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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
五章 涼地での夏

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第167話 合宿一日目

 陽射しの強さは正直に言えば都会とそれほど変わらない。

 ただそれでも、その陽射しをさけるだけで、遥かに涼しいと思える。

 さすがは避暑地だと思わされた。


「白雪ちゃん、こっちこっち。ずっと影になってるからすっごく気持ちいい」


 白雪は美雪と二人で散歩に出た。

 都会ではなかなか見ることがない濃い緑と、都会ではまずありえない冷たい空気は気持ちいいが、白雪としては出る直前に見た、奈津美が和樹を引っ張っていく光景がまだ頭に残っている。


 研究室ではできるだけ和樹とは不用意に接触しないようにしている。

 プロジェクトメンバーになった理由として、近くに住んでいるのと個人的にも親しいからということが挙げられているが、それは研究室全体には広まっていない。

 なので、プロジェクトメンバーだけではなく研究生もいるこの合宿では、和樹との接触を過剰にするのは控えるべきだと思っていた。


 それで和樹に変な噂が――白雪本人は歓迎するわけだが――立てられるのは、白雪としては本意ではない。

 それで和樹が変に白雪に対して気を遣うようになる方が、嫌だ。


 だがそれはそれとして、和樹があのように他の女性の手を取って――どちらかというと勝手に手を取られて引っ張って行かれていたのは分かっているが――いるのを見ると、気がそぞろになるのはいどうやっても否定できない。

 まして、あの倉持奈津美である。

 一月に勝手に宣戦布告してきたのは、今でも覚えている。

 あの時は、むしろ和樹を想ってくれる女性がいるなら、自分がいなくなってもいいなどとも思ったが、それが本心ではないのは自分自身分かっていた。

 和樹の隣は、誰にも譲りたくはない。

 ないのだが――それを大っぴらにするのは出来ないのだ。それで、今の生活が壊れるのは、白雪としてはもっと困るのである。


「白雪ちゃん……それっ」

「ふぇ?! ふにゃああああ!?」


 突然脇腹をくすぐられた白雪は、思いっきり変な声が出てしまった。


「み、みゆさん!? い、いきなり何するんですか!?」

「いやだって、声かけても返事しないし、ずっとしかめっ面してるし」

「え……あ、す、すみません」

「まあ分かるけどね。月下さん、倉持先輩に連れていかれちゃったし。っていうか、あの先輩、月下さんの事狙ってるよね」

「う……」


 研究室に参加してるとはいえ、知り合ってまだ二カ月程度の美雪に察せられるくらいには、やはり露骨なのだろう。

 白雪は自分自身が気にし過ぎなのかと思ったが、そうではないらしい。

 ちなみに本来プロジェクトメンバーではない美雪がこの合宿に参加してるのは、教授の配慮らしい。学部生の女性が白雪一人だけというのは不安だろうと気にしてくれたという。それについては本当に助かったが。


「なんていうか、面倒だねぇ。いっそ付き合っちゃえばいいのに、と言いたいけどそれができれば苦労ないしねぇ。何をどうやったらここまでこじれるのか不思議なくらい」


 さすがに美雪に、かつて和樹のことを父親だと思っていたことは言ってない。

 言えば納得はしてくれそうだが、さすがに恥ずかしいし、今更言う事でもない。


「放っておいてください……」

「そうなんだけどさ。友達が悩んでるなら力を貸してあげたくなる性分なので」

「あの、余計な事しないで下さいよ……?」

「変なことはしないって。でも、自然に二人っきりになる時間くらい作ったげるよ?」

「え」


 思わず美雪を見た。

 その美雪は、なにやら嬉しそうな表情を浮かべている。どう考えても、白雪の反応を楽しんでいる風だ。


「し、知りませんっ」


 ぷい、と顔を逸らした白雪は、美雪を無視してずんずんと歩き始めた。


「あ、待ってよ白雪ちゃん。悪かったってー」


 慌てて美雪が追いかけてくる。その気配を背後に感じつつ、白雪は少しだけそれがなぜかおかしくて、小さく笑っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 午後は予定通り、各自で仕事にとりかかっていた。

 白雪もメンバーとして、いくつかの資料のまとめなどの依頼を渡される。

 一階の会議室はさすがに十一人全員が集まって作業できるほどのスペースはなく、そこで作業するのは教授、和樹、渡、京子、奈津美。それに手伝いとしてあかねが入っていた。

 さすがに院生であるあかねを差し置いて白雪が手伝えることはない。


 ノートパソコンは全員持ってきているので、残りは部屋で作業となる。

 白雪に渡されたのは、関係資料のリストを渡されて、その抄録の作成を頼まれた。

 内容を読み込まないと作れないが、意外に難しい。

 美雪も同じ仕事を頼まれ、画面とにらめっこをしている。

 さすがに分からないことは当然あるので、その場合は質問していいとは言われているが、とりあえず出来るところまでやって、質問は後でまとめて簡潔にやるつもりで、二人は午後いっぱい仕事にまい進した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 本当に集中していたからか、気付いたら空が赤くなっていた。

 進捗としては予定よりやや早いくらい。不明点はまとめてあるので、とりあえず聞きに行こうかと顔を上げると、美雪はまだ画面を睨んでいた。

 途中、三時過ぎに一度全員で休憩と言われて食堂でお茶をした以外は、ひたすら仕事に集中していたことになる。


 さすがに同じ姿勢でずっとやっていたからか、少し体が強張っている気がした。


「みゆさん、進み具合はどうですか?」

「……ん? ああ、うん。順調かな……うわ、いつの間にこんな時間。集中していたんだなぁ」

「ええ。そろそろ夜ご飯の時間……」


 言いかけた時、コンコンという扉をノックする音が響いた。


「はい」


 白雪の返事を待って扉が開く。現れたのはあかねだった。


「こっちも一段落したし、今日はこの辺りでってことだけど、そっちはどう?」

「はい、こちらも一段落したところです。みゆさんも?」

「うん、大丈夫です」

「じゃ、温泉入ろっか。そんな大きくないから、部屋単位でって話で、最初私達でいいんだって」

「やたっ」


 美雪が嬉しそうに立ち上がり、白雪も内心は喝采を挙げつつそれに続いた。


 ペンション石清水の温泉はペンションの建物の外の離れになる。

 離れへは通路で繋がっているので、雨に濡れるなどの心配はないのだが、この地域の寒さだと真冬は湯冷めしそうだ。


 その、温泉に繋がる通路に出る扉の前に、誰かが立っていた。

 確か――。


「渕君?」


 名前が一瞬出てこなかったが、あかねはさすがに覚えているようで、それで思い出した。

 渕明。今回参加した中では、白雪、美雪と同じ学部生の一人で現在二年。白雪達同様、一年生から研究室への参加を認められていた学生だ。


「すみません。玖条さんにちょっとお話があるのですが」


 年齢的には一つ上だが、背はそこまでない。俊夫と同じかもう少し小さいくらいか。小柄という印象だ。正直に言えば、知らなければ同じ一年だと思ったかもしれない。


「私に……なんでしょう?」

「ここではちょっと。いいかな?」


 美雪とあかねが、「おや」という感じで顔を見合わせている。

 白雪もそれで、ある程度の目的は察することができた。大学に入ってからも何回かあったことではある。


「……はい、わかりました」


 二人に目配せして、先にお風呂のある離れに行ってもらう。これなら、多分ここでもいいはずで、彼もそのつもりのようだった。


「ありがとう。まあ要件は推測できるかもだけど……玖条さん、今好きな人いる?」

「えっと……?」


 その質問は少し予想外だった。

 たいていは『付き合ってる人がいるか』という質問から告白というパターンが多い。普通に考えれば確かにこう聞くことも普通だろうが。


「……いや、その前に誤解されると面倒だな。先に言っておくと、僕は君に告白しようというつもりはない。君は美人だとは思うけど、僕は彼女いるし」


 話が見えない。

 それだと先ほどの質問とはかみ合わなすぎる。


「僕じゃなくて友人に頼まれたんだ。脈があるか聞いてくれって」

「ずいぶん明け透けに言いますね」

「まあね。正直こんな聞き方するようなやつは、君は願い下げだろうって思うから、やめといた方がいいとは言ったんだけど」


 白雪は軽く目を見張る。

 確かに、自分で聞きに来る程度の気概もない人は、願い下げだ。どちらにせよ受け入れるつもりは全くないが。


「そうですね。……これでお返事とさせていただいても?」

「そうだね。脈がないってことははっきりしたわけだけど……」

「まだ何か?」


 正直に言えば、彼自身には好感が持てた。嘘をつかないタイプだと思えたのだ。

 とはいえこの件に関してはこれ以上話があるとは思えなかったので、本当に分からなかった。


「君が好きな人って、あの月下さん?」


 一瞬息が止まった。

 そしてその態度が、彼の言葉を何よりも肯定してしまっている事実に、慌てて取り繕おうとする。


「い、いきなり何を突然」

「大丈夫。多分気付いてるのは、男子では僕一人だと思う」


 そういうと、明は踵を返す。


「別に言いふらす趣味はないから安心して。ああ、でも来宮先輩とかはもしかしたら疑っているかもしれないけど」


 そういうと、通路の向こう側に消えた。

 ともあれいつまでも突っ立ってるわけにもいかず、白雪はややのろのろと離れに向かう。


 浴場に入るとすでに美雪とあかねはお風呂に浸かっていた。

 露天風呂風の屋根のあるお風呂で、こんな動揺した状態でなければちょっと嬉しいと思っていただろう。


「お先に頂いてるよー。で、やっぱ告られたの?」

「み、みゆさん!?」

「いやでも、私でもそうだと思うよ?」


 あかねもあっさりと追従する。

 白雪は一度ため息を吐くと、身体を軽く流してから、お風呂に入った。


「まあ……そうです、けど」

「で、お断りした、と」

「というか、別にあの方が交際を申し出たわけではなくて、誰かに頼まれて脈があるか聞きに来ただけのようです」

「何それ。意気地なしだなぁ」


 美雪の言い草はともかく、その意見には同意する。


「まあそう言ってあげないで。玖条さんホントに美人だから、気後れしちゃう子はいるわよ。今時の子はシャイだから」

「そうかもですけどね。でも私的にはそれはないなぁ。白雪ちゃんもでしょ?」

「まあ……そうですね」

「てきびしー。まあ、白雪ちゃん好きな人いるから、告っても無駄だろうに、男子は分からないんだろうなぁ」

「え!?」


 あかねがさらっと言ったことに、白雪は驚いて振り返る。

 そのあかねは、不思議そうに首を傾げた。


「いや、違ったら間抜けだけど……玖条さん、月下先輩の事好きでしょ?」


 思わず美雪を見る。白雪がここに来るまでに彼女が話したのかと思ったが、美雪はぶんぶんと首を横に振っていた。こういう場面で誤魔化すことをするとは思えないから、おそらく本当に話していないのだろう。


「いや、別に話題になってはいないけどね。でも見てれば解るわよ? 多分気付かれないようにって気を使っているんだろうけど、逆にそれが不自然になってるから、なんでだろうなぁ、って思ったらさ」


 白雪は思わず空を仰いだ。見えたのは屋根だが、隙間から星空は見える。


「まあ、正直に言うと確信があったわけじゃないんだけどね。なので今確信した感じ」

「……あう」

「わ、私は何もミスってないからね」

「てことは、春日さんも気付いてたの?」

「あー。その、私と白雪ちゃんは前からの知り合いで、それで別で聞いてて」

「なるほどねぇ。ま、他の男子は気付いてないと思うよ。渡とかは分からないけど、ある程度は上手く隠し通せているとは思うわよ?」

「あうう……」


 それでも白雪としては赤面するしかない。

 何より、研究室に入ってからまだ二カ月ほど。これでこれだけ気付かれているということは、遠からずみんなに気付かれるし、そうなれば和樹の耳にも入るだろう。

 それが一番困る。


「まあ、誰かに言うような話でもなし。それに月下先輩って、そういう話には興味なさそうだしね。憧れる子は昔っから多かったけど」

「そうなんですか?」


 かつて誠や朱里にも聞いた話だが、後輩から見てもそうだったらしい。


「うん。まあだから、気付いてもみんな『頑張って』って感じになると思うから。というわけで頑張ってね、玖条さん」

「あう……」


 ぶくぶくと顔を半分湯に沈めながら、白雪は火照る顔を何とか紛らわしていた。


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