっと残念だねぇ。お酒飲めないと」

「そうはいってもこればかりは仕方ないでしょう」


 白雪と美雪は、店を出てそのまま歩いて帰路に就いていた。

 最寄りのターミナル駅の北側にあったあの店からだと、家までは歩いて十分程度。無論美雪も同じだ。

 時刻は夜の九時。

 金曜日ということもあり、周りを見ると同じように飲み会を終わって帰ると思われる人がちらほら見える。


 余計な接触を避けるためにも、二人はやや早足で繁華街を抜けた。

 幹線道路沿いに出るとさすがに人も減るし、それを渡ってしまえば人はさらにいなくなった。

 道一つを隔てるだけで大きく感じが変わる。


「お酒なぁ。白雪ちゃんは飲んだことはある?」

「な、ないですよ!? ……って、みゆさん、あるんですか?」

「まあ、ちょっとだけ? お屠蘇とそだけど」

「……あれって、子供に飲ませる場合、アルコールを煮沸して飛ばしてると聞きますけど」

「え。そうなの?」


 もっとも、そこは家によって違うとも聞く。

 あるいはアルコールを飛ばしていないのを飲んでしまっているかもしれないが、それは分からないだろう。


 白雪もその気になれば、酒はもちろんみりんは実質お酒であることを理解している。だから、自分達ではまだ買うことができない。みりんだけはいつも和樹に買ってきてもらっているのだ。

 みりん風調味料もあるが、やはりみりんとはちがうし、そこは使い分けた方が料理が美味しくなる。

 何気に、和樹と食事をするようになって便利になったことの一つでもある。


「ま、今日は素直に家に帰ろっか。白雪ちゃんは月下さんの帰りを待つの?」

「一応……そのつもりです。そんなに遅くならないでしょうし」


 店のラストオーダーの時間から逆算すれば、日をまたぐことはないだろうという程度だが。

 明日は土曜日なので、二次会に行ってくる可能性もあるが、その場合は連絡をくれるだろう。

 それでも起きて待っているつもりではあるが。


「それじゃ、ここで。お休み、白雪ちゃん」

「はい、みゆさんおやすみなさい」


 先に白雪のマンションに着いたので、そこで別れる。

 部屋に戻ると、すぐお風呂をセットして、一休み。

 ほどなくお風呂が入ったので、先に入ってしまう。

 風呂上がりに時計を見てみると、夜十時を少し回ったところ。

 さすがにまだ帰ってきてない――と思ったら、スマホのメッセージ着信のランプが明滅していた。慌てて画面を開くと、やはり和樹からのメッセージだ。


『倉持が紹介したい店があるからというので、もう少し飲んでいく。遅くなると思うから先に寝ていてくれ』


 思わずスマホを握る手に力が込められていた。

 同時に嫌な予感までする。

 彼女――倉持奈津美が和樹のことを好きなのは、すでに聞いている。

 二人きりでの食事など、何を考えての事か、白雪にはありありと分かった。

 だが――。


「私が、それを邪魔する資格は、ない、ですよね……」


 和樹が奈津美を選ぶのであれば、それは仕方ない。何も言っていない自分にその資格はありはしないし、かといって今告白しても、おそらく関係は進められない。

 自分が和樹にとって『娘』である限りは。


 半年近く一緒に過ごしていて、多分少しはその関係を変えられているかもしれない、という想いはある。

 特に、あの四月末に和樹にあったあの悩みを解決する援けが出来たことは、とても大きかったとは思う。

 ただ、それでも劇的に何かが変わったわけではなく、文字通り『家族』として一緒に過ごしているだけなのが今の状態だ。


 そして、今のこの居心地のいい環境を壊すかもしれない一歩を踏み出すのを恐れている自分がいるのも、理解している。

 このままずっと過ごせたら。

 そんな風に考えたことは一度や二度ではない。

 こんな歪な状態が続いていいはずはないと理解していてもだ。

 それは、高校生の時に感じていたのと同じ気持ち。

 しかもあの時と違い、今度はタイムリミットがない。


「私って本当に意気地なしですね……」


 関係を進めたいと思っていても、それを踏み出す勇気がない。

 奈津美のように踏み出せるのであれば、あるいは――とっくに違う関係だったかもしれないだろう。


 結局、白雪は『わかりました』とだけ短く返信して、そのままソファに座り込む。

 できれば、早く帰ってきてほしいと願いつつ――興味のないテレビを、ぼんやりとみているのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ぼんやりとテレビを流していた白雪の意識が急激に浮上したのは、ピピ、という特徴的な音声がスマホから流れてきた時だった。

 この音は、この家に住む人がエントランスロックを解除した時の音だ。

 家の中にいる場合、通知が来るようにセットできる機能である。相手が設定してくれていなければならないが、解除する理由もないので白雪も和樹も通知が出るようにしているのだ。


 この家のカギを持つのは、白雪と和樹のみ。

 白雪がここにいる以上、エントランスを抜けたのは和樹だ。

 時刻を見ると、日が変わるまであと十分ちょっとというところだ。

 白雪はすでに寝る準備自体は出来ているが、迎えに出ない理由もなく、いそいそと玄関に向かうと――思ったより間が開いた。

 いつも入ってくるタイミングより数十秒遅く、ロックが解除され――。


「ああ、白雪、まだ起きていたか。いや、今回は助かるんだが――」


 現れた和樹のシルエットがおかしかった。

 というか、頭が二つあるように見え――別人の頭だと気付くのに数瞬。

 そしてそれが、奈津美のものだと気付き――声も出せず、白雪は唖然としたまま固まってしまった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「とりあえず……私の部屋に寝てもらいました。全く起きる気配、ないですね……」

「すまん、今回は本当に助かる」

「いえ、それはいいんですが……何かあったんですか?」

「いや、普通に食事していただけのはずなんだが……まあ確かに、酒は少し多めに飲んでいた気はするが」

「多めというと?」


 和樹が言う量は、白雪には適量が分からないが、一般的には多いように思えた。


「和樹さんは……平気なんですか?」

「俺はまあ。少しは酔っている自覚がある程度かな。車の運転は出来なくもないけどしたくない、という感じだ」


 それはほとんど影響がないというレベルではないだろうか、と思う。


「北陸とかの酒どころの人間は一般的に酒に強いと思っていたから、倉持も大丈夫だと思ったんだが……」


 確かに東北や九州の人はそうだと聞いたことはあるが、所詮個人差だろう。

 実際、結果はこの通りである。


 とりあえず完全に寝入ってしまっている奈津美をどうするか困った挙句家に連れ帰った和樹を見て、なんとか事情を察した白雪はとりあえず自分の布団に寝かせた。

 和樹が自分のベッドを、と言ったが、白雪的にはそれは絶対に許容できない。まだ自分の布団に寝てもらう方がマシだし、元々白雪の部屋は本来客用。

 一応、「いきなり男性のベッドで女性を寝かせるのはどうかと思いますし」と言ったら和樹は納得してくれたが。


「すまん、白雪が寝るところがないな……さすがに布団もう一枚というわけにもいかんし」

「それは……はい」


 ついでに言うなら今の奈津美からはかなりアルコールの匂いがするので、さすがに同じ部屋で寝るのは遠慮したい。


「俺がソファで寝るから、白雪は俺のベッド使ってくれるか。白雪なら何度か寝てるから……いいだろうか」

「それは構わないのですが……」


 それはむしろ願ったり叶ったり――本音は一緒に寝たいが――だが、それより大きな問題がある。


「その、明日の朝どうしましょうか」


 このままでは、奈津美は明日の朝起きて、この家に白雪と和樹が一緒に住んでいるのを知ることになるだろう。

 それはそれで白雪にとってはなしではないという気もするが、それでも要らぬ噂が広まるのは歓迎しない。


「素直に話した方が早い気は……する。倉持なら別に言いふらしたりは多分しないとは思うし」

「……確かに、そんな気はしますね」


 多分和樹は奈津美の為人ひととなりからそう判断したのだろうが、白雪は白雪で、別の理由で奈津美は言わないという気がした。


 少なくとも、同居してるとなれば普通の人なら、和樹と白雪が付き合っている――というより結婚を前提とした同棲をしてる、という風に考える。少なくともただの友人だと思う人はいない。

 おそらく明日、事情を話す際にそういうわけではないと奈津美に説明したとしても、その話が外に漏れてしまえば、他人はそう考えてしまうだろう。

 それは、和樹のことが好きな奈津美にとっては、大きなマイナスになる。


「まあ、研究室でも一人くらいは知ってる人間がいた方が、都合は良さそうだしな」

「その……倉持さんが私たちの関係を、その勘ぐったりするかもですが……」


 白雪としてはむしろその方がいいのだが、もし、和樹が奈津美に誤解されるのを良しとしないのなら、それは和樹が奈津美に対して僅かでも異性としての好意を持っている可能性と言える。

 だが。


「ある程度は仕方ないだろ。実際、家族だというのだって普通に考えたらそういう誤解を生むのは仕方ないしな……白雪が嫌なら考えるが」

「あ、いえ。私は全然構わないです」

「ま、すでに斎宮院君とか春日さん、それに美幸にも知られているしな」


 そういう事ではないというか、その今名前が挙がった人たちは全員白雪の気持ちを知っているわけだが。


「だからというわけじゃないが、多少今更なところはある。あとはまあ、教授は気付いてるかもしれないしな。プロジェクトメンバーの連絡先全部持ってるからな」

「あ……そう言えば、そうですね……」


 これは完全に考えが抜け落ちていた。

 大学の臨時職員である和樹と、学生である白雪の情報が並ぶことは通常はないが、プロジェクトのリーダーである大藤教授は連絡先として持っているだろう。

 そうなれば当然だが、住所が全く同じであることには気づく。


「まあ特に言及されたことはないから、あの人の場合気付いても気にしてない可能性もあるが。そんなわけで、もう一人くらい研究室に知ってる人間が増えても、まあ支障はないとは思う。言いふらすような相手でなければ」

「分かりました。確かに、そうですね」


 問題は、それを知った時の奈津美自身への衝撃の度合いの方だが、こればかりはどうしようもない。

 そして白雪としては、目下最大の恋敵ライバルと思っている奈津美相手に、少しでも有利な条件を作りたいという、ひどく利己的な理由があるのに気付いて、軽く自己嫌悪にも陥るのだった。


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