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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
五章 涼地での夏

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第176話 月下家の家庭事情

「さて、と。じゃあ取り掛かりますね」


 時刻は十六時半。

 少し早いが、下ごしらえなどを考えるとちょうどいい。


 月下家のキッチンはいわゆるアイランドキッチンで、ダイニングとくっついている。リビングとも続いた状態に出来るが、今は引き戸四枚で隔てられていた。そちらからはテレビの音が聞こえる。

 また、デッキに出る扉があり、そこに例の窯がある。


 とりあえず買ってきたものを冷蔵庫に入れるべきものは入れて、すぐ使うものは出す。その時、車を駐車場に入れ終えた和樹がキッチンに入ってきた。


「窯は十九時少し前くらいか?」

「はい。それでお願いします」

「わかった。手伝うことは……ないということだったな」

「大丈夫です。時間も十分にありますし」

「今から取り掛かるのか。早くないか?」


 確かにその通りだ。

 慣れないキッチンとはいえ、白雪自身普通に料理するなら一時間もあれば十分過ぎる。なので、食事自体を作るわけではない。


「今からパイ生地作るつもりです。あれは少し時間かかるので」

「パイ生地?」

「ほら、デザート作るって」

「ああ……って、パイ生地って手作り……いや、できるのは当然だが、それくらいは買ってもよかったんじゃ」

「時間があるからできるかな、と。買った方が楽なのはそうですけどね。せっかくなので」


 和樹が感心したような、呆れたような顔になっている。

 白雪自身、パイ生地は作ったことはもちろんあるが、それなりに大変なのであまりしない。正直、普通に冷凍のパイ生地を買った方がコストも低いかもしれないが、時間があるならやってみない手はない。

 何より、その方が料理得意であることをアピールできると思う。


「ここのお水が冷たいのもありますからね。いい生地ができると思います」


 パイ生地を作るときは冷やすことが重要だ。

 しかし普段住んでいる場所だと、夏のこの時期は水がぬるい。

 なのでむしろ氷を使って冷やしながら作らなければならないが、この街の水ならそれが必要ないのだ。


「わかった。手伝えることがあれば言ってくれ」

「ありがとうございます、和樹さん」


 そういうと、和樹は一度部屋を出て行った。

 白雪はキッチンを見渡すと、一度大きく頷いてから、作業を開始するのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「玖条さん、焼き加減を見てもらえるかな?」

「はい……あ、そろそろですね」

「よしきた」


 父の祐樹がピザピールと呼ばれるピザを出す道具を使って、器用に中にある皿を一つ一つ取り出して、耐熱ボードの上に置いていく。

 白雪はそれを次々にダイニングテーブルの上に置いていった。


 その後、祐樹に頼んでもう一つ、ピザに似た大きさのパイを入れてもらう。

 少し様子を見て、それから自分のスマホのタイマーをセットした。

 それから自分もダイニングに行く。


「お待たせいました。どうぞ、召し上がってください」

「おー。これはまた美味しそう~。さすが白雪ちゃん」

「今日はまた凝ってるね……ハンバーググラタン?」

「あ、いえ。ハンバーグドリアですね。あとは季節野菜のポタージュですね」


 美幸と美雪が目を輝かせている。

 このハンバーグドリアが、窯を使った料理の一つだ。

 あらかじめ十分に下処理はしたうえで、最後に窯を使って一気に表面のチーズに焦げを入れたのである。

 それに地元野菜の生野菜サラダである。


「これはまたすごいね。料理上手だとはさっき美幸から聞いたが、これほどとは」

「あらやだ。私より上手なんじゃないの?」

「うん、ぶっちゃけお母さんより美味しいと思うよ」


 美幸(むすめ)からの容赦のない言葉にも、優月は笑って応えていた。

 そして食べ始めて、全員がその評価が過剰ではないことを痛感する。


「相変わらず白雪ちゃんのハンバーグは美味しい~」

「っていうか美味しすぎる。白雪ちゃん、これ、どうやって作ったの!?」

「どうやってと言われても……普通に、としか」

「でも本当に美味しいわねぇ。誰かに教えてもらったの?」

「えっと……両親が料理人だったので、二人が遺したレシピから……」

「あ、そうなのね……素敵なご両親だったようね」

「はい」


 しかし優月はそれ以上はその話題をしなかった。多分今のやり取りだけで察してくれたのだろう。事情を知る和樹たちもそれ以上はその話題には触れず、ただひたすら食事しつつその料理への称賛が続いた。

 それはそれでとても恥ずかしいと思えたが。


「このポタージュも絶品だな……なんかお義父さんを思い出すな」

「おとうさん?」


 白雪が思わず聞き返した。

 考えてみれば、月下家の家庭事情はあまり知らない。


「ああ、私の父ではなく母さんの父親だが、料理人でもあってね。やってるのは旅館なんだが」

「言われてみれば、確かに父の味に負けず劣らずですねぇ。逆に言えばすごいですよ、玖条さん。父の旅館は、食事がとても美味しいととても評判の宿ですから」

「きょ、恐縮です」


 さすがにそのような人と比較されると、白雪としては恐縮する以外にない。


「ああ、確かに祖父じいさんの味も良かったな……俺はこっちが馴染んでるが」

「……和樹。お前、そんなにこのお嬢さんに食事作ってもらってるのか」


 和樹がしまった、と口を押える。

 その横で、美幸が「あちゃー」という感じで首を振っていた。


「あ、いや。家庭教師していたことがあって、その時に報酬代わりに食事をごちそうしてもらっていたんだ。それでな」


 その話はすでに一年以上は前の話ではあるのだが、一応嘘は言ってないことになるだろう。


「ああ、なるほどな。しかし本当に美味しい。俊哉さんにも劣らないな」

「としやさん?」

「ああ。旅館の経営は今は義姉あね夫婦が担っているんだが、その義姉あねの旦那さん、つまり和樹や美幸にとっては義理の伯父になる人が俊哉さん。義父ちちから料理の手ほどきを受けた人でな」

「和樹さんはその旅館行ったことはあるんですか?」

「……そういえば中学三年の夏に行ったっきりか」

「そういえばそうか……」


 それだけで白雪は事情が分かってしまった。

 和樹が中学に行けなくなって、引っ越してから行ってないのだろう。


 その時、白雪のスマホが震動した。先ほどセットしたアラームだろう。


「ちょっと失礼します」


 白雪は席を立つと、デッキにある窯の方を見に行った。

 窯を見ると、目的のものがいい感じに焼きあがっている。

 あと少しというところなので、白雪はそのままそこに待機した。

 しばらくすると、祐樹が顔を出してくる。


「玖条さん、取り出すときは呼んでくれたまえ」

「はい、ありがとうございます……あ、でも、すぐかもです」

「よし来た」


 祐樹がピザピールと呼ばれる道具で、中の様子を伺いつつ、慎重に窯に入れてあるホールパイを取り出してくれた。

 軽く触れてみるが、文句ない出来栄えだ。


「これは美味しそうだ」

「はい。でも少し冷ました方がいいので……キッチンに置いておきましょう。まだお食事もありますし」


 祐樹はそれに頷くと、自然とパイを持って家に戻る。


(自然とそつなく手伝ってくれるのは、月下家の伝統なんでしょうかね……)


 多分和樹も同じようにしたと思うと、血のつながりを感じて面白い。


「そういえば、その旅館はどちらに?」


 食堂に戻ったところで、ちょうど美雪の質問が聞こえてきた。


「ああ。群馬の方だ。前の家よりは多少近くなっているな」


 祐樹が席に座りつつ答える。

 場所を聞くと、車だと二時間くらいの距離らしい。

 以前の場所からだと三時間以上だったから、多少近付いたというところか。


「その場所だと、温泉宿なんですか?」

「そうだね。温泉の効能までは忘れたが」


 すると優月がすぐ補足した。

 神経痛、リウマチなどなど……さすが実家だけあってか、大半覚えているらしい。

 少し行ってみたくなる。

 横にいる美雪を見ると、こちらも興味津々だ。


「私達は今年の三月に行ったけど、和樹と美幸はしばらく行ってないわよね」

「私はまだ大学入学した時に行ったし、一昨年の夏にもお邪魔したけど、兄さんはいい加減いくべきじゃない?」

「まあ、そう、だな」


 中学三年から会ってないとするなら、もう十二年だ。

 さすがにそれは期間が空きすぎだろう。


「そのうち行きなさい。お義父さんも心配なさっている。もう行ってもよかろう?」

「年賀状とかで連絡はしてるけどな……まあ分かった。考えておくよ」

「お前はそう言って、不要だと思うと親ですら年単位で会いに来ないからな……まったく」


 白雪は微妙に今の会話に不自然さを感じたが、とりあえず今は気にしないことにした。

 見ると、全員食事がほぼ終わっているので片づけを開始し――和樹がすぐ手伝ってくれた――、先ほど焼きあがったパイに最後の飾りつけをしてから持ってくる。


「はい、こちらがデザートです。とても美味しそうな桃があったので、ピーチカスタードパイにしてみました。窯で焼くのは初めての経験でしたが、上手くできたと思います」


 全員から歓声が上がる。

 実際、上手くできたと思う。


「これをパイ生地から作るのはすごいな、本当に」

「え!? 生地から作ったの?」


 和樹がぼそりといった言葉に、美幸が驚いて反応している。


「はい。ちょっと大きめに作りたかったので、自作した方がいいかと思いまして」


 これはかなり大きな、ピザのような円形になっている。

 せっかく大きな窯があるのだからと大きめに作ったのだ。

 パイ生地から自作した甲斐があったというものである。

 やや薄めのパイ生地の上に、カスタードクリームと旬の桃が満載だ。


 ちなみにお茶は和樹におまかせである。


「じゃ、いただきますー……美味しいっ」

「あ、ヤバい。これは口が解ける。白雪ちゃん、今度作り方教えて。これなら孝君もきっと食べたいと思うし」

「はい、わかりました。でも、桃のおいしさはこの地域だからという気もするくらいです。本当に美味しい」


 各自美味しそうにデザートを食べ、ワンホールあったものはあっさりと無くなった。

 ダブル『みゆき』がやたら食べたともいう。


「本当に美味しかった。玖条さん、ありがとう」


 祐樹の言葉が、白雪には本当に嬉しい。

 あるいは未来に――という幻想を抱きたくなるくらいには。


「いえ。ここの食材が美味しかったのもありますし、今回はあの窯を使わせていただいたのも、とてもよかったです」

「そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ」

「白雪、あまり父さんを持ち上げないでくれ。特に窯関連は、悪ノリしそうだ」

「何を言う。実際美味しかっただろうが」

「それは否定しないが……まあいいけどさ」


 そのあとは片づけとなるが、これは白雪は遠慮された。

 これだけやってもらって最後までは、ということらしい。

 買い物担当だった和樹も外され、ダブル『みゆき』が片づけをするらしい。


 そんなわけで白雪は先に和樹と一緒に二階に上がって――。


「あの、和樹さんの部屋、見せてもらってもいいでしょうか?」

「俺の? 構わんが……俺の部屋っていうか、だぞ」

「それでも何となく見てみたくて」

「まあいいが……」


 案内された部屋は、白雪が使っている部屋とそう変わらない。

 寝台が一つというだけで、あとは本棚に色々本があるくらいか。

 当たり前だが生活感はない。当然だろう。

 ただ、棚の上にある少し色あせた写真が目に入った。

 かなり年配――今の祐樹以上――の男性が移っている写真だ。和服を着てると思われ、かなり古い写真のように思える。


「この方は……」

「ああ。死んだ祖父……父方の方だな。月下雄三……だったかな」

「先ほど話題に出なかったのでそうかとは思いましたが亡くなられているのですね」

「ああ。ちょうど……あれが起きる寸前だったかな」


 あれ。つまりあの『死神』事件のことだろう。


「結構俺は祖父に懐いていてな。もしかしたらあの時、あんなに落ち込んだのは祖父がいなかったからかもしれない」

「どんな方だったのですか?」

「厳しい人だったと思うんだが、孫に甘いのはお約束かな。あとまあ、俺の柔道の師でもある」

「おじいさんに教わっていたんですか。てっきり学校で柔道部だったのかと」

「それ、たいてい勘違いされるんだが、違うんだ。元々前の家の近くで柔道の道場やってたんだが、引退した後も俺や美幸には教えてくれててな」


 その言葉に思わずきょとんとした。


「え。美幸さんも柔道を?」

「ああ。と言っても俺も美幸もちゃんと鍛錬続けてるとはいいがたいから、なまってるだろうけどな。一応あいつも黒帯持ちのはずだ。あいつは中学までは部活で続けてたらしいしな」


 あののんびりした、少し小さくて可愛いという印象の美幸からは考えられない。

 そのギャップがまた面白くて、思わず笑いが漏れた。


「白雪?」

「あ、いえ。すみません。その、和樹さんとお会いしてからもう三年近くになりますが、全然知らないことがまだまだたくさんあるんだなぁって、なんか嬉しくて」


 すると和樹が複雑そうな表情になる。


「まあ……そうそう話すことでもないしな」

「ここに来てよかったです。また、私の知らない和樹さんのことを知ることが出来ました」


 そう言って、本当に心の底から白雪は嬉しそうに笑うのだった。


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