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引き返せない道 2


 しばし後。

 

 「はぁ…………フッチー殿、やはり頭をおかしくされたのか」


 「おい、そこかよ!」


 俺は額に当てられた鉄籠手を払いのける。するとアンジーはふっと笑った。


 「冗談だ。貴殿らの秘密しかと聞き届けた。安心せい。ま、げぇむだの何だの、奇妙な話はさて置くとして……」


 そしてメガネの奥で目を光らせる。


 「貴殿らは……未来の出来事を把握していて、このままではシィ殿とジョナサン殿が死ぬので、それを防ぎたい、と。こういう解釈で間違いなかろう?」


 「お、おう」


 彼女はパワスケの胸鎧を拳でコンと打ちニヤリと笑った。

 「ふむ、そのようなことであれば、安心して力も貸せるというものだ。ACの理念は常に人を助けることにある。さらに、それがこの世界に清い水を取り戻す事に繋がるのなら、喜んで手伝おうではないか!」


 「助かる」


 頭を下げる俺を置き、鉄武者は複雑な顔をするシャイナをしげしげと眺める。


 「しかし、面差しが似ておるとは思っていたが、シャイナ殿は未来のシィ殿だったのか。私はてっきりご姉妹か親戚筋と思っていた」


 「そ、そんなに似てるのか?」


 「……フッチー殿目は確かか? どこからどう見てもよく似ておるぞ?」


 「いやほら、さっき言ったけど、俺の目には不気味に光るゾンビにしか見えないんだよ。正直三秒も見てると目が落ち――ぶべっ!」


 無言でシャイナが跳び、俺の頭に空中踵落としでツッコミを果たす。

 「フチオミ君、黙って」


 床に突っ伏した俺の横に着地すると、シャイナはサッとアンジーに手を差し出す。


 「ありがとうアンジー。信じがたい話でしょうけど、信じてくれて嬉しいわ」


 「何のシャイナ殿。私は信じるぞ、こういった空想科学的な話は大好きなのだ。まぁ、これが父なら頭ごなしに撥ねつけていたであろうがな」


 多少勘違いはあるにせよ、しっかりと握手を交わす両雄。

 その足下で伸びる俺の頬を、満面の笑みでツンツンつつくのはヒャハ子だ。テーブル下の昼寝から戻ってきたらしい。


 「ふっちぃぃぃっ、ひゃっはぁぁぁっ」

 (フッチーは、やっぱり違う世界の人なんだね)


 「は? ヒャハ子、やっぱりって?」


 「ひゃっはぁぁぁっ、ひゃはっ」

 (だって肌はきれいすぎだし、言葉も変だし)


 「そりゃ、どういう……事だ?」


 「ひゃっはー! ひゃはぁぁっ」

 (そのまんまだよ、でも変だから好き!)


 肌がきれいって? 俺が?

 自分の頬を撫でてみるが、それは何というか、微妙にガサ付いた感触だ。リアルの俺とはだいぶ違う。少なくとも、肌がきれいと呼べる感触じゃない。


 そうして困惑しきりの俺。いきなりその首を、シャイナがつかんで引っぱり上げる。


 顔をつきあわせ、乾いた皮膚を引きつらせて笑う彼女。

 「さて、本題に戻りましょうか、フチオミ君」


 「そ、そうっすね」




 俺からのカミングアウトを受けて、場の空気はだいぶ違った物になった。

 アップポニー金髪のサムライ、アンジーは丸メガネの奥で、興奮と使命感に瞳を爛々と燃え上がらせている。

 その横では、ヒャハ子がソファーで居住まいを正し、と言ってもそこはヒャッハーなので棍棒を肩トンさせながらだが、こっちを見ている。


 「さてと、話しやすくなった所で本題に戻るぜ。シィがいつ帰ってくるかもわからんからな」


 自由に喋ってられるのも、シィが見ていない間だけだ。

 作戦会議は手短に限る。


 「ここまで話した内容を整理しよう。目的、つまりシィを殺さずに浄化装置を無事稼働させる方法は二つ。一つはまともな物質転換コアを見つけること。もう一つはジョナサンを見殺しにせず、浄化装置を無事完成させること」


 どちらも無理難題に近い。

 物質転換コアの方は、おそらくヒュージロックに行けば手がかり、もしくは現物が手に入る可能性がある。

 しかしそのためには、メインシナリオを進めねばならず、ジョナサンの死が不可避である。そればかりか、そうまでして手にはいるのは可能性で、確実な物はない。


 かといってジョナサンを救うには、事態はほぼ手遅れだ。

 ジョナサンのいる水質浄化施設へ直行しても、シナリオとしてセネターズの襲撃が始まるだろう。もっと前にこの可能性が出ていれば仕込みができたかも知れないだけに、悔やまれる事態だ。


 「せめて襲撃を事前に止められればよいのだが。ACの分団一つぐらいあればできぬのか?」


 アンジーがそう言うが、俺はかぶりを振って否定する。


 「そういう先例がないんで確実なことは言えないが、難しいだろうな。相手はセネターズ、それも空中からの強襲降下だ。あんたが率いる……じゃないな、率いる事になるオリオン分団でも足止めが精いっぱいだろう」


 「未来の話か……精鋭オリオン分団は父の持ち物だが、それを私が率いるとは、恐ろしい未来もあった物だな」


 「まぁな、でも様になってたぜ」

 自嘲気味のアンジーに相づちを打つ俺。


 その時、真剣な顔で何かを考えていたシャイナが、ふっと顔を上げる


 「フチオミ君、前に領域、進入スイッチの話をしたわよね? その場に入ると出来事が起こるって」


 「ああ、それがどうかしたか?」


 「それって汎用的な物なの? 例えば、つまりセネターズの襲撃でも使われる?」


 「もちろんだ。一番簡単なスイッチだからな」


 「場所は?」


 「キャピタルプール水質浄化施設の入り口付近一帯……絵にした方が早いな」


 俺は書類から施設見取り図を選び、ささっと鉛筆で状況を書き加える。


 キャピトルプールという巨大な人工池と、その周辺施設の図。

 崩壊して通れない場所を黒潰しにして、状況が変わってるところには、英語力を振り絞って説明を書く。もちろんほとんど記憶頼みだ。


 「問題は、入り口がここ、一箇所しかないのに、この一帯全域がスイッチになってることだ。施設に入りたかったら、対岸からプールに架かった橋を渡るしかないんだが、その半ばからもう領域に入っちまう」


 「不可避なのね」


 「ああ、回り道しても、どのみち施設の端で引っかかる」


 歯がみするシャイナ。俺も頭を抱える。

 とそこへ、ヒャハ子が棍棒の先で器用に見取り図の一部を示す。


 「ひゃっはぁぁ?」

 (ここはなんて書いてあるの?)


 そこは施設の地下最下層、一本だけ外向きに飛び出た通路が描かれている。

 アンジーがそれをのぞき込み、小さく記された説明を読む。


 「どれ? ふむ公共トンネルへの通路か……フッチー殿これは?」


 彼女らが指し示した場所。施設内部へ直接通じていて、なおかつ進入スイッチからは外れている。しかし……


 「こいつは一方通行なんだ。未来の話をするなら、ここは襲撃からシィが逃げるときに使うルートだ。施設の中からなら通れるが、反対側からはまだ通れない」


 「ひゃっはぁ?」

 (なんで逆はダメ?)


 「この先は、水没したメトロを挟んでACの要塞と繋がってるんだ。ただその扉が厄介で、内側にしかスイッチが付いてない――」


 「ああ!」

 カウチをならして、アンジーが急に立ち上がる。


 「フッチー殿。それは格納庫下の封印区域の対爆大扉だな?」


 「そうだ」


 「あれなら開けられるぞ?」


 「……何だって?」


 「開けられる、と言ったのだ。自動開閉のスイッチこそ壊れているが、扉の駆動部は要塞側にある。何とか人手をかき集めれば、人一人通れるすき間ぐらいはできるはずだ」


 俺とシャイナは揃って顔を見合わせる。

 二人とも、今までそんな物理的な方法思いつきもしなかった。スイッチが壊れていれば通れない。それは常識だと思っていたからだ。


 しかし疑問もある。

 「何でACは今まで開けなかったんだ?」


 「事前の調査で、水没したメトロに繋がることがわかっていたのでな。わざわざ敵を呼び込む裏口を開けることもあるまいと、放っておかれた次第だ」


 「なる、そりゃそうだ」


 確かに、水没したメトロこと、メトロ66駅はゾンビと巨大昆虫の多発地帯だ。駆除してもどこからか湧いてくるし、さらに駅の大半が汚染のひどい水によって水没しているため、繋げたからと言ってメリットは何もない。


 「ともかく、開けられるんなら話は別になるな」


 「襲撃を迂回できるのね?」

 身を乗り出すシャイナに、俺とアンジー、そしてヒャハ子がうなずく。


 「未来の、ゲームの裏をかいてやろうぜ」

 俺は笑って、シャイナに手を差し出した。

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