ファーザーをさがせ 4
「それじゃ、おやすみなさーい」
寝袋にくるまったシィが、何の感情も窺えない顔でそう言う。そして、そのままごろんとチケットブースの中に転がった。
ここは地下鉄駅、メトロ22。
都市廃墟群の玄関口だ。
巨大なかまぼこ状の地下空間に二列の線路が通され、一方にはうち捨てられた列車が停まっている。
改札やチケットブースは大きなロフト構造の上にあって、そこから下のホームへと壊れたエスカレーターが伸びている。
日本の地下鉄では考えられない、広大でゆったりした造りだ。
まあ、半分がたは崩れた天井や瓦礫で埋まってるんだけどね。
俺たちは、というかシィは改札のど真ん中を野営地に選び、半円形のチケットブース前にかがり火を設置。本人はもう寝ている。
悪い選択じゃない。
ロフト構造は見晴らしがいいから、野良のモンスターと相対するにはいいポジションだ。地上への出口も一方向だけで、しかもエスカレーターとも場所が近い。
見張りが一人立てば充分に監視できるだろう。
「見張りは三交代、これに異存はないな?」
「ひゃっはぁ……ふわぁぁぁぁっ」
「しょうがないわね」
俺、ヒャハ子、そしてシャイナの三人は、かがり火の横で顔をつきあわせて相談中だ。
「さて交替割りだが、俺、シャイナ、ヒャハ子の順で――」
「却下。私、フチオミ君、ヒャハ子の順でしょ」
「……やっぱりそういうつもりか」
「当たり前よ」
シャイナが歯をむき出しにして俺を見る。
「中番が一番辛いと知ってて、それを俺に当てようってか?」
「そっちこそ、中番を私に押しつけて、自分はぐっすり寝ようって魂胆よね?」
見張りを三交代にして九時間見張るとしよう。
個々のメンバーは三時間ずつ見張り、六時間の睡眠を取るわけだ。前番は今から三時間粘れば、朝まで六時間眠れる。同じく後番も、今からぐっすり六時間寝れば、三時間の早起きですむ。
では中番は?
答えは、今から三時間の仮眠を取り、夜中たたき起こされ、そしてまた三時間の仮眠。
一番辛いスケジュールだ。これを相手に押しつけたくて、俺たちはにらみ合ってるわけだ。
「だったらこうしよう、ヒャハ子だ。こいつを中番にしたら利害は一致するだろう!」
俺はヒャハ子の肩をつかんでそう言うが、シャイナはペイッとヒャハ子をどかす。
「冗談はナシよフチオミ君。寝ぼけたヒャハ子に中番が務まると思ってるの?」
そうだよな、ヒャハ子に中番は無理だ。
ヒャッハーにあるまじき子供っぷり。メンバー随一のねぼすけ。今ですら相当眠そうであり、後番で起きてくるかどうかも疑わしい。
「先に寝かせてあげようって言ってるんだから、おとなしく言うこと聞きなさい。それとも、この場で地面に寝る?」
ポキポキと指を鳴らされれば、俺に逆らうつもりはもう無い。
「はい、俺が中番でいいです」
「そうそう、素直で大変よろしいわ。さ、ヒャハ子と一緒にさっさと寝なさい」
「けっ、言われなくても」
俺とヒャハ子はチケットブースに入り、それぞれ寝袋に入る。
入って一秒で寝息を立てるヒャハ子の横で、俺はぼんやりと天井を眺め、寝入るまでの僅かな時間を考え事に当てる。
何かが違う。
俺の考えは、おおむねそれが全てだ。
自分がプレイしていたゲームとは、何かが少しずつずれている。
システムだの、主人公補正だの、経験値だの、その全てが何か世界に馴染んでいない。
もちろん、そのおかげでかなり救われてはいるが、この世界いればいるほど、それが存在すること自体に違和感を感じる。
「よそ者、部外者……プレイヤー、か」
半日歩いて戦闘までこなしたからだろうか、ひどい疲れが俺を眠りへと引きずり込んだ。
「起きて、フチオミ君」
頬に当たる優しい感触。
「交替の時間よ、起きなさい」
ひんやりとした肌の感触が俺の首筋を撫でる。
気持ちいいじゃないか。だが、俺はもうちょっと寝ていたい気分なんだ。
「起きないと実力行使するわよ」
こめかみに押し当てられる鉄の何か。
「ごめんなさい、起きました!」
飛び起きるしかないだろう?
かがり火の光に、その人物のシルエットが浮かぶ。
目が霞んではっきりとは見えないが、女性っぽいからシャイナだろう。珍しく光ってない。
「寝袋貸しなさいよ」
「す、すまんな」
だめだ。
何か霧がかかったような感じで、うまく頭が働かない。
俺は入っていた寝袋をその人物に渡し、脇に置いてあったライフルを取る。
もちろん、全部ぼんやりとしか見えない。
おかしいな。俺こんなに疲れてたっけ?
「そこのベンチからなら、どっちもよく見えるわ。それじゃ頼んだわよ」
その人物が横になる。
俺はとぼとぼと改札横のベンチへ歩き、座りこむ。
やべぇ、見張らなきゃと思うのに、全然目が覚めた感じがしない。
目蓋がこれ以上は上がらん。それどころかガンガン下がろうとする。
ねむ、い、な……
ぺたぺた。
ん?
ふにふに。
んん?
「ほほう。なるほど、なるほど」
誰だ? さっきから俺の腕やら頭やら触りまくってる奴。
「これはまた、なかなか面白い」
きゅむっ!
「いってぇぇぇぇぇっ!」
いきなり耳たぶを全力でつままれ、俺は飛び上がった。
「おお! すまんすまん、起こすつもりはなかったんだ」
俺の左横から、ころころっとした感じの、やや舌っ足らずな少女ボイスが聞こえる。
と、とにかく状況把握といこう。
俺はベンチに座っている。周囲に光源は一つ、かがり火だ。ここは……メトロ22の駅舎内。
右脇にはアサルトライフル。まだセイフティがかかってる。
俺は見張りをするつもりで、スッパリ眠っていたらしい。
ということは、今のは夢?
「どうした? どこか打ったのか?」
「いや大丈夫だ。ちょっとおどろい……へ?」
ライフルと反対側、つまり左横から上がった声に、俺は反射的に返事をしてから凍り付く。誰の声だ?
ヒャハ子、はヒャッハー語じゃないから違う。シィはこんなに声が甘くない。さりとて常時気だるげなシャイナでもなく……まさか幽霊?
おいちょっと待て。
俺はこう見えて(どう見えて?)、心霊現象や怪談話は大の苦手なんだよ。お化け屋敷で腰抜かした回数なら、深窓のご令嬢とだってタメ張れるんだぜ?
たぶんご令嬢はお化け屋敷なんて行かないがな!
しかし世紀末で幽霊なんて、ちょっとしたナンセンスだ。
むしろ、幽霊よりもNPC、そしてNPCより敵である可能性の方が高い。とにかく悩んでいてもらちは明かない。
俺は思い切ってズバッと振り向く。
そして俺は、並んでベンチに座る人物を見つけた。
「へ?」
ずいぶん小さい。
ヒャハ子より二回り、ぐらいか? 小さい感じだ。
あっちが十代前半って感じだから、おそらくこいつは十歳行ってない。つまりはガキだ。ただ暗すぎて、顔立ちなどの細かいことは全くわからない。
「誰?」
言いつつそっとライフルに手を伸ばす俺に、そのガキはパッと両手を上げる。
「待った、そのライフルは持たなくていい。私に敵対の意思はない」
例の少女ボイス。間違いなくそのガキから発せられている。
ということはガキじゃなく、幼女か。とはいえ今の言葉、声とは不釣り合いなほど大人びている。
「訳あって名は語れんが、とりあえず信じてくれ。私はお前を害する気はない」
その真摯な様子に、俺はとりあえずライフルから手を離す。
「よかった。理解に感謝する」
「いや、別に。っていうかあれだ。俺を襲いたいなら、寝ている間にやってるだろう?」
「そうだな。それは道理だ」
そう言って、ひひひと幼女が笑う。
「ところで、ここで何やってるんだ? 真っ当なNPCがうろつく場所でも、時間でもないぞ?」
俺が寝ぼけ半分に放った言葉に、幼女の身体がぴくりと跳ねる。
「えぬぴーしー……そうか、やはりそうだったのか」
「ん?」
「いや、お前が気にする事じゃないんだ。そうだな、強いて言えば……そう、家出だ」
「家出? そりゃまた、とんでもない家出だな。この辺はとにかく敵だらけだぞ。とっとと、家に帰った方がいいんじゃねぇのか?」
「家に帰っても、安息できるとは限らん。そこが家に違いなくても、な」
幼女がカクッと肩を落とす。
僅かな光に浮かび上がる白い服。
ひどく汚れている上に、やたらだぼだぼで全く幼女にサイズが合ってない。というか、これって白衣だろ? 研究室とか病院とかで着る服だ。
「お前、ずいぶん変な服着てるのな」
「そうか? 家にこれしかなかったのでな、選択の自由はなかった」
「そうか……変わった家だな」
なんとか会話を続けるが、俺はまたひどい眠気に襲われ始めた。
「さて、こんなところで休憩するのも、そろそろ終わりにせねばいかん」
「そうか」
謎の幼女はベンチからストッと立つ。
「起こして済まなかったな。この辺は安全だから、もう少し寝るといい。この先のメトロトンネルからは、あいつらは出て来ない」
「そうか……気をつけてな」
俺はもう会話を続けるのもしんどくなって、何だか夢見心地で手を振る。
「ありがとう、名も知らぬ者よ。お前も気をつけるのだぞ」
メトロの暗闇に向けて、幼女は白衣を引きずって歩いていく。
かがり火に近づいたその後ろ姿が、何だか一瞬奇妙に思えたが、俺は深く考えないまま眠りに落ちていく。
緑の肌の幼女って、なんかおかしいよな?
ま、いいか。




