突撃ヒャッハーマーケット 1
一夜が明けた。
長い一夜だった。
いやまあ、いろいろプレイヤーが主人公補正というか、いろんな所で「いいとこ取り」してるのは、昨日の夕方の時点で判明していた。
まさかここまでとは、さすがに思わなかったが。
至上のリアリティを謳うこのゲームは、プレイヤーキャラに睡眠の義務を課している。
具体的にはペナルティだ。
あんまり眠らないとパラメータ、つまり能力値にマイナスが科され、三日ほど徹夜した日には、ほぼ行動不能になる。
当然、自宅にはベッドが完備されているし、最悪の場合でも、そこら辺に野宿することはできる。できる、が……それはプレイヤーキャラに限った話だ。
「横になれないのが、まさかこんなに辛いとは思わなんだ」
朝八時、俺は粗末なパイプ椅子にげっそりと寄りかかる。
この小屋、確かにプレイヤー用の自宅なのだが、実は思わぬ欠点があった。
仲間用のベッドが用意されてない。椅子はあるのだが、デフォルトの仕様ではベッドは一つしかない。そして理不尽なことに、そのベッドにはあの憎き「主人公専用」の属性、つまり設定がされている。
簡単な話、添い寝不可だ。
シィがベッドに横たわってから小一時間、あれこれ何とか努力してみたものの、俺はどうやってもベッドに寝ることができなかった。まるで見えない壁があるがごとく、完全に弾かれる
これが主人公なら、適当に床面を指して「野宿コマンド」を選択すれば、そこら辺の床に横になることもできるのだが、ただの仲間キャラたる俺にそんな便利機能はない。システムの許す範囲でできることは、椅子に座るだけだ。
そして一脚しかない椅子を巡り、俺とシャイナの間でケンカが勃発。
当然のように俺の勝ち目はゼロだ。
むしろ最後の方など、シャイナにぶちのめされ、リスポン待ちで床に延びている時間だけが、唯一の安息だったと言っていい。
これだけ熱いバトルが展開されていても、シィはまったく起きなかった。
起きるはずもない。睡眠のプレイヤー側待ち時間は、たったの十数秒。
俺が十時間以上、一睡もできずにシャイナにフルボッコされていた頃、あいつはたった十秒ちょっと待たされただけだ。
不公平、ここに極まれり。
「はいこれ、フッチーの分」
そう言ってシィに渡されたのは、小さなパンがひとかけら。
これが朝食……俺涙が出てきそうだ。泣けないけど。
「食べないと持たないわよ?」
シャイナがそう言うが、こんなもの食べたって持たない。毎日この調子なら、一週間後には確実に餓死する。
「ま、空腹ペナルティなんてプレイヤー特権だから、食べなくても死にはしないわよ。死ぬほど苦しいでしょうけど」
シャイナが慰めるように肩を組んでくるが、俺にとっては余計に消耗を早めるだけだ。
光るゾンビにベタベタされて嬉しくなる、いや生きた心地のする人間なんて、いるわけがない。
「えーっと……まずは町の近場で狩りをしましょう、か……」
シィがさっきからブツブツ言っているが、あれはおそらく、このゲームの攻略本を読んでいるに違いない。
机の上に置きっぱなしだったのを見つけたのだろう。
もちろん、内容なら全て暗記済みだ。
初心者の行動その一。まずは町の近場で狩りをして、お金を稼ぎましょう。お金がないと、装備弾薬そして食料が買えません。
「よし、狩りに行こう。フッチー、シャイナ、一緒に来て」
命令に拒否権はない。俺は警棒を手に、二人に続いて小屋を出た。
世紀末と狩り、一見あんまり繋がっていない単語に見えるが、考えてみてほしい。諸君が、そして昨日までの俺も気軽に食ってたハンバーガーやホットドッグ、あの肉がどこから来るのかを。
答えは簡単、牧場だ。
そしてもう一問。
文明が全て滅びた世界に、牧場なる便利なものがあるだろうか。
答えは否だ。
いや、実はあるのは知ってるんだが、それはここから遠い所にある。
少なくともこの周辺では、腹一杯のステーキなんかとは無縁の生活が営まれている。そんな人々の唯一のタンパク源とは、すなわち、そこら辺のモンスターの肉だ。
そんな肉を手にする手段は、狩りしかない。
実力さえあるなら、モンスターの徘徊する荒野は食料庫に等しい。
実力があるなら、ね。
「ひぃいぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! お助けぇぇぇぇぇっ!」
雑草伸び放題のアスファルトの上を、俺は必死に逃げ回る。
警棒一本でごつい野犬に立ち向かうのは、ヒノキの棒で魔王に立ち向かうのと一緒だ。ひたすら逃げ、距離を取り、隙を見ては一撃入れてまた逃げる。このくり返しだけが、唯一の対抗策になる。
そう、俺が今しているように。
「お前ら援護しろよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
俺が野犬に追いかけられているのを、二人は遠巻きに眺めるだけだ。
「弾がもったいない」
「頑張ってフッチー」
薄情者二人が手を振るが、俺には文句を言う余裕も、そして残りヒットポイントもなかった。
足をがっぷりと噛まれ、振り回され、石に叩き付けられる。
はい、これで今日一回目のリスポン。
昨日の戦闘で味をしめたのか、シィの奴、俺のことを生きたデコイ扱いしている。弾がもったいないという言葉通り、野犬五頭をしとめる間に奴が撃った弾はゼロだ。
ほぼ全て、俺がターゲットを取り、誘導して、あいつらが物陰から叩きつぶす。
かつては住宅地だっただろう廃墟群。廃墟マニアなら感涙ものの光景の中で、俺は昼過ぎまで野犬のおやつにされ続けた。
幸運が巡ってきたのは、五頭目の野犬がくたばった直後だ。
俺は見覚えのある廃墟を見つける。崩れかかった青い屋根の家。
この家には、確か開けっ放しの金庫がある。中身は、武器と弾薬、そして金目のもの。
幸いシィたち二人はよそ見している。距離も近く、リスポンで呼ばれる危険もない。
俺の行動は素速かった。
廃墟に忍び込み、まっすぐ二階を目指す。はたして目的の金庫は、何度も見つけたように崩落寸前の書斎にあった。
壁に据えつけられた金庫を開けたとき、俺は感動でその場にへたり込んだ。
狙撃銃、拳銃、そしてナイフ。ボロボロの警棒より百倍マシな品物の数々。
そして百ドル紙幣が三束、これは換金用だ。世紀末ではケツ拭く紙扱いの紙幣だが、それでも価値がないというわけじゃない。小銭くらいにはなる。
主人公補正の無い俺が、これを全てネコババするのは目だちすぎる。
狙撃銃なんてどこに隠していいかわからないしな。
俺は一計を案じ、ナイフと拳銃を服の中にしまい込み、札束は一束をパンツに、他の二束はこれ見よがしにポケットに入れる。
そして狙撃銃は……断腸の思いでこれを手に持ち、廃墟を出た。
案の定、俺はすぐに二人に見つかった。
「フッチー、何見つけたの」
シィが寄ってくる。俺は予定通り狙撃銃を捧げ持つ。
「シィ、こんないいものがあったぜ!」
どうよこの作戦。目だつ物を生贄にすることで、真のお役立ちアイテムであるナイフと拳銃は、みごと俺の手に残るって寸法だ!
「うん、全部出してフッチー」
「えっ?」
「出せよフッチー」
「……はい」
全部差し出しましたとさ。
夕方、俺たちは町へと帰り着いた。
今日の獲物は七頭の野犬。肉だけでもそれなりの額になるし、さらに毛皮、牙と、これだけあればちょっとは楽になる……シィがな。
町の雑貨屋にてシィが取引を行う間、俺はトタンのベンチに座って一息つく。
ちなみにシャイナは、シィの取引に付き合ってる。オールパラメータ100%なら、今ごろぼろくそに値切り、最高値で売りつけている頃だ。
俺はふと、尻に違和感を覚える。パンツに手を突っ込むと、何たる偶然か、昼に没収されたはずの札束のうち、数枚が手に触れた。
緑の札をそっとつかみ出して、俺はしげしげと眺めた。
はたして、この数枚でどれだけの値打ちがあるものか。現実なら銀行に持っていけば三万円ぐらいにはなるだろうが、ここは世紀末が舞台のゲームだ。
いや、札束が小銭になる程度だから、この三枚でも、ひょっとしたら一チップにはなるかもしれない。
ちなみにチップってのは、このゲームの通過だ。金属製のメンコみたいな奴で、この世紀末では通過の代わりになっている。
とにかく物は試しだ。
俺はこっそりと雑貨店に入りこみ、物の棚をゴソゴソやっている店主の少女に話しかける。
「よぉ、ちょっといいかい?」
「あらなに、新しいお客さん?」
「そうそう、こいつを換金したいんだけどさ」
と言って、俺は例の紙幣を差し出した。
店主の少女はそれを手にとり、ついっと首をひねる。
この仕草が可愛いというので、熱心なファンがついているキャラだ。俺のMOD改造の結果、今では赤髪ポニーテールのかわいい系美少女になっている。
そんな美少女は俺に札を返し、にこっと笑ってこう言った。
「ごめんなさい。厚さ一センチ以上じゃないと、取引できないの。何かいい物見つけたら、また持ってきてね」
「あ……そうなの」
俺は肩を落として店を出るなり、紙幣を風に散らした。
やっぱり、ケツ拭く紙にもなりゃしなかったよ。




