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あっちとこっちな教授の講義 5

 「……無茶が過ぎないか?」


 「何を言う。これが唯一の安全確実な手だ」


 鉄骨に逆さまにぶら下がったまま、俺と教授は言葉を交わす。


 現在位置はエンケラドゥス内、牢屋区画の真下。牢屋を支える太い鉄骨に抱きつくようにして、俺と教授は少しずつハンガーへと滑り降りていく。


 牢屋区画を出るなり内部構造を一瞥した教授が、近道として選択したのがこの鉄骨だった。確かにどこからでも死角になる場所だし、プライング・パンとも十メートルほどしか離れていない。


 が、人が通るような場所でもない。

 うっかり手を滑らせたら落下必至だ。一番手前のフライング・パンに落ちたって、ちょっとの怪我では済みそうにない。


 そうそう、目立つ黒コートは置いてきた。ブラスターは服のポケットに押し込んである。どのみち変装としては用済みだったからちょうどいい。正直暑かったしな。


 進路を確かめた教授が俺を見あげた。


 「あと少しだ、そこの梁から下に飛ぶぞ」


 「えっ? でもまだ五メートルぐらいあるんじゃ……」


 「男だろう? 気合いで飛び降りろ」


 「女だって無理だろ……」


 教授相手に軽口をたたいてはいたが、正直こっちの手はそろそろ限界だった。ラッキー筋肉ボーイのフッチーでも、さすがに限度ってものがある。


 「よし、今だ!」


 教授が手近に係留された小ぶりな円盤へと跳ぶ、というか落ちる。彼女は黒塗りの外板にボコッと音を立てて降り立ち、すぐに身を起こして辺りをうかがい、はこっちを見あげた。


 「フッチー君! ……なにをやってるんだね、君は?」


 「いやその、ちょっと踏ん切りが……」


 コアラよろしく鉄骨にしがみついて離れない俺に、教授がため息を吐いた。


 「そのまま腕が疲れるまでやっていろ。待っててやる」


 「マジか……うわっ!」


 教授に言われるまでもなく、限界を迎えた俺の手が汗で滑る。

 はずみを付け損なった俺は、円盤の中央ではなく端の方に着地する。足にビリッと痛みが走り、ふらりと上体が傾いだ。


 「馬鹿者!」


 そのまま転がっていこうとした俺に、教授が素速く飛びつき、端ギリギリで引き留めた。


 「全く君というやつは……無駄な時間を取っている場合ではないぞ。すぐにこのハッチをブラスターで焼き切ってくれたまえ」


 「はいっす……」


 俺は息つく暇もなく、メガネ幼女に命令されて強奪の準備に取りかかる。




 フライング・パン。

 直径十メートル程度の円盤状物体。セネターズの輸送機で、定員七名を乗せて垂直離着陸をこなす不思議飛行機だ。


 俺と教授に乗っ取られた機体は、教授の鮮やかな操作によって宙づり状態からいきなり目を覚まし、周囲のクレーンだのガントリーだのを壊しながら浮き上がった。


 その操縦室にて。


 「ええいフッチー君、左だと言うとるに! 何で右を踏むか!」


 「す、すんません」


 一つしかない操縦席に座る俺。そして、俺の膝の上に座る教授。

 シートベルトで互いの身体を固定しつつ、二人羽織体勢で俺たちはこの飛行機を操っている。というのも、教授の身体が十歳児並だったせいだ。


 彼女の手で操縦桿は握れたものの、ペダルまでは足が届かない。仕方なく、俺が足代わりになっているわけだな。


 「そのまま足を動かすなよ」


 「ういっす」


 教授が巧みに操縦桿とスロットルレバーを捌き、フライング・パンをエンケラドゥス下部の丸いハンガーハッチ直上まで滑らかに移動させた。


 機外からは絶え間なくブザーの音が鳴り響いているが、セネターズは慌てふためくばかりだ。


 フライング・パンを滞空させながら、教授が鼻で笑う。


 「ふん、所詮は超技術にあぐらをかくだけの能なし共よ。おおかた奪われることを想定もしなかったのだろう」


 「そりゃねぇ……まぁいいけど、ハッチは閉まってるぞ。どうするんだ教授?」


 「円形掃射で一発だ」


 カラカラと笑いながら教授が引き金を引く。フライング・パン底面の機銃が火を吹いて一回転し、カメラの絞りに似た構造のハッチを粉々に吹っ飛ばした。


 「うわっ、脆いなぁ」


 「空を飛ぶ機械だからな、そんなに頑丈にはできておらんよ」


 底面用の窓を見てうめく俺に、教授が満足げに背中を預けながら笑いかけた。


 鎖骨のあたりにチクチクとした鱗が当たるが、それ以外は、教授の身体はおおむね小さくて柔らかい。ちょっと十歳児にしては体重が重い気がするが、我慢できないほどではなかった。


 「よしよし、フッチー君。両のペダルを踏み込むのだ」


 「こうか? ……おわっ!」


 急激に機体が沈み込み、出来の悪いエレベーターに乗ったような、いきなり内臓が上がってくるような降下感が俺を襲う。窓の外ではエンケラドゥスのハンガーが上に行き過ぎ、代わって青空と砂漠の景色が広がる。


 「もういいぞ戻せフッチー君!」


 教授の指示にペダルを戻せば、降下にブレーキがかかって高度が安定する。

 俺たちを乗せたフライング・パンはそのままゆっくりとエンケラドゥスの下部を抜け、すぐに百八十度反転して速度を上げた。


 「上手くいくもんだなぁ」


 「上手くいかないで欲しい、などと思ってはいなかっただろう?」

 教授が髪を押しつけるように俺をじろっと見る。


 俺は頭をかきつつ目を泳がせた。


 「そりゃまぁ、そんな気は無かったが……どういう意味だ?」


 「なに、ちょっとした事だ。それより行き先を決めようじゃないかフッチー君」


 「行き先……とりあえず中央要塞とか」


 「却下だ。撃ち落とされに行く気か? 我々はセネターズの飛行機に乗っているんだぞ。ACの連中なら問答無用で弾を撃ち込むだろうな」


 本気で嫌そうな顔をする教授の頭に手を置きながら、俺はため息をついた。


 「それは一理あるな。てか教授、AC嫌いなのか?」


 「ああ、以前のことだが、会話も無しに銃撃されたことがある。だいだいあの手の脳みそまで筋肉の詰まった武闘派集団、好きになれる道理などあるか!」


 「でもな、たぶん俺の仲間がそこにいるんだよ。連中がセネターズに捕まってないわけだから、きっとACと一緒のはずなんだ。どうにかして合流しないと」


 俺の言葉にぶすっと頬をふくらませ、少しの間黙った後、教授は操縦桿に手を乗せると小さく言った。


 「なら私の知り合いの所にしよう。ちょっと遠いが、あそこならこの飛行機も隠せるだろう」


 「どこだ? つーか、知り合いって誰?」


 「それは……着いてからにしよう。目立たんように低空で速度を落とすぞ」


 教授が操縦桿をぐいっと押し込み、円盤形飛行機は頭(?)を下に向けて高度を落とし始める。俺は何か言葉をかけようとしたが、教授の操縦を邪魔するのもどうかと思い、しばらく口をつぐむことにした。


 フライング・パンは低空飛行に入り、高速道路の跡をたどって南下していく。

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