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あっちとこっちな教授の講義 4


 パイプ組みの狭い通路の向こうから、セネターズがパワスケを鳴らして歩いてくる。

 そいつは俺に気がつくと、サッと脇に避けて俺に道を譲った。


 「ご苦労」


 「いいえ、当然です」


 言葉を交わして、俺はセネターズの横を何事もなく通りすぎる。セネターズが行ってしまったのを確認して、俺はふっと息を吐いた。


 「案外、バレないもんだね」




 やぁみんな。俺だ、フッチーだ。


 俺が婦女暴行を働いてないか心配してくれてありがとう。

 大丈夫だ安心してくれ、シアドラに手は出してない。指の十本ぐらいは触れたが、別にやましい気持ちからじゃない。

 着ていたコートと、胸の階級章を奪っただけだ。


 黒コートの襟で階級章を半分ぐらい隠しているため、パッと見ならシアドラのものとは見破れまい。普通の指揮官に見えるはずだ。

 ついでに落ちてた制帽で顔を隠しているので、すぐには露見しないだろう。


 とはいえ変装にも限界がある。

 手足縛って机の下に放り込んだシアドラが、いつ発見されるか目を覚ますか、どっちにしても稼げた時間はそう多くない。早いとこ全身を隠せるパワスケが欲しいところだ。


 現在、俺はそれとなくパワスケの収納庫を探りながら、船内を移動していた。


 このエンケラドゥスという航空強襲艦、見てくれはどでっかいUFOって感じなんだが、中身はけっこうショボイ。内部の六割が空洞で、ほとんどの船室や通路は骨組みにぶら下がっている感じだ。正直張りぼてと言っても差し支えない。

 ざっと読みした資料集の項目だと、円盤中央部のプラズマフローターとやらで浮力を得ているらしいが、推力は普通にジェットエンジンなんだそうだ。つまりアレだ、ハイテクを使っただけの飛行船だな。


 こいつは本来、ゲーム内には登場しない。詳しい構造はわからないのはもちろん、なぜ存在しているのかさえ不明だ。


 「どっちにしても、早いところ出ないと危ないわな」


 ちらっと窓から確認した限りでは、どうやら現在位置はウェイステッド・キャピタルの西の外れ、高度は千メートルといったところか。やや北へと向かって進んでいるらしい。


 おそらくキャピタル砂漠の北西にあるヒュージロック基地へ向かう気だろう。あの辺はセネターズによる巡回が厳重だから、あまり時間をかけていると脱出後の安全確保が厳しくなる。


 おまけに脱出方法もまだ決まってない。

 シンプルなところで飛び降りだが、千メートル上空から身投げして無事に済むはずはない。リスポン復活が何だか怪しい事になっているので、極力死ぬのは避けた方がいい。死なずに出る方法があればいいんだが、いくら頭絞ってもちょっと名案が浮かばない状態だ。


 「……こっちはさっき通った道だな」


 外壁に沿って通路を進むと、さっき尋問に連れて行かれる際に通った所に出た。


 「ってことはこっち行って、あっち登って……あそこが牢屋か」


 通路の手すりから身を乗り出して、自分が通ったルートを再確認する。

 外周壁の下部、フライング・パンが十機ぐらいぶら下がっているハンガーの上に、いくつかの船室が並んだ区画がある。おそらく牢屋のある場所だろう。


 俺の頭に、ふっとメガネ幼女の姿がよぎる。


 「教授……あいつなら名案の一つでも持ってそうだな」


 俺だけではどうしようもない状況だが、もう一人いたら違う案が出るかも知れない。ほら、教授って俺より頭よさそうな感じだし。


 「駄目でもともと、行ってみますか」


 俺は頭を引っ込め、外周を下る通路へと入った。




 状況が変わったのは、俺が牢屋区画にたどり着いたときのことだった。


 『総員警戒! 捕虜が脱走した! 総員、緊急周波数にて状況を確認せよ!』


 船内に放送が鳴り響く。


 俺は慌てて通路脇の狭い物入れに身を隠した。


 そこへ通りがかった、おそらくは牢屋番と思わしきセネターズ二人が、バッチリその場に立ち止まってしまう。うっかり出て注意を引くわけにもいかず、俺はとりあえず大きなボンベの裏に隠れる。


 セネターズ達はしばらく立ちすくんでいたが、やがて顔を、いやマスクを付き合わせてしゃべり出した。


 「上級幹部の服を着た男、こっちには来てないよな?」


 「見てないな。まだ上じゃないのか?」


 どうやら俺の変装はもう役立たずになったらしい。

 セネターズ二人はキョロキョロと周囲を見回しつつ、プラズマライフルをラックから抜いて構えた。


 俺は内心舌打ちをする。

 警戒前なら虚を突いてブラスターで奇襲もできたが、銃を抜かれてはもう無理だ。一人と差し違えるのが関の山だろう。


 せめて二人とも、こっちに背を向けてくれないものか。

 そう考えていると、セネターズが二人してヘルメットに手を当てる。通信が入ったのだろうか。


 「……やっぱりそうだ。上で見かけた奴がいるらしいな」


 「あーあ、俺たちにまで呼び出しかよ。ついてねぇな」


 ぶちぶちと文句を言いながら、セネターズ達はえっちらおっちら通路を上がっていった。


 俺はゆっくりとボンベの陰から出ると、慎重に左右を確認する。今の二人以外は、セネターズの姿はない。


 「ラッキー……って、のんびりしてられないな」


 物置からこそっと飛び出し、すぐさまさっき閉じこめられていた牢に走る。扉のスイッチを上げてエネルギー場を解除すると、俺は素速く中に滑り込んだ。


 「教授、助けにきうぼぁっ!」


 入った途端、俺は結構な力で横からへち殴られ、地面に倒れ伏した。すぐに小柄な人物が俺に馬乗りになり、両の拳を構える。


 「覚悟っ……あ、フッチー君か!?」


 拳を解いて、鼻からダラダラ血を流す俺を揺さぶる教授。


 痛む頬を押さえながら、俺はなんとか彼女に笑いかけた。


 「助けに来たって言おうとしたら、あつっ、ずいぶんな歓迎じゃねぇの」


 「すまん、服装が服装だったのでつい。というか、今しがたの脱走捕虜とは君のことだったのか」


 「ああ、とっとと逃げたかったんだが、ちょっと名案が浮かばなくてね。教授、知恵貸してくんないか?」


 俺はごく手短に、現在の状況を説明する。

 教授は口を開いたのは、俺が説明し終わるのとほぼ同時だった。


 「答えは一つしかないな。フライング・パンを奪って逃げるぞ」


 「は? いやちょっと待て、奪うって言ったって、俺は動かし方を知らんのだが?」


 教授はニヤッと笑って、俺の頭を撫でる。


 「案ずるなフッチー君。動かすのは私がやろう。なに、動かし方なら連れてこられる途中に一通り見たから大丈夫だ」


 「見ただけで動かせるのかよ?」


 「当たり前だ」

 教授が小さな胸を張り、クイッとメガネを直す。


 俺はふと思い出した事があり、コートの裏を探った。確か畳んで入れておいたはずだが……。


 「あった。ほら教授、貸してくれてありがとな」


 俺が差し出した白衣を教授は笑顔で受け取ると、袖を通してささっと袖と裾を調整する。


 「ありがとうフッチー君。これがないと結構困るのでね」


 「困る? 何が?」


 「ま、それは後で話そう。さしあたってはフライング・パンを強奪しに行くぞ。場所はこの直下で間違いないのだな?」


 教授が親指で床を指すので、俺はコクコクとうなずいた。


 「ああ、この下に十機ぐらい係留されているっぽいぜ」


 「よろしい、善は急げ、だ」


 教授がトテトテと走りだす。俺も警戒しつつ、その小さな背中の後に続いた。

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