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あっちとこっちな教授の講義 2


 「それで、君の名は何というのかな?」


 教授と名乗る幼女が、メガネをクイッと直して俺の左隣りに座った。


 「……フリッツだ、フリッツ・デロリアン。フッチーでいい」


 「では、フッチー君としておこう」


 教授は俺の顔をしげしげと見つめてきた。

 そのとき、俺はふっとデジャブを感じる。前にもこうして、この幼女と並んで座ったような……。


 「……もしかしてメトロ22駅?」


 「おお、憶えていたか? そのとおりだ、あれが君との出逢いだったな」


 教授がニカッと笑って俺の頬をペシペシ触った。

 その感触で、おぼろげな記憶がはっきりとした形を帯びる。夜の見張りをしていた俺と話した幼女は、紛れもなくこいつだ。


 教授はニッと歯を見せ、俺に問いかけた。


 「フッチー君。君とはさらに二度会っているが、思い出せるかね?」


 「二度? いや、さっぱりなんだが」


 「ではヒントだ。一度はつい先日だ、君は死にかけて……いや、半分死んでいたな」


 そう言って、教授は自分のお腹のあたりで平手を横に当てると、のこぎりよろしくこするジェスチャーをした。


 お腹が真っ二つ?

 そのヒントがかなり親切だったおかげで、俺はすぐに気がつく事ができた。


 「もしかしてACの訓練場で助けてくれたのも教授?」


 「正解だ」


 教授の小さな手が伸び、俺の頭をスリスリと撫でた。ちっちゃな子にいい子いい子されてる感じで、何となく釈然としない。


 「恥ずかしいから止してくれ。……いやまて二度? もう一回は?」


 「ふふむ、フッチー君は頭の巡りがちょっと悪いようだな。私が教授と名乗ったのは、その時だけだぞ?」


 「名乗った……?」


 そういやさっきも「そう呼べといっただろう?」と言っていたわけで、つまり教授と呼べと前に言われていたことになる。しかし思い返してみても、この幼女にそんなことを言われた記憶はない。唯一記憶にある言葉は、あの正体不明の女ガルガンチュアがそう言っていたが、まさかな。


 「いやいや、教授がいきなり育ったりはしないよな……」


 「するぞ?」


 「ああ、するのか。じゃあ解決だ…………っておい!」


 俺は教授の服装、白衣は俺が借りてるが、を慌てて確かめた。

 メガネ、オーバーオール風のアーミーズボン、そしてボロボロの白衣。取り合わせも状態も、見事に女ガルガンチュアと一致する。


 「教授……ガルガンチュア?」


 「うむ、種族的にはそうだ。ほれ、鱗だってあるぞ?」


 茶色がかったショートボブをかき上げる教授。むき出しになった首筋には、確かにガルガンチュア特有の尖った鱗が何列か生えていた。よく見てみれば、皮膚に走る緑の痣も、ガルガンチュアの皮膚色と同じだ。


 「いやでもありえないだろう? ガルガンだからって急に育ったりはしない。それに育ったのが縮んだりなんて、それこそもっとありえなくないか?」


 驚く俺に、教授は肩をすくめて説明する。


 「gRG細菌による肉体強化は本来、自在にモードを切り替えられる。ただし、その切り替えにはホルモンや興奮が深く関係するし、それ以前に本来の機能を得られるのはごく僅かだ。細菌そのものが不安定すぎて、ほとんどが失敗して怪物に成り果てる」


 「その怪物が普通のガルガンチュアなのか……じゃ、今の教授は?」


 「今の私は常人互換モード、すなわち人間だ。と言ってもご覧の通り、完全には人間に戻れん。ある意味では、私も失敗した怪物と言えるな」


 そう言うと、教授は幼い顔に自嘲気味の冷めた笑いを浮かべた。


 俺はいまいち信じられない思いで教授を見た。言われたら確かに、要塞前の戦闘で俺とアンジーを助けた女ガルガンチュアの面影がある。しかしだからといって、同一人物だと思えというのは無理な話だ。


 「信じられないだろう? ふふ、人間とは目の当たりにせねば信じない生き物だからな。できればここで変身してやりたいところだが、残念なことに今は無理なのだ」


 「無理って、何でだ?」


 俺が聞き返すと、教授はなぜかぷいっと明後日の方へ顔を反らす。緑の縞が入った頬が、照れくさそうに膨れた。


 「あー、なんだ。さっき言っただろう? ホルモンと関係があるって。……私は……の最中なのだ。だからだな……」


 最後の方は完全に小声になってしまい、ほとんど聞き取れない。


 「よく聞こえん。何の最中だって?」


 「うー……婦女子にそれ以上聞くでない! この痴れ者!」


 顔を真っ赤にした教授が、ぽこっと俺の頬にパンチを当てる。

 それを受けた俺は一瞬だけ笑ったが、ぽっこりパンチの予想外の威力によって頭からふっとび、壁面を滑走して床にダイブした。


 ……すなわち人間? 威力だけならシャイナの人外パンチといいとこ勝負じゃよ。


 「フッチー君すまん! 力加減を誤った」

 駆けよってくる教授。その小さな手に助け起こされながら、俺は気になったことを彼女に質問する。


 「あのさ……その怪力なのに、何でこの牢屋にいるんだ? もしかしてセネターズの仲間だったりするのか?」


 「そんなわけなかろう!」


 キッパリと断言してから、教授はぷいっと可愛く顔を反らす。そして唇を尖らせて、ブツブツと言い訳めいた言葉を発した。


 「いやその、あれだ。変身できなくてもセネターズぐらい軽いわい、と……陣地に盗みを働いたところ、スタン手榴弾にやられてな。……油断したのだ、うん。それにここの壁は、拳ぐらいではビクともせん。変身できれば手刀でぶち破ってくれようが……」


 言葉が尻切れトンボになり、きまりが悪そうにうつむく教授。


 使う言葉こそ大人びているが、その仕草は見た目相応、失敗した子供のそれだ。俺は何気なく教授の頭にてを乗せ、わしわしっ、と軽く撫でる。


 その途端、耳まで真っ赤になった教授が、俺の手を慌ててふりほどいた。


 「何をするっ!?」


 「いや、大変だったんだなって……悪ぃ、つい」


 「悪いわけではないっ。悪いわけではないが……びっくりした。びっくり、したんだ……初めてだった、からな」


 「初めて? 頭撫でられるのがか?」


 「ああ……」


 教授はそれきり黙りこみ、床にぺたんと座りこんだ。

 俺はそんな教授に声をかけようかと思ったが、困ったような怒ったような顔にかける言葉が見つからない。


 結局二人して十分ぐらい差し向かいで座り続けたあと、俺は気まずくなって立ち上がった。

 とはいえ、することがあるわけでもない。六メートル四方の狭い部屋の中、煤けた空気を適当にかき回しながら、俺は何気なく壁やドアを観察する。


 最初に見たときとは、明らかに雰囲気の違う金属壁。そう言えば教授が境界線とか言っていたが、部屋を見回しても何かの境みたいなものはない。むしろ教授にその、キスを奪われる前と後で違うものと言ったら、部屋の雰囲気ぐらいしかない。

 そのことを訊ねようかと教授を横目で見るが、彼女はまだ座りこんだままだ。表情は窺えないが、話しかけられそうな雰囲気じゃない。


 仕方なく金属壁に目を戻したところで、俺は表面に僅かに走る亀裂に気がついた。

 「……ヒビ?」

 ひっかき傷にも見えるが、それにしては質感がおかしい。

 目の前に稲妻状に走る小さな亀裂には左右にポコポコした膨らみ、錆の跡のようなものがある。爪でひっかいてみると、鈍い銀色の表面が剥げ落ちる。その下から顔を覗かせたのは、赤黒く錆びついた鉄。


 てっきり壁の色は地金だと思っていたのだが、どうやらこの部屋、全体に何かの金属でメッキが施してあるらしい。見かけはツヤツヤの金属だが、その下はステンレスですらない普通の鉄のようだ。


 「存外ちゃちと言うか、安普請というか……」


 俺が感想を漏らしたその時、部屋のドアからバチッとスパークが散り、青白いエネルギー場が解除された。


 「ん?」


 完全にふり返る前にドアが開かれ、油断なくライフルを構えたフル装備のセネターズ二人が相次いで入ってきた。

 そいつらは部屋を見回すと、白衣一丁の俺に目を留める。


 「な、何だよ?」


 セネターズの一人がライフルの筒先を俺に向けた。


 「おとなしく付いてきてもらおう。抵抗すれば射殺する」


 「は? いったい何がどういう……おわっ!」


 俺がそれ以上言う前に、黒塗りのパワスケの手が俺の胸ぐらを掴む。


 「いいから来い!」


 そのまま引きずられるように戸口へと連れて行かれる。

 一瞬、教授が身構えているのが目に映るが、もう一人のセネターズが油断なく牽制していて動けそうにない。

 そんな彼女に声をかける暇もなく、俺は牢屋の外へ連れ出された。背後でドアが閉まる。


 セネターズの一人が扉わきのスイッチを押し下げると、鉄板越しにスパークの音が聞こえた。


 「お、俺をどうするつもりだ?」


 「コマンダーがお前を尋問する」


 事務的にそう告げたセネターズに引っ張られ、俺は狭い通路を奥へと引っ張られていった。

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