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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
五章 涼地での夏

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第173話 秘密の共有

「はい、白雪ちゃんと春日さんはこの部屋使って。お布団とかは後から持ってくるから。この近くで合宿してたならわかってると思うけど、この辺り油断できないくらい夜は寒いからね」


 そういって美幸が案内してくれた部屋は、和樹の部屋の向かい側。

 無垢材の温かい感じの板張りの部屋で、一段上がったところに四畳半ほどの畳スペースがある。そちらに座卓も置いてあるようだ。


「わ、結構広い。いいんですか?」

「うん。基本、お客さんに利用してもらうための部屋だから好きに使って。白雪ちゃんも遠慮なくね。とりあえず私は荷物置いてくるから」


 そういうと美幸は一度扉の向こうに消えた。

 白雪は美雪と顔を見合わせてから、とりあえず畳のところに荷物を置く。


「なんか……びっくりだね」

「いや、みゆさんがノリノリでOKしちゃったんじゃないですか」


 先に下りの新幹線が来たので、教授をはじめとしたメンバーを見送って、上りの新幹線まではまだ時間があったから、どこかで時間を潰しつつ、帰りの新幹線内で食べるお弁当などを見繕おう、などと話してたら、突然後ろから声をかけられた。

 それが美幸だったのである。

 あまりに驚いたが、考えてみればここに彼女の実家がある以上、この場合白雪達がなんでここにいるの、というところだろう。

 とりあえずそれを説明したのだが――美幸と美雪が意気投合した。

 名前の音が同じだったのは果たして理由になっていたのかどうか。


 そして、この後の予定がないこと、さらに和樹が家に来るのは美幸も当然知っていたので、それなら一緒に帰ればいいと招待された。

 さすがにそんな急にお邪魔しては悪いと断ろうとしたら、美幸が一瞬で親に許可を取り付けていて、断りづらくなった挙句に、美雪がノリノリで孝之と目付役の加藤愛子にも許可を取り付けてしまい――これで白雪だけ帰るとはさすがに言えなかったのだ。

 さすがに美雪だけが行くというのはない。


「だってなんか面白そうだったし。まあ正直に言うと、もうちょっとこっちにいたいってのはあったかも。あっち暑いしさぁ」

「でも、みゆさん、京都にも帰るのでしょう? 日程大丈夫なんですか」

「大丈夫じゃなかったら孝君も許可しないよ、さすがに」


 考えてみればそうだ。

 あの二人は多分一緒に帰るのだろうから、その予定は考慮しているのだろう。


 そんなことを考えていると、コンコン、と扉をノックする音が響く。


「はい」

「美幸だけど、いい?」

「あ、はい。どうぞ」


 入ってきた美幸は、先ほどと服装も変わっていた。

 今はTシャツにショートパンツという軽装だ。家用の格好だろう。


「白雪ちゃんは前に会ったからいいとして……改めてご挨拶を。月下美幸です。今大学三年生」

「あ、じゃあ私達より二つ上なんですね」

「うん。でもまあ、学校違うし先輩後輩もないしね」

「ありがとうございます。私は春日美雪と申します。よろしくお願いします」

「うん、よろしく……だけど、名前の響きホントに同じだねぇ。まあそんな珍しい名前じゃないとはいえ」

「ですねぇ。とりあえず……私が美幸さんとお呼びしますね。さすがに紛らわしすぎるので。私のことは春日と姓でお呼び下さい」

「白雪ちゃんも?」

「あ、いえ……私はその、みゆさんと」

「お。それいいね。うちの両親も私のことは『美幸』って呼ぶから、じゃ、みゆちゃんでもいい?」

「もちろんです。よろしくです、美幸さん」


 そういうと二人はがっちりと固い握手を交わしている。


(なんか……会わせてはいけなかった気がしてきます)


 美雪はこういう時本当に相手と打ち解けるのが早い。

 これ自体がある種彼女の才能だと思う。

 それはそれで素晴らしい才能だとは思うが、巻き込まれるとろくなことにならない気がするのは果たして気のせいかどうか。


「とりあえず、お父さんがお昼ご飯用意してくれるらしいから、それまではのんびりしてて。あ、トイレは廊下出て階段過ぎた左の突き当たりね」

「あ、じゃあすみません、ちょっとお借ります」


 白雪はそういうと部屋を出ようとして――少しだけ迷った。

 果たしてこの二人だけにしていいのかという不安がよぎるが――。


(だ、大丈夫ですよ……ね、多分)


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「本当にここは水が冷たくて驚きますね……って、美幸さん?」


 部屋に戻った白雪を迎えたのは、なぜか自分を凝視する美幸の顔。

 その横で、美雪がなぜか「ごめん」という感じに手を合わせている。


「えっと……?」

「白雪ちゃん、兄さんと同棲してるの!?」


 その言葉を聞いた瞬間、サーっと顔から血の気が引くのが分かった。

 考えてみれば美幸は当然その事実を知らないはずだ。だが、美雪は当然知っている。

 この二人だけにすれば、当然共通の話題である自分のことを話すのは自然であり、そして美雪にそのことを口止めすることを、白雪は完全に忘れていた。


「あ、あの、その、えと、えとえとええ……」


 混乱で口が回らない。

 だが、表面上の事実だけを見れば、美幸の言葉は完全な事実であり、言い訳のしようもない。


「えとその、同棲といっても、その同居という方が正しくて、その、あの」


 だがどうやっても説明は出来そうにない。

 半泣きになりつつ美雪を見てみたが、こちらは手を合わせて「ごめん-。知らないと思わなくて」と言ってるだけだ。


「いや、うん。言わなくても大丈夫。どーせ兄さんの事だから、まだ付き合ってないんでしょう?」

「……はい、そう、です……」

「あのヘタレ兄貴……」

「あ、あの別にその、和樹さんが悪いわけでは」

「いやでもさ。白雪ちゃんみたいに可愛い女の子と一緒に住んでて、手を出してないとかありえなくない?」

「そこについては私も同意なんだけどね。ホントにどうなってるの、白雪ちゃんと月下さんの関係」

「あう……」


 どう言い訳しようかと考えていると、がし、と腕を掴まれてずるずると部屋の中央に引っ張り込まれる。


「さすがに私もそろそろ黙ってるのは難しいんだけど。なんでこんなこじれた事態になってるのかだけでも、いい加減教えてほしいかな。まさか兄さんが女の子に興味がない特殊性癖だとかいう……可能性が」

「そ、そんなことは」

「うん、私も違うとは思う。少なくとも中学生までの兄さんはそんなことはなかったと思うし。でもそう疑わざるを得なくなってくるんだけど」

「あうう……」


 もっとも、考えてみればそれを完全に否定することは、白雪には出来ない。

 ただ、和樹が白雪に手を出さない理由については、おそらくそういう理由ではないだろうということは説明できるが――。


「私もいい加減理由を聞きたい。普通に考えて、ぶっちゃけ白雪ちゃんが月下さん襲えばいいと思うし」

「あのですね!?」


 美雪は美雪で言うことが過激すぎる。


「でもじゃあ、なんでそうしないの?」

「うう……」


 これはさすがに言わないわけにはいかなくなってきた。

 何より、これを誤魔化せば美幸は和樹にも詰め寄るだろう。

 そうなれば、彼の両親に露見する可能性も上がる。そうなると、さらに面倒な事態になる可能性が否定できない。

 この様子からして、和樹は確実に家族には今の状況を話していない。

 だが、それを不義理だと思うことは、少なくとも白雪はない。

 自分でも同じ状況だと同じ対応をする。


 言ってくれた方が嬉しいと思いつつ、どう考えても彼はしないだろう。

 白雪を『娘』だと思っている限り。


「……その、わかりました。でも、一つお願いがあります」

「お願い?」

「今からする話は、和樹さんのご両親にも、それから……斎宮院さんにもしないでください」

「孝君にも?」

「孝君って?」

「あ、うん。後で説明するね」


 話が脱線すると判断したのか、普段ならすぐ説明する美雪が後回しにしてきた。一瞬だけ、それで忘れてくれないかと思ったが、それは結局問題を後に回すだけで何の解決にもならないだろう。


「あと……和樹さんにも、私が話したことは言わないでください」

「それはつまり、これからの話はここだけの話にしてくれってこと?」

「はい」

「いったんおっけー。ただし、内容次第ではとは思うけど」

「私もいいよ。兄さんにも黙ってるってのがよくわからないけど」

「和樹さんも承知の内容なのですが……その、それを知られてるとあの人が思うと、色々思うところも出てきそうですし、今の生活にも影響が出かねないので……」


 一体どういう話だろうと分からない二人は、不思議そうに首を傾げる。


「その……私は和樹さんにとって、『娘』なんです」


 その瞬間、二人は文字通りの意味で目が点になっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……な、なるほどね……」

「どうやったらそこまでこじれるのかと思ったけど……経緯聞くと……納得はするかぁ。兄さん真面目だしなぁ……」

「確かにこれは孝君にも話せないね。約束は守るよ」

「あ、うん。私もお父さんたちにも黙っとく。もちろん同棲してる事実もね。そっちも知らないことにしとくね」

「ありがとう……ございます」


 話し終えた白雪は、大きく息を吐いた。

 あらためて思うが、さすがにこれは本当に恥ずかしい。

 なぜこんなことになったのかと、三年前の自分をどやしつけたい気分だ。

 あの時に――いや、せめてもっと早くに素直になっていれば、ここまでこじれなかった気はするが、では果たしていつの選択を変えたら違う未来だったかというと――いまだにわからない。


 結局、どうやってもこういう事態になっていた気がする。

 あるいはもっと悪い状態――最悪高校卒業後の今の状態がないどころか――になっていたかもしれない。


「しかし呆れるほどややこしいね、白雪ちゃん。で、いつから月下さんが好きだって自覚したの?」

「えと……自覚したのは、実は結構前でして……二年生の正月には」

「そんな前!? ……あ、そうか。でもその時だと白雪ちゃんって……」

「はい。なので……関係を変えようとは思わなかったんです」

「どゆこと?」


 すると美雪は、白雪に視線を向ける。

 それを受けて、白雪は小さく頷いた。

 別に今となってはもはや過去の話だし、白雪の家のことは美幸にも知られている。


「美雪さん、話していただいていいです」

「了解。そのね。白雪ちゃんって、高校卒業と同時に結婚させられることになってたんだよ」


 そういって、美雪は白雪のかつての状況を簡単に説明してくれた。

 正直に言えば、白雪自身はまだそれを客観的に説明する自信がないのだ。

 未だに少しだけ、胸が締め付けられるような恐怖がある。


「ほえ……さすが良家のお嬢様って感じだけど……」

「その時に月下さんが何とかしてくれたんじゃないかと私は睨んでますが」

「あー。兄さんやりそう。どうなの?」

「そ、そこは……秘密にします」


 あの時の和樹との思い出は、出来れば自分達だけのものにしておきたい。


「あ、うん。いいや。そんな乙女の顔されたら、それ以上は聞けない。むしろこっちが砂吐きそう」

「兄さんが何やったのかは気になるけど……そこはあれね。そのうち義姉あねになったら聞かせてもらうわ。あれ、この場合は義妹いもうと?」

「ちょ、お二方!?」


 自分はそんな顔をしていたのか、と恥ずかしくなってしまう。

 それをみて、二人がさらにはやし立て――昼食に呼ばれた時、白雪は自分の顔の火照りを冷ますのに必死になってしまった。


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