第164話 二度目の海水浴
「海水浴?」
突然の白雪の申し出に、和樹はやや困惑気味に訊き返した。
「高校二年生の夏に一緒に行っていただけましたが、また行きたいな……と思いまして。その、スケジュールが合えば、ですけど」
和樹はそう言われて黙考した。
現在、十月のプロジェクトの正式開始に向けての準備中の期間。
当然それなりに忙しくなっているが、どちらかというとその主たる業務は関係各方面との調整であり、作業が忙しいというのは少ない。
作業関連は、お盆辺りに予定されている合宿で一気に片付けることになっている。
そして、企業が夏休みに入るこの時期は、そう言った業務もむしろ七月よりは沈静化してくるわけで、要するに少し時間がある。
そのため、大藤教授もこの時期に休みを取るようにと推奨してきていて、その伝言をまさに今白雪から受け取った直後、海水浴の誘いを白雪からされた。
さすがに大学生ともなれば、親(代わり)の同伴の必要はないという気はしなくもないが、一方で白雪が一緒に行くとなると、高校の時の友人か、大学に入ってから一緒にいる時間が増えた友人たち。
前と同じだが、ナンパなどを考えると――心配になるのは否めない。
「……どういうメンバーを考えているんだ?」
「えっと……できれば二人きりで行きたいな、と」
「え」
確かに親子で海水浴というのは普通にある。
だが、本人たちの認識はともかく、周りから見れば違う。
もっとも、前回の様に揶揄われる要因がないなら、いっそ親子の海水浴と開き直ればいいといえばその通りではある。
墓参りの帰りに、『親子デート』と称して結局食事の後に別の駅まで行って、美術館に二人で行ってきたばかりだが。
元々、二年前の海水浴も最初は白雪と二人だけの予定ではあった。
それが急遽人が増えた挙句に現地で誠たちまで合流となったのだが。
(あの時のをやり直すと思えばいいか――)
休みは今から申請しても取ることができるだろう。
別に親子で海に行くくらいは普通のことだ。
とりあえず和樹は、そう思うことにして――。
「まあ、二年前に急遽人が増えなければ二人で行ってたしな。それのリベンジか」
「あ、そ、そうですね。うん、今度は私も、ちゃんと口を噤みますっ」
なぜか妙に気合の入ったような白雪が面白くて、和樹は思わず笑いだしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
八月の平日。
和樹は休みを申請して受理された。
微妙にお盆には早く、かつ週の半ばのため連休に結び付けられる日程でもない。
行ったのは二年前と同じ海岸。
相変わらず車でなければ行きづらい海岸で、小型車をレンタルして、しかも少し早めに行ったおかげで、渋滞などにも巻き込まれず、すんなりと到着した。
「人の数、前と同じくらいですね」
「そうだな。まあ期待通りではあるが」
少なくとも砂浜にびっしり人がいる状態にはなっていない。
閑散としているというほどではないが、混雑しているというほどでもない。
とても程よい感じだ。
アクセスが非常に悪いのが、逆に人が地元の人を除けばそこまで多く来ないという点では、非常に助かる場所でもある。
時刻は九時。気温が上がるのはこれからだろうが、現時点で気温はおそらくもう三十度を軽く超えている。
とりあえず二人は着替えスペースのある施設に移動した。
「それじゃあ、あとで」
「ああ、多分先に出て待ってる」
迂闊に目を離せばナンパされないかという心配は、やはりある。
なので和樹は早々に着替えを終えて、すぐに出てきた。
外に出ると、夏の太陽が容赦なく照り付けてくる。
立っているだけで、汗がじわじわと吹き出してくる。
「今日も暑そうだな……まあ、絶好の海水浴日和とは言えるか」
「お待たせしました、和樹さん」
背後から声がして振り返ると、白雪が立っていた。
髪はきれいに編み上げていて、見た目の印象が異なる。
水着は着ているのだろうが、裾が長めのラッシュガードを着ているので、水着のデザインは見えなかった。
といっても、すらりとした白い素足だけでも、目に眩しく映る。
「あ、その、さすがにちょっと恥ずかしいので、あとで、上は脱ぎますが……」
「いや、いいと思うが。陽射しも強いしな」
正直に言えば、どういう水着を着ているのかが気になる一方、あまりに魅力的過ぎる可能性を考えると、見るのが怖いというか、他人に見せたくもないというような気持にもなる。
(……って、何を考えてるんだ、俺は)
「和樹さん?」
「何でもない。とりあえず……まだ人が少なめだしな。今のうちに海に行くか……と言っても、俺も海の楽しみ方なんてあまり知らないんだが」
「そうなんです?」
「海なし県の長野出身だからなぁ、俺は」
「そういえばそうですね……」
「直近、沖縄に行った白雪の方が詳しい気がするくらいだ」
「沖縄の海とここで同じことができるとは……」
「冗談だ。まあ、のんびり揺られるだけでも気持ちはいいだろうしな」
とりあえずパラソルをレンタルして、レジャーシートの上に荷物を置く。
一応それが見える範囲で楽しむことにした。
前回と違い、片方が荷物番をしているというわけにもいかない。何より、白雪はすでに注目を集めている。
「前も思いましたが、ここって水が凄いきれいですね」
「確かにな。人が少ないからというのもありそうだ」
沖縄の海ほどではないが、透明度が非常に高い。
都心からそう離れていないことを考えると、驚異的だ。
お約束で浮き輪とボードをレンタルしている。
とりあえず和樹がボードに、白雪が浮き輪につかまりながら進み、足がつかなくなる前に、白雪がラッシュガードの前を解いた。
白雪が着ているのは、ビキニタイプの水着。
といっても、フリルが付いている――バンドゥフリルという名称らしいというのは後で知った――もので、体の線を過剰に強調するようなものではない。
とはいえ、以前の水着とは違い、胸元は大きく開いていて、何よりものすごくよく似合っていた。
「ど、どうでしょうか……変じゃないとは思うんですが」
「すごく似合ってるとは、思う。いいんじゃないかな。まあ、かなり目に毒という気はするが」
「あ……えと、ありがとう、ございます」
白雪が、日焼けでもしたのかというくらいに真っ赤になっていた。
ただ、和樹としてもまじまじと見るのはちょっと控えるべきだと思える。
純粋に魅力的過ぎた。
あえて言うなら、本人もやや気にしているようだが、白雪のスタイルはかなりスレンダーだ。女性的な、いわゆるメリハリのある体形というわけではない。
ただそれは、彼女にとってはその魅力をいささかも損なうことはないと思えた。
言い換えれば、現実離れした美しさ。『妖精のような』という表現が本当に当てはまると思わされる。
高校生の時はまだどことなく幼さがあると思えていたが、もう成人。
さすがにそのような幼さは、ほとんどない。
「ま、まあとにかく……のんびりするか」
「は、はい」
それぞれ浮き輪とボードにつかまってぷかぷかと浮く。
夏の陽射しは暑いが、海が適度に冷たかったのもあって、とりあえず二人はのんびりと海に浮かんでいた。




