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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
五章 涼地での夏

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第177話 定まらない想い

 翌日、和樹はほぼほぼ運転手のような立場になっていた。


 二日目はゆっくりしてその翌日に帰路に就く予定だったのだが、前日の夜に美幸がこの近くにはたくさん滝があるという話をしたところ、白雪と美雪も行きたがり、結果、和樹が運転する車で三人を連れていくことになったのだ。

 土地勘がないという和樹の言い分は、カーナビという文明の利器で封殺された。


 とりあえずパソコンも使って調べると、確かに滝が多い。

 車で行ける所もあれば、車から降りて歩くものも少なくはないが、せいぜい往復一キロかそのくらいのものだけでも、五、六ケ所ほどある。

 それなら運動にもなるしこの地域なら気持ちがいいし、ということで行くことになったのだ。


 午前中は曇り空だったが、幸い午後からは晴れてきて、高地であるこの辺りは気温もそこまでは上がらない。何より滝巡りだ。涼気がとても心地よい。

 途中、適当な店で食事をしたが、果たしてどういう集団に見られていたのだろうと思う。

 男性一人に若い女性三人だ。

 ついでに言うと、明らかに人目を引く美人が二人、美幸についてもそれなりに見目は整っている。

 男性からの羨望の視線があったような気はするが、気にしないことにした。

 今回に関しては完全に引率の保護者である。


 結局帰ってきたのは十七時少し前。


「疲れたーっ。でも楽しかった。兄さん、運転ありがと」

「……帰ってから気付くのもなんだが、考えてみたらお前、免許持ってるよな、もう。確か二年の春休みに取得したと言ってなかったか」

「あー、うん。そだね。そうなんだけど、ほら、慣れない道は運転初心者には怖いし」


 それはそうかもしれないがと思ったが、あとで親に聞いたら、取得直後、五月連休、夏休み前半と練習も兼ねてこの辺りを乗り回していたらしい。

 この近辺に関しては和樹よりよほど慣れていたようだ。

 要は自分が楽をしたかっただけだろう。

 つい以前の感覚で運転を引き受けてしまったが。


 もっとも、今回に関してはもてなす側だったと納得しておくことにする。


 夕食は今日は焼肉にするらしい。

 和樹らが帰ってきた後に両親が買い物に出かけていった。

 とりあえず和樹はさっさと風呂に入ることにする。

 運転手の特権ということで最初に風呂に入らせてもらう。


 月下家の風呂は普段二人暮らしの割には贅沢なほどに大きい。

 この別荘の元々の持ち主はかなりそういうところにこだわりがあったようだ。


「ふーっ。さすがに疲れたな」


 何のかんの、一日車を、それも慣れない道を運転していればそれなりに疲れる。

 月下家の車は両親の趣味で大型のミニバンだが、今日は基本的に助手席に美幸が、二列目に白雪と美雪が座っていた。

 普段だと白雪が助手席というのが定位置ではあるが、さすがに今回はこの方が自然だ。


 巡った滝は結局六カ所。

 歩いた距離は調べてみたら、十キロ以上だった。

 疲れるわけである。


 風呂を上がると、とりあえず麦茶を飲んでから美幸らに声をかけて自分は部屋で横になった。

 風呂上がりということもあって、とても心地よい感覚がある。


「なんか……寝てしまいそうだな」


 今から寝てしまうと夜に眠れなくなりかねない。

 明日には帰宅するわけで、寝坊するわけにもいかないので、とりあえず身体を起こすと、ちょうど扉をノックする音が響いた。


「はい?」

「私。兄さん、入っていい?」

「ん? ああ、いいが」


 入ってきた美幸はまだ出かけた時の格好のままだった。


「先に白雪ちゃんとみゆちゃんにお風呂入ってもらってるの。私は山道歩くのは少しは慣れてるしね」

「あの二人は、相当疲れていたみたいだからなぁ」


 それでも終始楽しそうにしていたのは確かだが、明日筋肉痛になっていないだろうかという心配はある。

 頑張って帰ってもらうしかないが。


 美幸は和樹のデスクの椅子に腰かけると、背もたれを前にして和樹に向き直った。


「あのさ。さすがに白雪ちゃんから今の状況を聞いちゃったんだけど」

「……そうか」


 正直これに関しては漏洩する可能性はあるとは覚悟していた。

 白雪が黙っていても美雪も知っている。

 口止めをする暇すらなく漏洩する可能性は十分あったし、もしかしたら駅で会った時点で聞いていた可能性もあると思っていた。


「まあでも、お父さんとお母さんには黙っててあげるけど」

「……助かる」


 さすがに両親に知られれば、面倒なことになるのは間違いない。

 疚しいことは全くないとしても、世間的にどう思われるかはよくわかっている。


「その関係で、白雪ちゃんに二月に何があったのかも聞いた。ま、兄さんも何かしたんだろうってのはなんとなくわかるし、そこの詳しい事情はいいとして、でも聞きたいんだけど」


 美幸はそういうと、少し背筋を伸ばして、背もたれに置いていた顔を上げる。


「今後どうするつもりなの? まさか一生、こういう状態のつもりはないでしょ?」

「それこそまさかだな。現状、白雪が独り立ちできるようになるまでは、と思ってるが……一応成人とはいえな。あとは白雪次第でいいと思ってる。あの家、無駄に広いしな」

「まあ兄さんが間違って白雪ちゃんに手を出すタイプじゃないのは知ってるけど」

「おい」


 いうに事欠いてなんて事を、とは思うが――実のところ絶対にないとは言い切れないのは確かだろう。

 白雪も気を付けてくれてるからそういう事態になってないだけなのは、事実だ。

 それもあって、いつまでも一緒にいるのはやはりよくはないとは思っているが――今の生活が悪くないと思っているのも否定できない。


「でもさ。兄さんも白雪ちゃんが一緒にいる生活は楽しいんでしょ?」

「それは……まあ否定しない。助かってるのも事実だ」


 和樹の心境を見抜いたような美幸の言葉に、一瞬返答が遅れた。

 実際二人で暮らしてみて痛感したが、単純に手間のレベルでも、生活がずっと楽になった。純粋に家事の手間だけでも半減だ。

 何より、帰った時に人がいるというのは、気持ち的にも悪くはない。

 そして白雪は、一緒にいて和樹にとって心許せる相手なのは事実だ。


「うん、ならいいけど。そういえば、『あの事』は……もう解決したんだよね?」

「ああ。もう大丈夫だ。まあ、それも白雪のおかげでもあるんだが」

「へ?」

「彼女が後押ししてくれたところはあってな……それで、法事に行けたというのはある」

「えっと……兄さん、あの事、白雪ちゃんに話したの?」

「ああ、そうだが……一緒に暮らしてる家族だしな」


 しかし、美幸は本当に唖然とした表情のままだった。

 そのあまりの表情に、思わず和樹は吹き出してしまう。


「ちょ、何が」

「いや、鏡……もう終わってるが、今の顔は面白かったぞ」

「ひどっ。可愛い妹になんてことをっ」


 美幸が文句を言うが、面白かったのだから仕方ない。


「あのさ。余計な事かもしれないけど、兄さん白雪ちゃんと付き合うって選択肢ないの?」

「……文字通り余計なことだな。実際問題、年齢差八年だぞ」

「お父さんとお母さん、年齢差六年だよ。最近芸能人で二十歳差とかだって珍しくないし」

「じゃあ言い換えるか。白雪はまだ十八歳だ。それで三十路近い俺は不釣り合いだろう。なので、そういうつもりはないよ」


 美幸が複雑そうな顔になっている。

 実際、美幸は多分白雪をかなり気に入っているだろうから、そういう風にしたいのかもしれないが――和樹としては今言った通りだ。


 白雪はまだ十八歳。

 法的にどうあれ、和樹の感覚ではまだ子供に属している。

 無論、白雪が自分で選んで誰かと恋仲になるのをダメというつもりはないが、親代わりと自認する身としては注意くらいはしたくなってしまうだろう。


「……この際だから聞くけどさ。兄さん、結婚する気あるの。もういい年でしょ」

「あんまり考えたことないな……俺は。そういう相手が今まで居なかったしな」


 親友と言っていい誠、友哉が続けて結婚したが、誠はそれこそ大学時代ずっと朱里との関係を見せつけられていたし、友哉もやはりはるか前から決まった相手がいた。お互い気心も良く知れてる相手なのだろう。


 和樹の中では一応理想の夫婦は自分の両親だとは思っている。

 穏やかに年齢を重ねられる関係が一番いい。

 ただ、だとすれば長い時間をかけて信頼し合っていくしかなく、そういう相手は今のところいない。


 一人例外がいるのは承知しているが、それは少なくとも今言った理由で対象にしてはならないと思っている。


「じゃあ、十年後ならありなの? 白雪ちゃん」

「ないとは言わんが……あれだけの器量だぞ。十年間フリーとか、あり得ないだろ」

「そこはそういう評価なのね……」


 美幸が心底呆れたような顔になる。

 とはいえこの評価は多分誰でも同意するとは思うのだが。


「まあいいや。兄さんが頭硬いのは今更だし」

「なんか酷い言われようだな」

「美幸さん~お風呂空きましたよー」


 和樹の言葉に、二階に上がってきた直後と思われる美雪の声が重なった。


「あ、はーい。ありがとー」


 そういうと美幸は椅子から立ち上がる。


「じゃ、私もお風呂入ってくる」

「おう」


 一瞬、美幸は何か言いたげだったが、そのまま部屋を出て行った。

 廊下で白雪らとすれ違ったのか、なにやら話している声が聞こえるが、会話の内容までは聞こえない。


 ふと思いついて、和樹はスマホを取り出した。

 おもむろにストレージを開く。

 そこには、今日撮った数々の写真が収められていた。

 和樹のスマホで撮ったものなので、写っているのは和樹以外の三人だ。


「しかし、いい顔で笑うようになったな」


 和樹には、いまだにあの病院で会った時の白雪の記憶が鮮明に残っている。

 自らの命すら捨てるほどに追い詰められた彼女を、なんとしても助けなければという想いであの時は動いていた。

 それが当然のことだと思ったし、今も思っている。


「十年後……ねぇ」


 今の状態がもし十年も続けば――いや、多分そこまでいかなくても、五年も続いていたら、あるいは自分の感覚が変わらないという保証はない。

 というより、もしそうであれば五年間一緒に暮らしているわけで、流石の和樹でもそれは事実上夫婦だと思えてしまうだろう。

 その未来図は決して不快なものではないが、それを白雪が望むかはまた別だ。


 彼女はようやく、玖条家という呪縛から解かれたのだ。

 あらゆる可能性が彼女の未来にはあるし、それは当然、自分の伴侶についても同じだろう。

 現状、白雪に一番近い男性が自分なのは事実だが、今後色々な出会いもあるに違いない。

 そのどれを選ぶかは白雪の自由であり、また、それに口出しする資格は和樹にはない。親だからと言って、そこまで口出しするつもりは毛頭ないのである。


 何より、白雪の親という立場と感覚を持つ自分は、白雪の相手には相応しくはないだろう。

 こればかりは美幸にも話せるものではないが――親として、やはり白雪には幸せになってほしい。それが今の和樹の気持だった。


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