引き返せない道 5
「何だ!?」
重い振動が天井を揺るがせる。波打つパネルから、錆や埃がバラバラと俺たちに降りかかった。
「これは……セネターズの襲撃よ!」
目を見開いてシャイナが叫んだ。
「そんなばかな。襲撃を避けようと迂回して来たんだぞ?」
「でもそれ以外にありえないわ。この爆発、迫撃砲じゃないわ、空爆よ」
断続的に発生する振動と、特徴的な高周波を含む炸裂音。
俺にもわかる。これはセネターズのプラズマ爆弾の音に違いない。しかし、それでも納得が行くはずがない。迂回が無駄だったというのか、それとも……。
「お二方、議論している暇はないぞ! この場はひとまず撤退だ」
アンジーが手を振りかざしてそう言いうと、アシガル達に通路の確保を指示した。
「そう、だな……その通りだ」
セネターズが来ているとなれば一刻の猶予もない。
俺もマスクを閉じてアサルトライフルを抜く。シャイナが横で、呆然とするジョナサンを下層へ続く通路へと引っ張った。
「お話は後ですジョナサン博士! キャピタル・セネターズが博士を誘拐しようとしています。ひとまず逃げましょう」
「ま、待ってくれシャイナ君。俺には何がどうなっているのか……」
「それは後です、失礼!」
混乱するジョナサンを首チョップで気絶させて、シャイナが肩に担ぎ上げた。
「用意はいいか皆の衆、下層まで一気に突っ切る! 先頭はローガングループ、後衛はミッチェル――」
アンジーが声を張り上げた瞬間、通路の奥で緑の光がひらめき、何かがパカンと弾け飛んだ。
それはロボットだ。
古いブリキの玩具みたいなロボットが、溶けてひび割れた残骸となって通路に横たわる。千切れとんだ腕にはテープで懐中電灯が括られている。たぶん、さきほどジョナサンが使った囮に違いない。
ロボットの受けたダメージを見て取ったとき、俺はとっさに叫んでいた。
「セネターズが来たぞ!」
俺の声に応えるように、それらが姿を現した。
身長が二メートル半ほどありそうな巨人が三体、音もなく通路の奥から姿を現す。身体の色が黒いのは、着ているパワスケが黒塗りだから。
そのフォルムはACの物と違い、滑らかで生物的だ。鎧と言うより、二本足で立ち上がったトカゲのような、異形めいた姿をしている。
手には緑の光を漏らすプラズマライフルを握り、同系統の光で満たされた双眼をこちらに向けていた。
「――装甲隊列」
アンジーが吠え、アシガル達が一斉に動く。
生身の四人をかばうように、彼らは一瞬にしてセネターズとの間に即席の壁となって立ちはだかった。
俺も手近なパネルを引き開けて盾にすると、アサルトライフルを片手でセネターズに照準した。
「撃て!」
アンジーの号令のもと、十本の火装が一斉に火を吹く。
並のパワスケどころか、ガルガンチュアの天然の装甲すら粉砕する銃火が、一体のセネターズに集中した。
しかし弾丸は滑らかな装甲を滑って火花を散らすばかりで、一向にその内側へは届かない。三人のセネターズは悠然と距離をつめてくる。
向こうの鎧の諸元を知っている俺としては予想通りの光景だが、だからといって今目にしたいわけじゃない。何とか足止めが効いてる内に……。
「シィ、先に行け」
ふり返えってシィたちに指示を飛ばすと、三人は素速く下層へ続く角に飛び込んだ。
「アンジー、アシガルに無駄弾使わせんな、引き撃ちに……」
ハッとして声を止める。銃声に混じってほんの微かな音が聞こえる。それは聞き覚えがあるが、今は決して聞きたくない音。チュィーンという嫌な高周波。
「伏せろ!」
俺の声に反応して伏せたのは、三人のアシガルとアンジーだけだった。
次の瞬間、立っていた四人を緑の光がサッと包みこみ、熱と衝撃波で一瞬にして薙ぎ倒した。
音が来たのは後だった。いや、たぶん俺の耳が馬鹿になっていただけだ。事の始まりから爆音は鳴り放しだったはずだ。
背筋を揺さぶる轟音と何人かの悲鳴を背に、俺は伏せたまま毒づいた。
「プラグレ……プラズマ手榴弾反則くせぇ」
「くそっ、動けるものは応戦!」
アンジーが立ち上がり、躊躇も恐れも見せずに射撃を再開する。
まわりに倒れているアシガル二人の生死はわからない。
あと二人がプラズマの爆風を喰らっても立っている事には驚くが、かといって無事な様子ではなさそうだ。片方は装甲板が半分がた剥がれ飛び、もう片方は関節からパチパチと火花を散らしている。
どちらも丸腰なのは、溶けたライフルを放棄したせいだ。
無言でのしのし近づいてくるセネターズに、七人の火線が集まる。
と、その時またしても高周波音。
俺は床に目を落とし、こちらへ転がってくるプラズマ手榴弾を、緑の発光をまとった球体を見つける。
「させるか馬鹿野郎!」
すぐにライフルを照準し、僅かに手前に射撃した。
パワスケの助けもあって射線は意図した通りに伸び、プラズマ手榴弾は弾丸に跳ね帰ってセネターズへ向かう。
「!!」
セネターズの一人が何かを叫んだ瞬間、投げた本人の足下でプラズマが噴き上がった。
高低二つの炸裂音が重なり、黒の鎧が緑のプラズマに包まれる。二人のセネターズが吹き飛び、一人は身を伏せて回避する。
「おっらぁぁぁぁっ!」
プレイヤー時代のクセで、気がつけば俺は一人で吶喊していた。
セネターズパワスケは撃ち合いにめっぽう強いが、その反面近接戦闘では弱い。殴り合いを想定してないハイテク仕様が、奴らの長所にして最大の短所だ。
鉄の五体で残る距離を一気に走り抜け、俺はセネターズに組み付いた。近くで見ればトカゲと言うより異星人のようなヘルメットをつかみ、壁面に何度も叩き付ける。いくら外部が装甲でも中身は人間、この戦法はすこぶる有効だ。
「援護します!」
アシガルが二人走ってきて、ライフルのストックをセネターズの関節めがけて振り下ろした。駆動部がひしゃげ、五体の自由を削がれたそいつの頭を、俺は渾身の力で壁に埋め込んだ。
「一、撃破」
完全に息の上がった俺を止めながら、アシガルがアンジーに告げた。
気がつけば、倒れた二体のセネターズにもアシガル達が付き、喉元に銃口をさし込んでいる。ポコンという音がして、一体のヘルメットから赤黒い何かが噴き出した。
「制圧!」
「よろしい。総員直ちに下層へ向かうぞ。やられたブラウンとコッツは置いていく、ミッチェルとザックスには助けがいるな……」
アンジーが全員を確認し、俺を含む無事なグループに目を向ける。
「ローガン、アイマン、フッチー殿と先行しろ。ファレルは私と一緒にミッチェル達を救出する」
「ィエスマム!」
そう言ったアシガル、どうやらローガンらしいが、に助けおこされた俺は、手にしていたライフルを腰に直し、代わりにセネターズから武器を奪うことにした。
玩具の水鉄砲のような形状のプラズマライフルと予備のバッテリーパック、それにプラズマ手榴弾を二個ほど確保できた。
俺は横に着いたローガン達を引きつれ、下層行きの通路へと走った。
シィ達が先行しているため、俺たちの注意はもっぱらわき道に集中していた。
見取り図では、下層へ行くためには制御室前を横切る必要がある。しかし、今は崩落と爆撃で至る所に近道ができている状態だ。敵の先回りには十分な注意がいる。
「フッチー殿、少し歩みを落とされよ!」
アイマンと言ったか、アシガルの一人が俺たちを引き留め、壁面に手を当てた。
俺の視線の高さほどの所に、黒く焦げた跡がある。コンクリートと鉄骨が、そこだけガラス状になって垂れ下がっていた。
「どうやら近道をした横着者がいるらしい」
ローガンが忌々しそうに吐き捨てた。
「そうだな、急ごう」
「イェッサー!」
俺への返事もそこそこに、アシガル達は通路を走りだす。後ろから追いすがる俺に、ローガンがふり返った。
「……あんた、けっこう頼りになるんだな。さっきの突撃、マジで驚いたぜ」
「そりゃどうも。奴らとやり合ったのは、これが初めてじゃないんでね」
冗談めかした俺の言葉に、ローガンの兜が揺れる。マスクの奥からは口笛が聞こえた。
「そいつはいい。今度ゆっくり聞かせてくれ」
アイマンが声を立てて笑った。
アシガル二人の後ろで、俺はようやく冷静になりつつあった頭で考える。
この襲撃は、いったいどういう意味を持つのか。
どうして襲撃が発生したのか。
その答えは走り抜ける真っ暗な通路にも似て、まったく見通せなかった。




