ようこそ世紀末へ 4
俺たちの前に大きな鉄扉が姿を現したのは、それから三十分後のことだ。
ちなみにここまで、俺が死ぬこと四回を数えている。
我らが主人公様は何を勘違いしたのか、戦闘チュートリアルをガン無視して、俺が特攻するまで牛歩戦術を取りやがった。
俺は拳銃どころか防弾チョキすら渡されないまま、銃持ち警備員二人に射殺され、配管をうろつき回る巨大ゴキブリに噛まれ、さらにMODで出現させた巨大ムカデに絞め殺された。
くそ、あのMOD、本当は主人公を締め上げさせてアンアンさせて、ちょっと楽しむ予定で入れたはずなのに。
俺はアンアンどころか、口から内蔵が飛び出しそうになったぞ。主人公補正がないと、即死級の締め付けだったとは、迂闊だった。っていうか当分俺、虫はトラウマだよ。あの足が、あの足が!
しかし、それもここまでだ。
この扉さえ開けば、俺はシナリオの束縛を離れて自由に動ける。
そうなれば主人公、そして、それを操る「かの人物」に別れを告げて、いったいなぜこの世界に来ちまったかを、じっくり探せるはずだ。
見つかるかはわからないが。
ともかく、この扉にはパスワードが設定されている。幸い、それは主人公がゲームスタート時に手に入れているはずだ。
(主人公、さっさとパスワードを入れて、この扉を開けようぜ!)
「ヌコ! パスワードはシャイナが持ってくるんだよな!?」
(……あれ?)
ちょっとはシステムと合わせてやろうと、聞き馴染んだセリフを言ったはずの俺は、見事に自分の、いやフッチーの口に裏切られた。
おかしい。そんな台詞はないはずだ。
記憶をひっくり返してみるが、さっきのセリフはどこにもない。というか、シャイナなる登場人物に心当たりがない。
自慢じゃないが、俺はこのゲームの登場人物を全て暗記している。
そこら辺の町娘Aに至るまで、名前と顔を一致させられる。ところがその、盤石の脳内データベースをいくら漁っても、シャイナという人物は出てこない。
(どゆこと?)
「早くしようぜ!」
俺の呆然たるつぶやきも、フッチーにかかれば暇つぶしのアイドリング音声に変わる。
そのときだ。
床板が持ち上がり、それが顔を覗かせた。
「ヌコ! フッチー! ごめん、パパの所からくすねるのに遅くなっちゃった!」
俺は全力で床板を踏みつけた。
「ちょ、フッチー!? 何すんのよ、シャイナよ! 幼馴染みのシャイナよ!」
「おっせえよ! こんまま締めちまうぞ!」
(俺に「ゾンビ」の知り合いがいるかよ!)
そう、床下から現れ、可憐な少女の声で話すそれは、あの光り輝くゾンビだった。
この世界は一応ゲームとして、モンスターが存在する。ここに来るまで倒した巨大昆虫はもちろん、野犬、クマ、謎の生き物など、その種類も豊富だ。そのなかには人型モンスターもいて、汚染された人間のなれの果てたる「ゾンビ」はその最たるものだ。
一応、人間として理性を保ったゾンビキャラクターもいるが、十中八九こいつはモンスターのゾンビだ。それも「光り輝くもの」という、中級以上の強敵。
待っていては、座して死を待つに同じ!
(殺られる前に殺ってやる!)
「オラどうした! 上がって来いよ!」
俺の心の声に応えてくれたのか、フッチーが戦闘状態の声を上げる。
その調子だ! 俺は警棒を振りかぶる。
と、そこで、自分の頭上に輝く矢印と「SHOOT!」の表記を発見する。
「はい?」
パン!
主人公が撃ち、俺が飛ぶ。
右胸に空いた風穴を感じながら、俺はその痛みよりも、むしろ疑問でその場に崩れ落ちる。
(なんで?)
目の前で、床板を跳ね上げゾンビがはい出してくる。モンスターには珍しく、ちゃんと作業服を着ていた。
「シャイナ! パスワード持ってきた?」
「バッチリよヌコ!」
ドクドクと鮮血を垂れ流す俺の頭上で、主人公とゾンビがシナリオ的な会話を交わす。
身動きできない俺の耳に、主人公の声に被って、もう一人の声が聞こえる。
「うっわーすごい美人キャラ。洋ゲーの女キャラってバタ臭いって思ってたけど、こんなのも作れるんだ……」
まて、ちょっと待ってくれ。
主人公の中のアナタ。
アナタにはこの化け物はどう見えてるんですか?
この、どこからどう見たって人間の干物、歩く照明器具、怪しさ全開のバケモノが、アナタには美人に見えると? それはマジで言ってるのか? 頭大丈夫か?
そんな俺のツッコミは、当然死体となった俺の口からは出て行かない。
「さて……これで良し」
シャイナと名乗るゾンビは、扉についたコンソールにパスワードを打ち込む。
派手な警報ブザーと、重々しい機械音、そしてファンファーレを鳴らして、扉は開かれた。
向こうは薄暗い洞窟になっている。すぐに地表に出ないのは、核シェルターとしてのリアリティの追求らしいが、俺にとってはもうどうでもいい。
「行きましょう、ヌコ」
「フッチー、ついてきて」
主人公とシャイナが扉をくぐる。
で、俺はまた置き去りだ。ついてきてもクソもない。またリスポン時間を待つわけだ。
復活するから大丈夫、と高をくくる俺の前で、扉が閉まっていく。
やがて重い音を立て、扉が閉まり切った。俺の右胸から風穴が消え、身体が引っ張られる。
扉に向かって。
「ぅそ」
俺は分厚い鉄板に衝突し、全身バラバラになり、一瞬で繋ぎ直され、鉄板をくぐり抜け、今度は岩にぶつかり真っ二つになり、また繋ぎ直され、土ぼこりを上げて地面を滑走した。
そして気がつけば、主人公の横に立っていた。
全身が痛い。
でっかい金槌で身体の節々を叩かれている気分だ。見た目には五体満足、しかし中身はボロボロ。キャラクターの皆さんは、強制的に呼ばれるたびに、この責め苦を味わっていたとは。
リスポンって、地獄だ……
目の前には、みすぼらしい板戸がある。長年の風雨にさらされ、すっかり朽ちる寸前の木材を板戸と評すればだが。
主人公が立ったまま動かない。
(そうか、今が最後のキャラクターエディットか)
「早く出ようぜ!」
このゲームはチュートリアルの完了に、再びキャラクターエディットが設けられている。親切設計ってやつだ。
動かしてみて、気に入らなければ修正できる。
みるみるうちに、主人公の髪の色が銀から黒にかわる。目は普通の人間の目に、顔がちょっときつくなり、体つきに適度な丸みが加わる。そして最後に、作業着の名札が書き換わる。
「ヌコ」から「シィ」へ。
やっぱりだ。
確信から確定に変わった事実に、俺は泣きたくなった。
「シィ」のハンドルネームを使い、キャラクターエディットでは自分の姿を作る。こんな人物、俺は一人しか知らない。
我が妹、今井司だ。
中学一年生。目の前の主人公とそっくりの、ちょっときつめの美人で、俺と違って成績優秀、運動神経抜群のよくできた妹だ。ただし、性格は最悪に悪い。ツンデレからデレを抜き、その代わりにツンを足したらこうなるってタイプだ。
「これでよし、へへ、兄貴が帰ってきたら驚くね、もしかして泣いちゃったりして? 俺のキャラに何するだぁーって。 へへ、いい気味いい気味」
「ヒャッハァァァァァッ! 外は楽しみだなぁぁぁっ!」
(俺のキャラに何するだぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
まさかその当人が本当に絶叫しているとは、つゆほどにも思うまい。だが残念だったな、これは俺の魂の叫びだ、涙は流さないぜ。流せないが。
「さぁ、いよいよ外だよ。二人とも準備はいい?」
シャイナがそう言って、扉に手をかける。
その途端、限界を迎えた板戸が崩壊し、俺たちの前に凄絶な光景が広がった。
圧倒的大破壊。そして圧倒的大消滅。
この地上から根こそぎ文明が消え、生物が滅び去った世界。それも突然に、なんの前ぶれもなく、だ。
地平まで続く荒野には、コンクリートの残骸が都市の面影を晒している。木が立っているが、いずれも真っ黒に焦げ葉っぱ一つない。
下生えの草は一様に黄色く枯れ、そのすき間からひび割れたアスファルトが覗く。空気は暑く乾き、そこには何の臭いもしない。
世界全てが、壮大なる廃墟。これぞ滅びの美。
モニター越しではなく、それを直に見る。
手が震え、足が力を失う。心臓が鼓動を失い、謎の感動が血液に代わって全身に染み渡る。
(俺は、いま、世紀末にいる)
崩れ落ちそうになった俺を優しく支えてくれたのは……ゾンビだった。
「うぁ……」
枯れ果てた肌の感触に絶叫しそうになった俺の口に、ゾンビは手を当て、にっこりと笑って言った。
「ようこそフチオミ君……世紀末へ」




