引き返せない道 END
暗がりに光が差す。
最下層の端、瓦礫で行き止まりのはずの通路。その先端まで着いたとき、俺は思わず声を上げた。
「嘘だろ?」
そこにあるはずのコンクリートだの配管だのはきれいさっぱり吹き飛び、地上まで続く巨大な裂け目になっていた。廃墟に似つかわしくない青空が上いっぱいにのぞいているが、俺を驚かせたのは、その青空に浮かんでいる物体だ。
直径百五十メートルはある、黒塗りの空飛ぶ円盤。
いや、それは戦前の超技術で作られたという設定の、いや設定しかないはずの代物。ゲームには影も形もないはずのものだった。
「航空強襲艦……エンケラドゥス!」
セネターズの乗り物、特に航空機械は総じて円盤形だ。
ゲーム中にもよく登場する、垂直離着陸輸送機フライング・パンなんかは、直径はせいぜい十メートルでかわいらしいもんだが、こいつはぜんぜん違う。
のっぺりした黒塗りに、プラズマエネルギー的な緑の微発光。窓も何もなく、底に開いた三つの穴からプライング・パンが忙しく出入りする様子は、超威圧的なUFOと言えよう。
「ひゃっはー!」
(見つけたよ!)
俺の横でヒャハ子がプラズマガトリングを構えた。その筒先は、裂け目の途中をよじ登るセネターズに向けられている。
肩の上にはぐったりと意識を失った様子のシィ。
「よせ、シィに当たる」
「接近して奪い返すわ、援護お願い!」
ヒャハ子のガトリングを抑える俺。その横からシャイナがナイフ両手に裂け目の壁面に身を躍らせた。
彼女が瓦礫に足をかけるや、裂け目の縁から何本ものプラズマ砲火が降ってきた。
俺とヒャハ子は背中合わせに裂け目に飛び込み、上からの攻撃してくるセネターズに射撃を浴びせる。
「ヒャハ子撃ちまくれ! シャイナを狙わせんな」
「ひゃっはぁぁぁっ! ミンチにしてやるぜぇぇぇぇっ!」
瓦礫の壁面をヒョイヒョイと駆け上がるシャイナと、それを援護する俺たち。
俺は射撃をヒャハ子に任せ、降ってくるプラズマから彼女を守ることに徹する。手榴弾ならともかく、プラズマライフルの弾ではACパワスケを貫通できない。肩鎧が多少赤熱するが、シャイナが追いつくまでの十数秒を持ちこたえれば、それで充分だ。
幸い援護射撃は援護に留まらず、セネターズを次々と消し炭に変えていく。ヒャハ子って、実はハイテク兵器の扱い上手いのな。ヒャッハーなのに。
「もらったぁぁっ!」
裂け目にシャイナの声が轟いた。
見あげれば、彼女は今まさに逃げるセネターズに掴みかからんとしている。が、その瞬間。
「シャイナ避けろ!」
それに気づいた俺の叫びに、間一髪シャイナが飛び退り、その足下のコンクリートが砕け散る。避けていなければ、バラバラになったのはシャイナの方だったろう。
裂け目の真上にヌッと姿を現したのは、フライング・パンだ。下面に付いた機銃は、裂け目の壁をゴロゴロ転がり落ちるシャイナを狙っている。
「ひゃっはぁぁぁっ」
ヒャハ子がガトリングで機銃を粉々に潰すが、直後にウゥゥゥンと情けない音を立てて銃が動かなくなる。まずいことに弾切れだ。
シャイナが壁を落ちきり、横に突き出した柱にぶつかる。
「……かはっ」
息を吐いて身を起こすが、すぐに動けそうな状態じゃない。ヒャハ子が駆けよってマスクを外すが、シャイナの口からは血がこぼれている。
「俺が行く!」
プラズマライフルを背中に戻し、今度は俺が壁面を登る。
だが気合いはあれども所詮は素人、シャイナのように軽々とは行かないし、逃げるセネターズとの距離は開く一方だ。
上空のフライングパンが下部ハッチを開き、投網のようなものをセネターズに投げ下ろした。あれに掴まって逃げようって算段か!
「させるかよ……うわっ」
ライフルを構えようとするが、足場が不安定すぎてどうにもならない。
パワスケの五体は人間本体から延長されて付いているため、微妙な感覚がわかりにくい。シャイナ並に習熟していれば別だが、本来細かい動作がしにくい装備だ。
俺は射撃をあきらめ、先に裂け目の縁を目指してルートを変えた。
どのみち追いつくルートはさっきの機銃掃射で崩れている。俺のパラメータの低さを考慮しても、安定した射撃体勢を取る方が先決だ。
高さ三十メートルぐらいの壁面を登る俺の横で、投網に掴まったセネターズがゆっくりと巻き上げられていく。
それを横目で確認しながら、俺はとにかくがむしゃらに壁面を上がっていった。パワスケの助けがあってもきついが、今は文句を言ってる場合じゃない。
「……どっ、せいっ」
ようやく壁面を登り切れば、目の前にはキャピタル・プールの水面が広がっていた。幸いセネターズの地上部隊はまだ展開しきっていないようで、視界には奴らの姿はない。
俺はライフルを構えて後ろを向き、滞空しているフライング・パンに向けて引き金を引く。
が、プラズマライフルはものの三発ほどでスカッと射撃を止めて黙りこむ。慌ててバッテリーを交換するも、ウンともスンとも言わない。
「ここに来て故障かよ!」
考えてみれば、これってプラズマ手榴弾喰らったセネターズから取り上げたものだから、壊れててもおかしくはない。おかしくはないが、今ここで止まるとは最悪だ。
顔を上げれば投網が完全に巻き取られ、シィを担いだセネターズは機内に消えようとしている。ハッチがゆっくり閉じはじめ、フランイング・パン自体もウンウン唸りながら高度を上げ始める。
「こうなりゃ……」
温存していたプラズマ手榴弾二個を手に、振りかぶった俺の頭を一瞬の逡巡が支配した。
投げてどうなるか、よほど上手くいかないと黒UFOの足は止まらない。それにハッチの中に入ってしまえば、恐れていた最悪の事態、シィを爆殺する可能性がある。しかし投げなければ、その先は完全に不透明だ。むしろシィを爆殺して、ゲームをロードしてもらった方がマシだ。
「……唸れ俺のラッキーショット!」
迷いを振り切り、プラズマ手榴弾を連投する。幸運だけが取り柄のフッチー様だ。手榴弾に乗ったクリティカル、最悪でも足止めにはなる!
一投目は円盤の淵に乗っかり、もう一投は……計ったようにハッチ内に吸い込まれていった。
「うそぅ……」
正直投げ間違ったと後悔した瞬間、一投目が炸裂した。
緑の閃光が直径十メートルの円盤を揺らし、ハッチのある側面を大きく下へと傾ける。と、そのハッチから何かが転がり出てきた。
人だ。それもセクシースーツに身を包んだ美少女、シィだ。
気を失ったシィがハッチの縁から離れた途端、フライング・パンの機内で二投目が爆発した。小さな円盤が重低音の悲鳴を上げ、よろめいてプールへと落下する。
それを尻目に俺は全速力で駆け出すと、プラズマの爆炎から逃れたシィを空中でキャッチ、背中からどうにか着地を決めた。
俺、今猛烈に格好いいことした気がするぜ。
身を起こせば、そこは裂け目の淵ギリギリだった。十メートルほど下に、こっちへ上がってこようとするヒャハ子の姿が見える。
その後ろにはシャイナもいた、落下のダメージから何とか立ち直ったようだ。
「ふぃぃ、一件落着……ん?」
俺の腕の中、お姫様だっこ状態のシィがパチッと目を開けた。しばらく空を見ていたその目が、きょろっと俺を向く。
マスクを解除して、俺はシィに笑いかけた。
「よぅ、お目覚めか?」
しかし続いたひと言が、俺の笑顔を完全に凍り付かせた。
「あに、き?」
「……は?」
俺の凝視する前で、シィの顔がニッと笑う。
「兄貴……そのコスプレ似合ってないよ」
「コス……いやシィ、何言ってんだ? 寝ぼけてんのか?」
「うん、ちょっと寝落ち復帰ぎみ……っていうか、ここ、どこ?」
シィが眠そうに目をこすりつつ周囲を見回す。
その表情たるや、主人公フェイスからは百歩も千歩も離れた、活き活きとした驚きの表情だ。
俺は湧き上がってくるいやな予測と、泥水のような緊張に喉を鳴らし、シィに恐る恐る声をかける。
「もしかして、司?」
「もしかしなくても、司ですよ? 兄貴どうしたの、お腹でも痛い?」
「ああ、いや……」
どう声をかけるべきか、そもそも、何でこういう事態になってしまったのか……。
考えるための時間は、しかし残されてはいなかった。
パンッ!
背後からの破裂音。それに混じる高周波と、はらわたをかき回されるような不快感。俺の膝が勝手に折れ、身体から一気に力が抜ける。
「きゃっ!」
両腕がシィを取り落とした。
悲鳴を上げて裂け目に落ちていくシィを、すんでの所でヒャハ子とシャイナが受け止める。
それを見届けながら、俺は横向きに地面に伸び落ちた。
「スタン……手榴弾、か」
強烈に目が回る。吐き気がひどいが、それ以上にひどい頭痛で目が開けられない。多数の足音が近づいてきて、まわりが一斉にプラズマ銃火の音で満ちる。
「にげろ……みん、な」
その一言を吐いた瞬間、頭に何かが振り下ろされ、俺は意識を失った。
はい、ちょっと間が開きましたが六話目、ここまでとなります。
最近引きが入ってばっかりですね。反省しきり、書くと膨らむ文章量。
読んでいただけたらわかるように、ここが折り返しとなります。
VRMMOより異世界転生よりと言う予告通り、ここから展開はゲームをかなり外れていきます。
エンケラドゥスはレッドノアじゃないよ(ボソッ
引き続き、ご感想、評価、お叱りなど、何でもお待ちいたしております。
モチベアップの為にも、ぜひ何かありましたらご遠慮なくどうぞ。
それではまた、次の話でお会いしましょう。




