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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
四章 夏の出会い

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第165話 できるだけの背伸びを

 ぷかぷか、ぷかぷか。

 浮き輪にはまって、白雪は波間を漂っていた。

 大きめの雲が出てきてくれたおかげで軽く陽射しは遮られ、灼熱の熱線が肌を焼く心配は少しなくなっている。

 一方で暑さは相変わらずなので、こうなると海の水の冷たさが気持ちいい。


 傍らを見ると、和樹がボードの上に上半身を乗せて、こちらも漂っていた。

 この何もしないでただぷかぷかとしているのが、何とも言えず心地よく思えた。


(……今更ですが、恋人同士ではないにせよ、海に来てやることとか全然考えてなかったですね……)


 カップルが一緒に海に行くのは定番のデートパターンだが、実際に来てみるとやることが思いつかない。全力で泳ぐというのは多分違うだろうし、そもそも海の危険性は白雪もよくわかっている。

 特にこの湘南の海は、すぐに深くなることで知られており、うっかり流されたら大変なことになる。


 せっかく和樹と一緒に海に来て、しかも頑張って水着を選んだのにと思うのだが――。


(でも周りに他に人いない状態で、のんびりするのも悪くないですね……)


 何もしないのもある意味贅沢とはいうが、まさにそれだ。

 それなら自宅でのんびりしてもいいという説もあるが、それよりは少しだけ建設的と思うことにする。


 実際、今回は水着選びについてはかなり頑張ったつもりではあるし、和樹の反応は期待通りではあった。

 白雪自身、佳織や美雪のように女性的なスタイルに恵まれていないことは十分自覚している。見るたびに羨ましいと思ってしまうが、ない物ねだりをしても仕方ない。思い返してみれば母である雪惠も、あまりそっち方面は恵まれていなかった気がする。


 その中でボリュームをごまかせて、かつ自分でもいいと思う水着を選んだ。

 なお、買ったのは駅前のデパートだが、軽く一時間以上悩んだことは和樹にはもちろん言っていない。

 本当は更衣室から出る時にラッシュガードを着ないで出てくるつもりだったのだが、他人に見られることも考えると、あまりに恥ずかしすぎたのであきらめた。


 それでも、和樹に見せた時の反応は悪くなかったとは思うが――恥ずかしかったのは一緒だ。

 容姿というか容貌に恵まれたという自信はあるが、裏を返せば首から下に関しては、自分は標準以下という自覚がある。そして水着というのはそちらをよりアピールするためのものだろう。


 ならなぜ海に誘ったのかと自問自答するが、やはり二人で海というシチュエーション自体に憧れがあったということだろう。

 実際、先ほどから緊張はしてるが、それがなぜかとても心地よい。

 何より、和樹のことが好きなのだと自覚できるのが、嬉しいとすら思える。


 気持ちを誤魔化して、諦めるしかないと思っていたのは、ほんの半年前。

 そのずっと前から和樹のことが好きだったという自覚はあったが、あの時の和樹の行動は、それまでのことがなくても恋に落ちたと思えるくらい嬉しかった。

 彼以外の男性を好きになるのは、不可能だと思えるほどに。


 ただ、障害は多い。

 決定的なのは今の関係性だろう。

 和樹があくまで白雪を娘のように考えている現状は、最初に自分でそうしてしまったとはいえ本当に厄介だ。

 そして和樹の倫理観を考えると、白雪をそう捉えている限り、絶対にこの恋は実らない。

 そうでなければ、そもそもこれまでにもとっくに『間違い』が起きている可能性が高いだろう。


 こうなると逆説的だが、色仕掛けに向いてない自分はよかったのかもしれないとは思うこともある。

 一緒にいるのが当たり前になっているのは確かで、和樹も多分、いつまでもこのままでいいとは思っていないだろう。

 いつか白雪を嫁に出すなどと言いそうではあるが。


 とにかく今は、『娘』ではなく対等の相手として見てもらわなければならない。

 ただし色仕掛けは自分が凹むだけなので、するつもりはない。

 今日の水着が精一杯だ。

 一応、成人になったわけだし、できるだけ頑張ったわけだが、効果がどの程度かは――全くなかったとは思わないが――わからない。


 そのうち、朱里やその夫である誠、それに妹の美幸などにも話は聞いてみたいとは思っている。さすがに会うきっかけの方が難しいが、できることは何でもやるしかないのだ。

 その中で、無理が出ない程度に背伸びをして、それで少しでも和樹から白雪への見方が変わってくれることを願うしかない。


(時間との勝負……ですし)


 和樹はあと二か月ほどで二十七歳になる。

 昨今結婚が遅いと言われてるとはいえ、さすがにそろそろ考えてもおかしくない年齢であり、そしてあのプロジェクトに限っただけでも、魅力的かつ相手にしても不思議はない女性が複数人いる。

 特に倉持奈津美がはっきりとアプローチをしているのは、白雪の目にも明らかだ。

 もっとも、白雪と同じように彼女も和樹にとってはそういう対象にされていないからか、今のところ盛大に空振りを続けているが。


 ふと顔を動かすと、和樹がボードの上でまったりとしているのが見えた。

 白雪の視線に気づいたのか、少しだけ笑ってくれたが、そのまま動かず、波に揺られている。

 陽射しがあったら日焼けを気にするところだが、まだ雲が抜けるまではありそうだ。

 少し波が高くなってきた気がして、白雪が手を伸ばすと、和樹がそれを取ってくれた。そのまま、なおもぷかぷかと揺られていると、何とも心地よい。


「もうしばらくこのままでもいいですか?」

「ん? ああ……そうだな。なんか気持ちいいしな」


 言質を取ったので、握られた手に力を籠める。

 他に誰もいない洋上。

 少なくともこの時間、和樹を完全に独り占めにできていることは、白雪にとってとても嬉しく思える時間だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 砂浜に寄せる波が崩れる音が、静かに響いていた。

 まだそれなりの人がいるとはいえ、さすがに夕暮れになって少しだけ減ったように思う。

 時刻は午後六時過ぎ。先ほどスマホで確認した日の入りの時刻が午後六時半過ぎだったので、もうすぐ日の入り。

 ここの海岸は西側に向いているので、はるか向こうにかすかに見える伊豆半島のあたりに太陽が沈んでいく。

 赤く輝くそれは、神秘的ですらあった。


「きれいですね、和樹さん」

「そうだな。こういう時間も悪くないな」


 結局、お昼を挟んでずっとここに滞在していた。

 あの後定番で砂浜で城めいたものを作ったりして遊んでみたら、どうやら白雪も和樹も、少なくとも立体物の構築センスはなかったようで、よくわからないものが出来ただけであったが、それも楽しかった。

 さすがに夕方前には疲れたのもあって海遊びは終えて、そのあとは周辺を巡っていたが。すぐ近くに神社などもあって、意外に見て回れるスポットがあったのだ。


 そして夕暮れになって、もう一度レジャーシートを広げて、砂浜の上から二人並んで座って、夕陽を眺めている。


「今日はありがとうございます。とても楽しかったです」

「そうか。俺も楽しかったよ。海で何も気にせず遊ぶのは久しぶりだったしな」

「前回は保護者面が強かったですものね」


 言い換えれば、今回はそこまで保護者としての立場を意識してなかったということになる。それは白雪にとっても嬉しい。


 ちなみに、今回は男性に全く声をかけられないということはなかった。

 さすがに二人で洋上にぷかぷか浮いていた時は声をかけられなかったが、和樹が席をはずして、白雪だけパラソルの下で休んでいた時に二度、白雪がお手洗いに行って戻ってくるときに一度、見知らぬ男性に声をかけられた。

 が、どちらもすぐに和樹が来てくれたので事なきを得ている。

 本当にいつでも見てくれてるのは嬉しいと思う一方で、ほぼ確実に保護者だからという認識で見ているのだろうとは思うが、それでも和樹が現れた時の相手の男の反応は明らかに勘違いしてくれていたようなので、はた目にはそう見えるのだという事実は何気に嬉しかった。


「しかしさすがに、少し疲れたかな」

「運転して帰る必要がありますが……もう少しのんびりします?」


 日が暮れてくる、さすがに都心部とは違い、気温が下がってくる。

 砂も昼間は暑いくらいだったが、今は気温よりむしろやや低いと思えて、心地よいくらいだ。


「まあ地平に沈むくらいまでは見てていいだろう」

「はい。そうですね。とてもきれいですし」


 そのまま並んで、二人で夕陽を見る。

 遥か向こうの地平に太陽がかかり始めると、そこから目に見えて太陽が欠けていき、地平の向こうに隠れていった。

 太陽が動いている――正しくは地球が回っている――のを本当に実感できる。


 そのままじっと見ていると、やがて完全に太陽が地平に沈み、見えなくなった。あとはその残光が赤く空を染め上げている。


「沈んじゃいましたね、和樹さん。……和樹さん?」


 ふと横を見ると、和樹が目を閉じていて、反応がない。


「えっと……?」


 顔を近づけてみると、小さく呼吸音が聞こえる。どうやら眠ってしまっているらしい。時折首が、文字通り舟をこぐように揺れている。

 かなり絶妙なバランスのようで、膝を伸ばして座っているが、ともすると左右どちらかに倒れそうだ。

 完全に寝入ってるようで、軽く触れてみても反応がない。


「……倒れて頭打ったら大変、ですよね」


 誰に言い訳してるのかという言い訳をすると、白雪は和樹の肩を引き寄せる。

 バランスが崩れた和樹は、そのまま倒れこむが、その前に頭を手で支えると、自分の体勢を少し変えて、和樹の頭を膝上に置いた。


「去年のお花見のリベンジですね、うん」


 誰に言うでもない理由付けを思わずしてしまう。


 その体制になっても起きる様子がないので髪を触ってみると、海水で濡れた髪は、ちゃんとシャワーで流しているとはいえやはり少しゴワゴワしていた。

 今日の白雪の服は、裾の長い白いワンピースなので、素足に直接髪が触れることはないが、そうでなければちょっとくすぐったかったかもしれない。

 それはそれでありかもだが。


 ふと頬に触れてみると、少しだけひんやりとしていた。

 日が落ちて急激に気温が下がってきたからそう感じたのかもしれない。


「ん……」


 和樹の身体に力が入る。

 やりすぎて起こしてしまったと思ったが、和樹はわずかに体をよじると、体を少し動かし、空を見上げる体勢になる。

 そのおかげで、和樹の顔が正面から見えた。


「……こんな間近で寝顔見るのは、あの時以来ですね……」


 和樹が疲れてソファで寝てしまっていた時。

 あの時しようと思ったことは――残念ながらこの体制ではちょっと難しい。

 それに、いくら暗くなっているとはいえ、外でそういうことをやる勇気はさすがにない。

 膝枕ならいいのかという説はあるが。


 ふと思って、頬に触れてみると、思ったより柔らかくて、ぷに、と凹む。


(なんか、可愛い)


 思わずそのまま、ぷにぷにとつついてみる。

 成人男性の頬に触れるなど、おそらく父以来の話だ。

 当時のことはよく覚えていないので、実質初めてといってもいい。

 なんとなく男性は頬も固いと思っていたのだが、そのぷにぷとした感触は女性のそれと比しても全く遜色がないと思えた。


 ちょっと楽しくなって白雪がぷにぷにと続けること十五分。

 結局それで和樹が起きた時、白雪は恥ずかしくて、和樹は和樹で膝枕されていた事実に動揺し、どちらも薄暮の薄闇の中でもわかるほど、顔が赤くなっていた。


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