ようこそ世紀末へ 5
このゲームの背景設定をざっと説明しておく。
といっても、世紀末と言ってみんなが思い浮かべるものと、たいして違いがあるわけじゃない。
21XX年、地球は核の炎に包まれた。
高度な文明は一夜で壊滅し、地球は様々な汚染物質によって死の星となった。
そして150年後、かろうじて生きながらえた少数の人類は、突然変異した動物や、暴力を頼みに略奪をはたらく者たちに怯えながら、汚染された大地で日々の命を繋いでいた。
な、簡単だろう?
当然、この世界の約束は一つだけだ。
力こそ正義。
ってことはだ、力の無い奴は、つまり何されても文句は言えないって事だ。
そう、俺のように。
「つ、ついたぁ……」
情けない声を上げ、俺は地べたに座りこんだ。全身に犬の歯形がついている。
もちろんクソ痛い。
目の前には鉄屑でできた高い壁。
そして、足下には馬鹿でかい野犬の死体が三つ。いわゆる戦利品、換金できるアイテムだ。
言っておくが、一頭につき軽く四十キロはありそうな犬だぞ? ここまで引きずってきた俺の苦労がわかるか?
安心しろ、俺もゲームをプレイしている時はわからなかった。仲間に持たせる、ってコマンドが、よもや本当に持たせることだったとは。
これはたまらん。
ちなみに、もうシナリオの束縛は解けている。なのになぜこんな目に合っているのかというと、簡単な話、逃げられなかったからだ。
俺が主人公、いやシィの奴の視界から外れると、百メートルと離れないうちに、あいつの側に引き戻される。もちろん例のリスポン法でだ。
大木にぶつかったときは、冗談抜きで一瞬脳みそがとんでいった。
さらに輪をかけてまずいことに、シィの奴が、言うことを聞かせる方法を完全に誤解しやがった。
というか俺ですら見たことがない、あの「仲間を撃て矢印」! 俺が何か否定するたび、あれが頭の上に浮かびやがる!
ここにたどり着くまでにシィが撃った数は、敵よりも俺の方が多い。
そして俺が撃たれるたびに、ゾンビ女、シャイナの顔に浮かぶあの笑い。
絶対何か知っている。
何か知っているのだろうが、あまりにも見た目が怖くて、正直近寄りたくもない。今だって、夕暮れに煌々と光を放ちながら、ニヤニヤと笑ってこちらを見ている。
「ここが最初の町、ボムシティよ」
シャイナがそう言って、シィを連れて扉を叩く。
俺は息を切らして百キロ近い犬の死体を引っ張り、その後に続いた。
それにしても最初の町、と来たもんだ。
怪しいなんてものじゃない。そもそもこのゲーム、自由度の高さが売りなので、そこらのRPGと違って「最初の町」という概念がない。
一応、いちばんシェルターに近いのはこの街だが、たいていのプレイヤーはここにたどり着くまでに、迷って一回は野宿する。
それをあのゾンビ女は、迷うことなくここへシィを案内した。
つまり、あいつは純然たるゲームキャラじゃない。
とはいえ、多人数プレイを前提としてないこのゲームには、他のプレイヤーというのは有り得ないので、キャラじゃないから何かと問われても答えられないが。
「シィ! 頼むちょっと待ってくれ! 兄貴を置いていくな!」
俺は叫ぶが、シィは呼ばれたことにすら気づかない。
さっきからずっとこうだ。
俺は自由になってすぐに、シィに事情を説明しようとしたが、何を喋ってもシィは反応しなかった。
代わりにシャイナが走ってきて、ぞっとする笑いを浮かべて俺を見る。
「無駄よ、フチオミ君。プレイヤーには、都合のいい言葉しか聞こえないの」
「何だと! いや、お前には聞こえたのか? お前はプレイヤーじゃないって事か!?」
「あら、そのくらいは頭が切れるのね。でも、だからどうしようって言うの? シィちゃんには、あなたがフチオミ君だって事を、言葉では説明できないわ。あなたがどうがんばっても、状況は変わらないの。脇役くん」
「クッソ!」
犬を手放し、警棒に手をやる。
ところが俺の手を、シャイナはサッとつかむとひねり上げた。死にかけの見た目からは想像もつかない、常識離れした腕力だ。
「いってぇぇぇっ!」
「言い忘れてたけど、私のパラメーター、全部100%越えだから。まだ1レベルも上がってないあなたに、勝ち目なんて無いのよ?」
「ウソだろ? 全部100%越えなんて、そんなキャラいねぇぞ!」
「いるわよ、世界に一人だけど……ああ、今は二人ね」
シャイナは腕を放すと、腕を組んでキッパリと言い切った。
「とにかく、町に入るのが先よ。私はともかくあなたたち二人は、野宿する前に新鮮な肉になっちゃうわよ」
「畜生! 覚えてろゾンビ女!」
口でどうこう言ったところで、能力値の違いは埋まらない。新鮮な肉、つまりモンスターのエサになりたくなければ、ここは黙って従うしかない。
俺はしおらしく犬を担ぎ、黙って二人の後に従った。
「お前ら全員皆殺しだぁ!」
ああ、これで何度目か。町の顔役、カウボーイ気取りの保安官がライフルを抜き、犬を担いで身動きを取れない俺の眉間を、軽やかに撃ち抜いた。
犬がクッションになって倒れる時はやんわりだったが、すでに死人にである俺には、固かろうが柔らかかろうが関係はない。
こうなった原因は簡単、主人公であるシィが、挨拶もそこそこに保安官を挑発しまくり、彼の堪忍袋を破裂させたからだ。
一応言っておくと、この「町に入るイベント」は初心者向けだ。
会話の選択肢は簡単で、相手を怒らせる選択肢にはご丁寧にマークまでついている。どんな初心者でも、むしろ初心者であればこそ、すんなりと町に入れてもらえるのが普通だ。
それがこの体たらく。
保安官はシャイナに襲いかかられ、自称100%越えの腕力でもって、首を引っこ抜かれている。
脊椎が千切れてプラプラしている所など、作り込みに感心したくなるが、自分の頭が吹き飛んだ今となっては逆に恨めしい。せめて、眼球は左右同じ所に落ちてほしかった。右と左で見えるものが違うので、とても混乱する。片目を閉じようにも、目蓋はまた別の場所だ。
そしてシャイナが暴れ回るのを、ケタケタ笑いながら見ているシィ。
無表情に笑い声は怖いが、そこは気にしないことにしてやろう。
っていうか、さっきからこの妹、絶対わざと交渉決裂させてるだろ? カウボーイは三百年前に死んだ、とか、カウボーイ気取りに言うか普通?
いかにも世紀末なバラックの集まり。
これでも普通ならにぎやかな街並みなのだが、今は単なる虐殺現場だ。自称オール100%越えのシャイナにかかれば、ただの村人などきせかえ人形と同じだ。あちらで手足が飛び、こちらで人がバラバラになる。
心が痛むが、その昔似たようなことをやった記憶があるので、正直人のことはどうこう言えない。ロケットランチャーで村人無双。皆さんごめんなさい。
やがてシィがひとしきり笑い終え、ぼそっとつぶやく。
「ああ、おもしろかった。さて、ロードしよ」
来るのか、あれが。
シィが腕に嵌めた手にはまった小型コンピューターをいじる。
その瞬間、全てが巻き戻り始めた。
シャイナに虐殺された人々が起き上がり、所定の位置へ飛んでいく。保安官の首がはまり、シャイナの身体についた血糊が霧散する。
そして俺も、バラバラの頭部が繋ぎ直され、また重い犬を担ぎ、道を後ろ向きに戻って、ゲートの所に立たされる。その間中、俺の意識はあるわけだ。
これはちょっと精神に来るものがある。
さっきから何度も、シィは「セーブ&ロード」をくりかえしている。
最初こそ驚いたが、さすがに十回以上同じスプラッターシーンを見れば慣れる。ついでに、十回以上撃たれれば、弾の感触にも慣れる。
慣れたからどうかと聞かれれば、やっぱり気色悪く、痛みもすごいわけだが。
時は完全に巻き戻り、俺はまた、重い犬を背負って町のゲートをくぐった。
横でシィが鼻歌交じりに言った。
「はぁー、堪能、堪能。そろそろ町に入るかねぇ」
やっぱりこいつ、わざとやってやがった。




