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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
五章 涼地での夏

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 閑話12 倉持奈津美の悩み

 カタカタとキーボードを打ち続けていたが、ふと手が止まる。

 資料を確認して、それからもう一度画面に向かい――思わずため息が出た。


「……何やってんだろ、私」


 和樹の実家がすぐそばにあると聞いた時、思った以上に動揺してしまっていた。

 挙句、突然自分の実家方面に来ないか、など、この後実家に行くと言っている和樹に何を言っているのやら。


 和樹がプロジェクトに本格的に参画して二カ月余り。

 和樹は毎日大学に来るわけではなく、大学に来るのは大体週に二日から三日だ。

 外出も多いので会うことができるとなると週一回程度。

 それも、和樹はほとんど教授と一緒に仕事をしてるので、話ができるタイミングは少ない。

 何なら、会議が一番話しているかもしれない。


「同じ場所に来たらもっと機会チャンスあると思ったんだけどなぁ……」


 和樹に会ったのは大学二年生の時。

 その時、和樹は四年生で、すでに研究室の中心メンバーだった。

 普通なら、院生の方が経験も技術も上なのだろうが、どう見ても和樹が一番優秀だったし、また、院生も含めて全員が彼を認めていた。

 最初は、すごい優秀な先輩だと思っただけだったと思う。


 その後、一年早く研究室への所属が認められ、一緒に研究を続ける中で、気付いたら惹かれていた。

 正直に言えば、どこが、というのはよくわからない。


 子供のころからコンピューターが好きで、小学校の頃は一般的な女の子が興味を持つようなことはあまり興味がなかった。いわゆる『オタク』と言われる類だったのだと思う。

 中学以降、サブカルチャー方面にも興味が出て、アニメや漫画なども好んだが、同世代の女子とはあまり話が――一部除いて――合わなかった。

 それを気にしたことはないし、自分一人が楽しければいいと思っていた。


 大学に進学するにあたり、得意とするコンピューター方面に進むことを決めたのは、ごく自然な流れで、それは今も自分に合っていたと思っている。

 ただ、研究室に入ってしばらくして、気付けば和樹をずっと目で追っていることに気付いた。完全に自覚したのは夏休み前くらいか。


 友人に相談したら「そりゃあんた、好きになってるでしょ、それは。で、誰?」と言われて根掘り葉掘り聞かれ――その後、とても難易度が高い相手だとはわかった。


 というか、大学でもひそかに有名人だったのだ。

 央京大学でも有名な美男コンビ、滝川友哉と卯月誠の友人。

 彼ら二人が滅多に人とつるまない中、例外的にいつも一緒にいることでも知られた存在。ただ、あの二人と一緒にいるから目立たないだけで、実は狙っている女子が多いというのはその時に知った。

 玉砕未満の女子は二桁はいるらしい。

 未満というのは、そもそも告白するシチュエーションにすら持っていけなかったからだという。ちょっとした誘いでもほぼ断られるらしい。

 なお、美男コンビ相手の玉砕数は二桁どころか、三桁に届くという噂もあったが。


 大学で一緒に過ごせたのは一年間だけで、その間は文字通りただの後輩としてしか接することは出来なかった。

 とはいえ、むしろ後輩としてでも一年間接しただけでも、かなりのレアケースだったらしいが。

 てっきりそのまま院に進むかと思ったら、あっさりと卒業してしまった時は驚いたものだ。

 それでもう、会うことはないと思っていたのだが――。


 教授が件のプロジェクトの話を出した時、発起人として和樹に声をかけようかと思ってると聞いて、いの一番に賛成したのは奈津美だ。

 その時に、まだ気持ちが続いていることに気付いたのだ。

 あの研究室で三年半ぶりに再会した時は、舞い上がるほど嬉しかった。平常に振る舞うのに全神経を集中する必要があったほどで、お茶を出した時には転ばないか不安だったくらいだ。


 ただその後、久しぶりに学祭で会えた時は――とても驚いた。

 高校生と思われる少女と一緒に来たのも驚くが、その二人の関係が、明らかに親しげだったのだ。

 決定的だったのは、帰り際。

 彼が下の名前で人を呼ぶのは、滝川友哉と卯月誠、その誠の恋人である津崎朱里以外では、聞いたことがない。いわば、四人目の例外だ。

 それに、あの少女――玖条白雪も、下の名前で呼んでいた。

 ご近所で家庭教師をしているということだったから、ある程度親しいのは分かるが、それだけではないというのは――ありありとわかった。


 だからその後、偶然学内で白雪に再会した時に、思わずあんなことをしたのだが――今思うと、あの時の彼女はだいぶ様子がおかしかったように思う。

 その理由は分からない。


 ただ、大学に入学してから、白雪がとても優秀なことにも驚いたが、その容姿はもちろんだが、性格や立ち居振る舞いについても、ある意味理想的と言えるほどの女性だと思った。


「勝てない……とか一瞬思わされたくらいだもんなぁ……」


 現状情報工学分野では当然負けるとは思わないが、女性として考えると勝てる要素の方が少ない。しいて言えばスタイルくらいか。

 特に今日のお昼ご飯はすごすぎた。

 突然頼まれてあれほどのものを、しかも手早く作れるのは、もはやプロの領域ではないかと思う。少なくとも奈津美には出来ない。


 それにたまに聞く限り、あの二人は家が近いからか、登校も一緒であることが多いらしい。

 自分と和樹の間の距離を考えると、焦りしか出てこない。

 だからあんなことを言ってしまったのだろう。


「あー、なにやってんのよ、私」

「どうしたの?」

「ほえ!?」


 突然声をかけられて、驚いて振り返ると、そこには京子が立っていた。

 そういえば、さっき帰ってきたのだったか。


「お、お帰りなさい、木下さん」

「うん、ただいま。倉持さんは作業中? 邪魔しちゃったかしら」

「大丈夫です。ちょっと考え事をしてたので」

「月下さんのこと?」

「はひ!?」


 すると京子がくすくすと笑っている。

 完全にかまをかけられたのだと悟り、奈津美は思わずそっぽを向いた。

 多分今、顔が赤い。


「あらあら。可愛いわねぇ」

「この年齢でそう言われても」

「そんなことないわよ。女はいつまでだって可愛くありたいものよ」


 大人の女性の雰囲気がある京子が言うと、逆に説得力がある気がした。


「その、木下さんは好きな人っているんですか?」

「あら、いきなりな質問ね」


 そう言いつつ、動揺した様子を見せずに京子は少しだけ考えて――。


「月下さんは気になるわねぇ」

「え!?」


 冗談抜きで焦った。

 白雪とは年齢差もあってまだ自分にも目があると思っていたが、同年代である京子が出てくると、話が変わる。

 しかしその京子は、奈津美の顔を見てくすくすと笑っていた。

 それで、揶揄われたのだと気付く。


「研究者として、だけどね」

「木下さん、ひどいです」

「だって可愛くて。でも、彼もなんかモテるわねぇ。貴女もだけど……」

「玖条さんですよね。私でも気付いてます」

「そうね。というか……正直にいうと、強敵よ?」

「うっ……」


 なんとなくわかっていた。

 和樹が白雪を特別扱いしているのは明らかだ。

 普段はそうではなくても、彼女が近づくことを彼は拒否していない。

 むしろ、そばにいるのが当たり前だと思っているようなところがある。


「私だって、まだ諦めていませんから」


 勝てる要素があまりないことは分かっている。

 ただ、気持ちは理屈ではない。

 少なくとも今、まだ二人が付き合っていないなら、可能性はあるはずだ。


 実るかどうかは分からなくても、この恋は貫き通したい。

 それが、今の倉持奈津美の正直な気持ちだった。


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