引き返せない道 4
メトロ66駅は、たちまちゾンビと虫の死骸で埋めつくされた。
天下のACが九人、ACじゃないけどパワスケ装備の素人が一人、そして人外一人に主人公とヒャッハーの力を合わせれば、そこに至るまで突入から十分とかからなかった。
「とんだ拍子抜けだな」
緑色の水に浸かった巨大クモの足を蹴りながら、アンジーはぼそっと吐き捨てる。
俺はシャイナを肩車しながら周囲警戒。
敵がいないことを確認して銃を収めると、メトロトンネルの奥を手で示す。
「この先に通路がある。こっから水深が深くなるから、全員用心してくれ」
対汚染装備のパワスケはともかく、シィとシャイナ、そしてヒャハ子は水に浸かれない。
一応、主人公なら通れるように、瓦礫が飛び石状に配置されているのだが、パワスケは重すぎて飛べないし、移動に時間がかかる。
なので、三人はそれぞれパワスケ着用者の肩に乗っている。
シャイナは俺、シィはアンジー、ヒャハ子はアシガルの一人、ローガンだったかの上だ。
俺の兜をシャイナがコンコン叩く。
「フチオミ君、こっちで先導するわよ」
「了解。着いてきてくれ、案内する!」
俺を先頭に、一団は腰まである汚染水に浸かりながら先へと進んだ。
「開くか?」
「大丈夫よ」
メトロトンネルを数百メートル進めば、崩落した行き止まりに突き当たる。横の壁面にはドアがはまっていて、その先が浄化施設への通路だ。
俺の肩の上でドアの様子を調べていたシャイナが、スイッチボックスから数本のコードを引っこ抜く。
「完了。普通に引き開けて大丈夫よ」
器用度高いねぇ。
という苦い笑いはマスクの下に隠し、俺はドアの開閉ハンドルを引く。ロックがギチャッと音を立てるが、扉はすんなりとこちらへ開いた。
中は半分水没した狭い通路。
断面はほぼ正方形で、幅はあるが高さが足りない。
「ここは肩車じゃ通れそうにないな」
「距離は短いわ。私は強行突破するから、うわっ?」
俺は無言で肩の上のシャイナを抱え上げ、身体の前で両腕抱きにする。いわゆるお姫様だっこのスタイルだ。
「ちょっと、フチオミ君下ろしてちょうだい!」
「いやだね、って言うか暴れんな。落としそうだから」
機械の腕から降りようとするシャイナを、俺は何とかそのまま抱えこむ。
シャイナはすぐに抵抗をあきらめ、代わりに、マスクを通して俺の顔を見つめた。
「……何のつもりなの、フチオミ君」
「主力に汚染で弱られちゃ困る。それだけだ」
「あらそうなの。……それじゃ、せいぜい落とさないようにしてね」
「はいはい」
俺は後続に首を振って合図してから、暗い通路を慎重に前進した。
地の底は妙に静かで、聞こえるのは鎧が水を切る音と、後続のかすかな物音だけだ。
まっすぐ百メートルほど進んだとき、俺はふと、抱えられたシャイナの神妙な表情に気がついた。
相変わらず光るゾンビには違いないが、いつもの高飛車な顔でも、きつい眼差しでもなく、ただ静かに俺の顔を見ている。
「何だよ? じっと見やがって」
「ううん……何でもないわ。ただ、ちょっとフチオミ君が格好いいなって、そう思っただけ」
彼女の口からそっと言われた言葉に、ほんの少しも心臓が揺れなかったと言えば嘘になる。正直に言って少し嬉しいし、かなり照れくさい。
俺はとっさに頭を振り、顔を反らす。口から出たのは憎まれ口だ。
「けっ、ゾンビに格好いいなんて言われてもねぇ。あーあ、これが美人だったら最高なんだがな、げぶっ!」
「バカ!」
シャイナ導師の本気チョップが俺の首に炸裂し、俺は危うく彼女ごと汚染水に突っ込むところだった。
それから十数分後。
俺たちはマンホールの下にいた。
「こいつを登れば浄化施設だ」
「先に偵察を出そう。ミッチェル、上がって確認してこい」
俺の説明を受けたアンジーは、アシガルを偵察へ出す。
ハシゴを登ってマンホールを押し開け、周囲を確認してサッと飛び出していく。ACは成りこそサムライ風だが、手慣れたその動きは、軍の特殊部隊そのままだ。
俺は今のうちにライフルの弾倉をチェックし、それから場の全員を見回す。
ご機嫌を損ねて仏頂面のシャイナ。棍棒を手にワクワクした感じのヒャハ子。こいつ本当に荒事好きだよな。そしてシィはいつもの無表情……。
「……シィ?」
届くはずもないのに、俺は思わずシィ声をかける。
理由はシィの表情。常に感情をうかがわせない主人公フェイスに、微かだが微笑みが浮かんでいるように見えたからだ。
そして彼女は、顔を上げてちらっと俺を見、また顔を戻した。そう、まるで俺の声が聞こえたような仕草で。
「シィ、お前……」
「マム! 周囲クリーン、何もありません!」
俺の声を、マンホールから覗くアシガルの報告がさえきった。
「よし、ミッチェルグループ先、ローガングループ後で上がれ!」
アンジーの号令に従い、周囲でアシガル達がガチャガチャと動く。
脇へどいた俺が再度シィの顔を見ると、そこにはもう、いつもの無感情しか窺えなかった。
静まりかえった浄化施設内を抜け、俺たちとACは浄化装置の制御室へと踏み込んだ。
制御室の形は真ん中の抜けた円筒形。簡単に言えばドーナツ形だ。全壁面総ガラス張りの室内には、計器板だのコンピューターだのが所狭しと並んでいるが、一つとして動いている物はない。全ては厚い埃に覆われていた。
「ジョナサン殿はおられないのか?」
「いやそんなはずは無い、と思うが……」
今まで通り先頭を切って室内に入った俺とアンジーは、マスクを付き合わせていぶかしがる。
そこへシャイナが割り込み、足下を指差した。
「二人とも見て、新しい靴後だわ。たぶん父のだと思うの」
見ればそこには、確かに埃を抜くようにブーツの靴あとがはっきりと着いている。そんなに古くない、さっきまでここにいた感じだ。
「マム! 後ろから一人接近中!」
アシガルから声がかかり、俺たち三人は慌てて通路に引き返す。
銃を構えるアシガル達の前に出ると、薄暗い通路の先から、懐中電灯の明かりと、重い足音が近寄ってくるのがわかる。
「ジョナサン殿か?」
「いえ、足音がおかしいわ……」
アンジーに対するシャイナの指摘通り、足音に混じって微かに、ギチッ、という変な音が聞こえる。
「総員警戒、抜銃」
抑えたアンジーの指示にアシガル達が銃を構え、その脇でシィとヒャハ子が臨戦態勢になる。
と、次の瞬間、俺たちの真横の壁が開き、かすかにチャリッと音がした。
そしてよく通る男性の声が、俺たちに投げかけられる。
「俺の手には手榴弾がある。全員木っ端みじんになりたくなかったら、銃を置いてその場を動くな」
あらかじめ壁のパネル裏に隠れていたのだろう。
その人物はこちらへゆっくりと歩み出る。男性の姿を見たとたん、横のシャイナが息を飲むのが、俺にはわかった。
「父さ……いえ、ジョナサン……博士」
「……もしかしてシャイナ君かい?」
どこかでパチンと音がして、通路の照明が一斉に点る。
はっきりした天井ライトに浮かび上がるその人物。
白髪の交じった長髪の、ちょっときつめのイケメン中年。小さなメガネ、核シェルターの作業服と、その上に羽織った白衣。左手に何かのスイッチを持ち、右手にはピンの抜けた手榴弾を握る。
「どこの強盗かと思ったらACの人たちじゃないか。びっくりさせないでくれよ」
手榴弾のピンをはめ直し、優しそうな声を出すその人物。
主人公の父親ジョナサン博士だった。
「にしてもシャイナ君といいACといい、なんでここに……シィ? そこにいるのはシィじゃないか?」
すぐに博士がシィに詰め寄る。
シィは主人公フェイスのまま、設定上の父親を見あげて嬉しそうに「父さん!」と声を出す。もちろん主人公ボイスの方だ。
「シィ! 何でこんな所にいるんだ? ちゃんとシェルターに残るようにって、書き置きしたじゃないか」
俺はマスクを解除し、そんな二人に近寄る。
横にはシャイナも一緒だ。
ジョナサンは俺たちを見あげると、ひどく怪訝な顔になる。
「シャイナ君、それに君はフリッツ君じゃないか? どうして君たちが、それもシィと一緒にここにいるのか……」
ジョナサンの詰問の声は、しかし轟く爆音にかき消された。




