ファーザーをさがせ 5
「起きて、フチオミ君」
頬に当たる優しい感触。
「時間よ、起きなさい」
ひんやりとした肌の感触が俺の首筋を撫でる。
気持ちいいじゃないか。だが、俺はもうちょっと寝ていたい気分なんだ。
「起きないと実力行使するわよ」
こめかみに押し当てられる鉄の何か。
「ごめんなさい、起きました!」
飛び起きるしかないだろう!
あれ? このやり取り、前にもあったような気が……
「まだ寝ぼけ足りないのフチオミ君。やっぱり頭一回吹っ飛ばしてあげましょうか?」
目の前で、光るゾンビ、元主人公ことシャイナが物騒な笑いを浮かべ、俺の頬にリボルバーの銃口をぐりぐりと押しつける。
「いえ、大丈夫れす、目ぇ覚めました」
「よろしい。とっとと寝袋片付けて。出発よ」
「ふぁい」
シャイナが去り、俺は寝袋から飛び出しながら辺りを見回す。
寝たときと同じく、メトロ22の駅舎内。ただし瓦礫のすき間から光が差し込んでいて、今は地下空間がぼんやり明るく照らされている。
「もう朝か……」
間に三時間の見張りを挟んだにしては、けっこう目覚めが爽快だ。むしろ九時間ぐらい寝ていた感じだな。
「……ちょっと待て」
俺、見張りしたか?
いや確かにおぼろげながらそんな記憶はあるが、いまいち実感がないぞ。
確か夜中にシャイナにたたき起こされて、ベンチに座って、寝落ちして……その後がわからない。
次の記憶は今さっき、シャイナにたたき起こされる場面だ。
「妙だな」
普通に考えるなら、そのまま朝まで寝たはずだ。
が、それだと目を覚ますのは寝袋の中じゃなくてベンチの方が自然だろう? まさか寝ぼけたままヒャハ子と交替した?
「とにかく確かめないと」
寝袋を片付けて荷物をまとめるなり、俺はヒャハ子のところへ行く。
ベンチであぐらを組み、干し犬肉にかぶりついていたヒャハ子は、俺が来ると笑顔で横を示す。
「ひゃっはー、ひゃっはぁぁ♪」
(おはよー、一緒に朝ご飯にしよー♪)
「おはようヒャハ子」
俺はヒャハ子の右隣に腰かけ、リュックの中からクラッカーの包みを取り出す。
その時、右の肘が何かに触れる。
確かめれば、そこには俺のライフルが立てかけてあった。どうやら見張りの後、寝袋のところまで持っていき忘れたらしい。
何の気なくライフルをつかむ。
その瞬間、寝落ち寸前の記憶が目の前を流れ去る。白衣を着た幼女と、真夜中の会話。
俺はクラッカーの包みも開きかけに、ヒャハ子の顔を見る。
「なぁ、ヒャハ子?」
「ひゃっはー?」
「俺、ちゃんとお前と交替した?」
「ひゃっはぁ、ひゃっは、ひゃっはぁぁぁっ」
(うーん、したと思うけど、よくわかんない)
「よくわかんない? どういう事だ?」
「ひゃっはー、ふっちーひゃっはぁ!」
(肩叩かれて、目が覚めたらもうフッチー寝てたから)
「寝てた? 俺が、寝袋に?」
ヒャハ子はコクコクとうなずくと、干し肉のかけらを飲み込んでベンチをひょいっと立つ。
「ひゃっはぁ、ひゃっはぁぁぁぁっ」
(あたしも、あんまり憶えてないし。ごめん)
「あ、ああ。いやいいんだ。変なこと聞いて悪かったな」
「ひゃは、ひゃっはぁ」
(いいの、あ、出発みたいだよ)
フル装備のシィとシャイナがやってくる。
「やべっ、食わないと……」
急いで数枚のクラッカーを口に押し込み、残りをリュックに戻す。
横のライフルをつかむと、何か釈然としないものを感じながら、俺はベンチを立った。
「順路は……こっちね」
一時間後、トンネルの壁を見ながらシャイナが俺に確認する。
「ああ、その落書きが目印だ」
壁には翼の生えた剣のマークと、分岐を左に向く矢印。そして下に「中央要塞はこっち」と書いてある。
ここはメトロトンネルの中。
メトロ22駅からしばらく南へ向かった地点だ。
足下には地下鉄のレールがあって、二股に分岐している。片方は真南に、もう片方は南東に逸れていた。書きはちょうど、分岐点を二分する壁にある。
ちなみにメトロ、地下鉄って言っても日本みたいに四角張ってないぜ。
アーチ状の天井になっていて、広さには余裕がある。横には整備用の歩道までついてるからな。
さて、ここまでは特に問題なく進行中だ。
なにせ一本道、迷いようがないからな。
しかし、ここからは違う。
前に網の目のようにと言ったが、メトロの内部は相当に入り組んでいる。
メトロトンネルはあちこちで崩落して行き止まりになっていて、さらに共同溝、つまりガス管だの電線だのが通った狭い通路、で結ばれている場所もある。
はっきり言って、そこら辺のファンタジー系のダンジョンより複雑怪奇な代物だ。
おまけに地下はどこも同じような造りなもんで、方向感覚を失いがちになる。俺もうっかり別の通路に入ってしまい、気がつけば激戦区のど真ん中とか、ざらにやらかしたもんだ。
方向音痴のシィが迷わなければいいんだが。
ま、そこは俺とシャイナでカバーだ。
「こっち、か」
シィが落書きを読み、南東へ進む。
オッケー。問題なしだ。
ここからは激戦区の端をかすめて、ひたすら南東へ進むことになる。
序盤の内は出ても巨大昆虫ぐらいだが、奥に行くと昨日出会ったガルガンチュアやゾンビとご対面となる。
ここから先は前だけでなく後ろにも警戒が必要だ。
さっき通った分岐点から、たまにはぐれのゾンビだの、流れ者のバンディッドだのがやってくる。
挟み撃ちになった日には目も当てられない。
「ヒャハ子、後ろに気をつけてくれよ」
「ひゃっはぁ!」
(わかったよ!)
ヒャハ子に声をかけるが、俺だって数秒に一度は後方確認を怠らない。このゲーム、いや世紀末で生き残るコツは、常に警戒すること、だ。
そうやってゆっくり進むこと三十分。
崩れた天井から光が差し込む分岐点で、俺たちは最初の敵と遭遇した。
「前にいる!」
最初に声を上げたのはシャイナだ。即座にナイフを構えてシィの前に立ち、戦闘態勢に入る。
「ものは?」
俺はアサルトライフル構えてシィの横。
シィも気がついたのか、無言でショットガンを構える。
「ヒャッハァァァ! 死に損ない共だぁぁぁぁぁっ!」
暗くても目が利くバンディッド、ヒャハ子が短機関銃を手に叫ぶ。死に損ない、ということはゾンビだ。
「おいシャイナ。同族だとよ、説得したらどうだ?」
「冗談。話が通じる相手じゃないわ。それに、同族でもないし」
シャイナが鼻で笑った瞬間、差し込む光にちらっと何かがよぎる。それからひたひたと、合計六個の足音が急接近してきた。
「私は左、ヒャハ子は右。フチオミ君はシィちゃんの撃ち漏らしをよろしく!」
素速く指示を出し、シャイナが闇の中に飛び込んでいく。
「ヒャッハァァ! 汚物は消毒だぁぁぁ!」
雄叫びとは裏腹に、ヒャハ子が冷静な射撃を見せる。指で調節しながら、二発、三発とリズミカルに打ち込み、二つの足音を釘付けにした。
「こっちに三体か!」
俺はしゃがんで体を固定し、迫り来る足音に狙いを定めた。いくら体力が無かろうが、姿勢で工夫すれば一発一発は当てられる。
そして闇の中から、異形の人間がヌッと現れる。
干からびた身体に醜く出っ張ったお腹。目は落ちくぼみ、その中でギョロ目が炯々と光を放つ。
これぞゾンビだ。
初見だったら悲鳴もんだが、あいにくこっちはシャイナを見なれている。
「いくぜふっちー」
シィの声を合図に、俺は射撃を開始した。
「くっ!」
横でこともなげにショットガンを叩き込むシィとは違い、俺は一発撃つ度に跳ね上がるライフルと格闘しなければならない。とはいえ、昨日のあれよりましだ。狙いを当てやすい胴体に絞り、絶対に連射にはしない。
これを守るだけでも、命中率は格段に上がる。
「シュワァァァァッ!」
シィの射撃をかいくぐった一体が、目前で掠れた雄叫びを上げて腕を振りかぶる。
「がら空きだボケェ!」
俺は冷静に、そいつの胴体に二発を叩き込んだ。
胸の一部を吹き飛ばされてゾンビが地面に転がるが、これで安心してはいけない。
俺はナイフを抜き、即座にそいつの頭めがけて振り下ろす。かすっという手応えと一緒に、黒い脳漿が俺の服に飛び散った。
横でシィが、ショットガンで腕を粉砕されたゾンビの頭を、さらにもう一発撃ち込んで爆砕する。
「さすが、攻略本好きのシィだねぇ」
俺は感心しながら、頬についた黒い血を指で拭き取った。
動きが素速かったり、スケルトンよろしく骨と皮だったりと、こっちのゾンビはホラー映画的な奴とはひと味違う。
が、共通点もある。殺したと思っても起き上がってくるところだ。
ゲーム的な解説をするなら、ヒットポイントがゼロになっても、四分の一ぐらいの確率で生き返る仕組みになっている。
確殺方法は簡単だ。頭を吹っ飛ばせばいい。
もしくは足を飛ばせば、生き返っても動きが鈍くなるので対処が簡単になる。人型は足を狙え、は主にゾンビ対策から来た格言だ。
「せいやぁぁっ!」
シャイナが吠え、相手の頭部を大上段から真っ二つに割る。とてもナイフの所行に見えないのが恐ろしい。
「首ねじ切って玩具にしてやるぜぇぇぇっ!」
残った一体を、棍棒に持ち替えたヒャハ子が思いっきりぶん殴った。宣言通りにゾンビの首が胴を離れ、野球のボールよろしく飛んでいく。
俺は戻ってきた二人と手を打ち合わせる。
「何とかなったな」
「このぐらいで苦戦してられないわ」
「ひゃっはぁ!」
(たのしかった!)
俺たちの横で、シィがスチャッとショットガンを背中に戻す。そして相変わらずの無表情でぼそっとつぶやいた。
「弱っ」
「はい?」
俺の怪訝な声が聞こえたわけではないのだろうが、シィは再び歩き出しながらブツブツと言葉を続ける。
「ちょい手応えないなぁ、兄貴のゲームだからちょっと期待してたのに……やっぱこれやめて、ハウス・オブ・ウォーでもやろうかな。ちょっとめんどくさいし」
それを聞きつけたシャイナが、俺に顔を寄せる。
「ちょっとフチオミ君、ハウス・オブ・ウォーって?」
「あー、戦争物のFPS、超大作……アメリカ製。でもって、俺持ってない」
「ちょっと、それって昨日話してた事と矛盾してるわよ。シィちゃんはそういうゲーム、嫌いなんでしょ?」
「そのはず……なんだがなぁ」
俺とシャイナはシィの後に続きながら、二人して頭を抱えた。
「つまり、フチオミ君の勘違いって事ね」
「ちょっと待ってくれお姉さん。俺だってシィのコレクションを隅から隅まで精査したわけじゃねぇ。見落としぐらいあるわい」
「実の妹の好きなゲームも把握できない兄って、どうなの?」
「それは……面目ない」
肩を落とす俺に、シャイナはため息をついて手を鳴らす。
「とにかく、これからはもう少し手を抜くわよ。ちょっとは面白がらせないと、この先が持たないわ」
「善処する」
「ヒャハ子も聞いたわね? もうちょっとシィちゃんに敵回してあげて」
「ひゃっはー♪」
後方警戒しながらヒャハ子が同意の声を上げた。
俺もシャイナの意見には同意するが、釈然としない思いでシィの背中を見つめる。
もしかして隠してたのか? 俺に。
いや、そんな事はない、と思いたい。というか理由がわからん。わからんが、とりあえずシィをずぶの素人扱いするのは止した方がいいらしい。
ほんと我が妹ながら、よくわからん奴だ。




